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第13話・沈黙
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「………、…」
「…………おにい、さま……」
沈黙は長かった。
ナタリーの背後、つまり扉側にはレオンの他に両家の両親も揃っており、皆一様にその顔は青白い。中でも母は倒れんばかりに顔色を悪くし、父がそんな彼女を支えていた。唯一弟のレオンだけはいつも通りの顔色で、でも少しだけ疲れたような、安堵したような、不思議な表情をしている。
視線に気付いて室内へと入ってきたレオンは、少しだけ眉を下げて、動けないまま固まるソフィアをナタリーから遠ざけてくれた。
「来るのが遅くなってしまい、申し訳ありません。お姉様」
「……あ、い、…いいの、そんな………私…」
「良いわけがありません。怖