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第24話・花と虫
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呆気に取られたのはナタリーだけでは無かったらしく、「は…?」というレオンの困惑した低音が聞こえてきた。大方、ナタリーに優しい言葉をかける姉の態度が気に食わないのだろう。いや、優しい態度で話しかけられるナタリーを分不相応として憎んでいるのだろうか。
嗚呼、レオンがイラついてるな___と思いながら、振り返ることも、発言を撤回することもせず、ソフィアはただナタリーを見つめ続けた。
「お兄様が初めて貴方を連れてきたとき、嬉しかったわ。ずっと女兄弟が欲しかったから、きっと仲良くなれると思った」
「……………っ」
「よろしくねって言われて、ああやっと、お兄様も幸せになるんだって、自分のことのように嬉しくて……お兄様が選んだ貴方が我が家に来ることが誇らしかった」
「……ぅ。っは」
「もし………本当の家族になれていたら、刺繍のハンカチも、ドレスもアクセサリーも、きっと心を込めて贈っていたでしょうね……」
「……あ、その」
「だから、こんなことになって残念よ……」
ソフィアが儚げに目を伏せたと同時に、うるりとナタリーの瞳を透明の膜が覆った。
その瞳の奥にある感情が後悔なのか、怒りなのかは判別がつかなかった。
「ソフィア……」と、思わず喉から漏れたような小さな兄の声が、耳に届く。
今の言葉に嘘偽りなんて一つもなかった。本当に、ナタリーと姉妹のように過ごすことができたなら、どれだけ幸福だったことだろう。今の今までが全部夢か幻で、本当は心優しい義姉がいて、家族はみんな、誰かを叱ることも疑うこともなく、楽しく暮らしていて……。
それは、決して叶わない、高望みの夢では無かったはずだ。
しかし、その夢を遠ざけたのは目の前の一人の少女である。
「あ、ああ、わたし、私が…バカだったっ」
ボロ、と幾つもの大粒の涙が、赤く腫れた頬を伝った。
「許して、ソフィ_____」
____ナタリーがソフィアの名を呼びかけたその瞬間の事である。
彼女が潤んだ目をそのままに、何かを決心したような、少し心を入れ替えたような、そんな光を目に灯した瞬間のことであった。
白魚のような淑やかな手が、ナタリーの横っ面を引っ叩いたのは。
「へぶっ!?」
バッチーン!!と小気味の良い音を鳴らして頬を張ったのは、勿論今の今までナタリーと相対していたソフィアである。砂糖細工のような繊細な指先からは思いもしない力強さでナタリーをぶった彼女は、ぽかんとしたまま座り込む間抜けなナタリーに向かって、にっこりと笑顔を向けた。
「……へ……?」
「あら、ごめんなさい?」
言いながら、いつかの日が思い出される。
散歩に行こうと誘われて、庭師が丹念に手入れしている中庭に足を運んだ時のことだ。水やりをすると言って聞かないナタリーがジョウロを持ち出し、その中の水でソフィアのドレスを濡らしたことがあった。
『ごめんなさい、私ったら、つい手が滑ってしまって……ソフィア様があまりにもお美しくて花の様だから、お水をかけてしまいました』
___悪びれもなくそう言った、彼女の姿を思い出す。
あの時の凍りつくような恐怖心を思い出して、ソフィアは頬に手をやった。上からナタリーを見下し、嫣然と、まさしく完璧な淑女のように、さらに口角を上げる。
「虫がついていらしたので………思わずはたいてしまいました」
それは、いつかソフィアを花のようだと口にしたナタリーへの、小さな仕返しだった。それと同時に、微かに残っていたナタリーへの情を完全き断ち切るための、決別のビンタである。
彼女は言い返しもしなかった。座り込んで、笑みを浮かべるソフィアをただ唖然と見つめていた。
「(なんだ_____ちっとも、怖くなんて無い!)」
嗚呼、レオンがイラついてるな___と思いながら、振り返ることも、発言を撤回することもせず、ソフィアはただナタリーを見つめ続けた。
「お兄様が初めて貴方を連れてきたとき、嬉しかったわ。ずっと女兄弟が欲しかったから、きっと仲良くなれると思った」
「……………っ」
「よろしくねって言われて、ああやっと、お兄様も幸せになるんだって、自分のことのように嬉しくて……お兄様が選んだ貴方が我が家に来ることが誇らしかった」
「……ぅ。っは」
「もし………本当の家族になれていたら、刺繍のハンカチも、ドレスもアクセサリーも、きっと心を込めて贈っていたでしょうね……」
「……あ、その」
「だから、こんなことになって残念よ……」
ソフィアが儚げに目を伏せたと同時に、うるりとナタリーの瞳を透明の膜が覆った。
その瞳の奥にある感情が後悔なのか、怒りなのかは判別がつかなかった。
「ソフィア……」と、思わず喉から漏れたような小さな兄の声が、耳に届く。
今の言葉に嘘偽りなんて一つもなかった。本当に、ナタリーと姉妹のように過ごすことができたなら、どれだけ幸福だったことだろう。今の今までが全部夢か幻で、本当は心優しい義姉がいて、家族はみんな、誰かを叱ることも疑うこともなく、楽しく暮らしていて……。
それは、決して叶わない、高望みの夢では無かったはずだ。
しかし、その夢を遠ざけたのは目の前の一人の少女である。
「あ、ああ、わたし、私が…バカだったっ」
ボロ、と幾つもの大粒の涙が、赤く腫れた頬を伝った。
「許して、ソフィ_____」
____ナタリーがソフィアの名を呼びかけたその瞬間の事である。
彼女が潤んだ目をそのままに、何かを決心したような、少し心を入れ替えたような、そんな光を目に灯した瞬間のことであった。
白魚のような淑やかな手が、ナタリーの横っ面を引っ叩いたのは。
「へぶっ!?」
バッチーン!!と小気味の良い音を鳴らして頬を張ったのは、勿論今の今までナタリーと相対していたソフィアである。砂糖細工のような繊細な指先からは思いもしない力強さでナタリーをぶった彼女は、ぽかんとしたまま座り込む間抜けなナタリーに向かって、にっこりと笑顔を向けた。
「……へ……?」
「あら、ごめんなさい?」
言いながら、いつかの日が思い出される。
散歩に行こうと誘われて、庭師が丹念に手入れしている中庭に足を運んだ時のことだ。水やりをすると言って聞かないナタリーがジョウロを持ち出し、その中の水でソフィアのドレスを濡らしたことがあった。
『ごめんなさい、私ったら、つい手が滑ってしまって……ソフィア様があまりにもお美しくて花の様だから、お水をかけてしまいました』
___悪びれもなくそう言った、彼女の姿を思い出す。
あの時の凍りつくような恐怖心を思い出して、ソフィアは頬に手をやった。上からナタリーを見下し、嫣然と、まさしく完璧な淑女のように、さらに口角を上げる。
「虫がついていらしたので………思わずはたいてしまいました」
それは、いつかソフィアを花のようだと口にしたナタリーへの、小さな仕返しだった。それと同時に、微かに残っていたナタリーへの情を完全き断ち切るための、決別のビンタである。
彼女は言い返しもしなかった。座り込んで、笑みを浮かべるソフィアをただ唖然と見つめていた。
「(なんだ_____ちっとも、怖くなんて無い!)」
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