22 / 39
第22話・終幕へ
しおりを挟む
まともな話し合いができたのは、両家の涙が枯れた頃のことである。
あの後思う存分に泣いたソフィアがやっと泣き止んだ頃合いで、丁度子爵家の方も(主にナタリーの父親の罵詈雑言が)ひと段落ついたのは幸運だった。お互い気まずい空気を残したままではあるが、なんとか机にありつき、やっと当初の予定通りに全員揃って顔を見合わせることができたのだ。
「お姉様、お辛いなら席を外しても良いんですよ」とレオンに声をかけられたが、同席したのは最後まで事の顛末を見届けたかったためである。それに、こんな時にまで弟に任せっぱなしで一人別室待機というのは辛いものがあった。
目尻を赤くしたまま、ソフィアは今回こそきちんと当事者としての自覚を持って席に着くことができた。
___話し合いは、凡そつつがなく進行した。
「残念ながら本日中に弁護人を用意することができなかったので、慰謝料関係の書類だけ持ってきました。一度持ち帰って拝見してください。あ、離婚する場合はもちろんそちらの責になりますので」
利発そうな、ハキハキとした口調でレオンが書類関係を机の向こう側に寄せた。
リルベール一家の向かい側には相対する形でナタリー達が鎮座しており、長テーブルの端っこがソフィアの位置する場所である。
「はい…勿論です」
「よかった。ちなみに聞くまでもありませんが、離婚について反対の意思はありますか?」
「ありません」
ナタリーに変わって父親が答えると、ナタリーははくはくと魚のように口を動かした。
「わ、わたし……離婚したく無い……」
ぽつりと、腫れた目で彼女が口にする。
そこからはもう、糾弾の嵐であった。
「この恥知らずが!!!」とナタリーの父親が彼女を怒鳴りつけ、ナタリーの母親も「どうしてこんな自分勝手な娘に……」と顔を覆い、流石にリルベール侯爵一家も顔を顰めた。
「ソフィアを傷つけたバカな父親にこんなことを言う資格は無いが、我が家には今後一切関わらないで欲しい。勿論、離婚以外認めないし、逆らうならば法廷で争っても良い」
「そんな…お義父様……っ」
「やめてくれ。君と私はもう他人だ。虫唾が走る」
ピシャリと言い切ると、リルベール侯爵はナタリーから視線を逸らし、まっすぐに向き直った。
そこからは、ほとんど両家の父親間での話し合いとなった。重要な書類の概要を確認し合い、合意を取り、必要最低限の言葉の交わし合いで、それらの契約を正式に取り決める日程の相談にまで及び、事前に書式を用意してきたレオンがたまに証拠品などの損害賠償について口を出す程度である。話し合いというよりはただの確認の取り合いで、子爵家は全面的に非を認め、陳謝と合意に徹底していた。
一点だけ、レオンが絶対に譲れないとしたのは、「壊したソフィアの私物に関しては完全にナタリーが稼いだ給料で返済すること」であった。
「正直、学園関係の慰謝料や離婚に伴う資金のあれこれに関しては、結果的に全金額が支払われるのであればどうでも良いんです。子爵家が肩代わりしようがその親戚から支払おうが。
ですが、ナタリー本人が悪意を持って壊したドレスや置物、宝石箱やアクセサリーに関しては彼女の賃金で賄ってください。これだけは譲れません」
「…………分かりました」
「ま、待って。それいくら?いくらなのっ?私、働いたことなんてないのにっ…」
「お前には一生かけても払えないような金額ですよ。どんな方法を取るかはそちら次第ですが、何をしてでも支払ってもらいますから」
温厚なレオンが女性に対して「お前」と呼称したことに、ソフィアは表情を変えずとも内心、少しだけ驚いていた。
「っなんで、何でこんなことにぃ……っ」
「それはこれからじっくり考えれば良いのでは?幸い、時間だけはお有りでしょう」
「……っ、ぅ」
メソメソと泣き出したナタリーを置きざりに、話し合いはサクサクと進み、皆が想像したよりも短時間での終了となった。
あの後思う存分に泣いたソフィアがやっと泣き止んだ頃合いで、丁度子爵家の方も(主にナタリーの父親の罵詈雑言が)ひと段落ついたのは幸運だった。お互い気まずい空気を残したままではあるが、なんとか机にありつき、やっと当初の予定通りに全員揃って顔を見合わせることができたのだ。
「お姉様、お辛いなら席を外しても良いんですよ」とレオンに声をかけられたが、同席したのは最後まで事の顛末を見届けたかったためである。それに、こんな時にまで弟に任せっぱなしで一人別室待機というのは辛いものがあった。
目尻を赤くしたまま、ソフィアは今回こそきちんと当事者としての自覚を持って席に着くことができた。
___話し合いは、凡そつつがなく進行した。
「残念ながら本日中に弁護人を用意することができなかったので、慰謝料関係の書類だけ持ってきました。一度持ち帰って拝見してください。あ、離婚する場合はもちろんそちらの責になりますので」
利発そうな、ハキハキとした口調でレオンが書類関係を机の向こう側に寄せた。
リルベール一家の向かい側には相対する形でナタリー達が鎮座しており、長テーブルの端っこがソフィアの位置する場所である。
「はい…勿論です」
「よかった。ちなみに聞くまでもありませんが、離婚について反対の意思はありますか?」
「ありません」
ナタリーに変わって父親が答えると、ナタリーははくはくと魚のように口を動かした。
「わ、わたし……離婚したく無い……」
ぽつりと、腫れた目で彼女が口にする。
そこからはもう、糾弾の嵐であった。
「この恥知らずが!!!」とナタリーの父親が彼女を怒鳴りつけ、ナタリーの母親も「どうしてこんな自分勝手な娘に……」と顔を覆い、流石にリルベール侯爵一家も顔を顰めた。
「ソフィアを傷つけたバカな父親にこんなことを言う資格は無いが、我が家には今後一切関わらないで欲しい。勿論、離婚以外認めないし、逆らうならば法廷で争っても良い」
「そんな…お義父様……っ」
「やめてくれ。君と私はもう他人だ。虫唾が走る」
ピシャリと言い切ると、リルベール侯爵はナタリーから視線を逸らし、まっすぐに向き直った。
そこからは、ほとんど両家の父親間での話し合いとなった。重要な書類の概要を確認し合い、合意を取り、必要最低限の言葉の交わし合いで、それらの契約を正式に取り決める日程の相談にまで及び、事前に書式を用意してきたレオンがたまに証拠品などの損害賠償について口を出す程度である。話し合いというよりはただの確認の取り合いで、子爵家は全面的に非を認め、陳謝と合意に徹底していた。
一点だけ、レオンが絶対に譲れないとしたのは、「壊したソフィアの私物に関しては完全にナタリーが稼いだ給料で返済すること」であった。
「正直、学園関係の慰謝料や離婚に伴う資金のあれこれに関しては、結果的に全金額が支払われるのであればどうでも良いんです。子爵家が肩代わりしようがその親戚から支払おうが。
ですが、ナタリー本人が悪意を持って壊したドレスや置物、宝石箱やアクセサリーに関しては彼女の賃金で賄ってください。これだけは譲れません」
「…………分かりました」
「ま、待って。それいくら?いくらなのっ?私、働いたことなんてないのにっ…」
「お前には一生かけても払えないような金額ですよ。どんな方法を取るかはそちら次第ですが、何をしてでも支払ってもらいますから」
温厚なレオンが女性に対して「お前」と呼称したことに、ソフィアは表情を変えずとも内心、少しだけ驚いていた。
「っなんで、何でこんなことにぃ……っ」
「それはこれからじっくり考えれば良いのでは?幸い、時間だけはお有りでしょう」
「……っ、ぅ」
メソメソと泣き出したナタリーを置きざりに、話し合いはサクサクと進み、皆が想像したよりも短時間での終了となった。
883
お気に入りに追加
1,645
あなたにおすすめの小説
【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。
誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。
でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。
「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」
アリシアは夫の愛を疑う。
小説家になろう様にも投稿しています。
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
このままだと身の危険を感じるので大人しい令嬢を演じるのをやめます!
夢見 歩
恋愛
「きゃあァァァァァァっ!!!!!」
自分の体が宙に浮くのと同時に、背後から大きな叫び声が聞こえた。
私は「なんで貴方が叫んでるのよ」と頭の中で考えながらも、身体が地面に近づいていくのを感じて衝撃に備えて目を瞑った。
覚悟はしていたものの衝撃はとても強くて息が詰まるような感覚に陥り、痛みに耐えきれず意識を失った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
この物語は内気な婚約者を演じていた令嬢が苛烈な本性を現し、自分らしさを曝け出す成長を描いたものである。
誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。
しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。
幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。
その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。
実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。
やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。
妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。
絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。
なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。
【短編】可愛い妹の子が欲しいと婚約破棄されました。失敗品の私はどうなっても構わないのですか?
五月ふう
恋愛
「お姉様。やっぱりシトラ様は、お姉様ではなく私の子供が産みたいって!」
エレリアの5歳下の妹ビアナ・シューベルはエレリアの婚約者であるシトラ・ガイゼルの腕を組んでそう言った。
父親にとって失敗作の娘であるエレリアと、宝物であるビアナ。妹はいつもエレリアから大切なものを奪うのだ。
ねぇ、そんなの許せないよ?
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
【完結】高嶺の花がいなくなった日。
紺
恋愛
侯爵令嬢ルノア=ダリッジは誰もが認める高嶺の花。
清く、正しく、美しくーーそんな彼女がある日忽然と姿を消した。
婚約者である王太子、友人の子爵令嬢、教師や使用人たちは彼女の失踪を機に大きく人生が変わることとなった。
※ざまぁ展開多め、後半に恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる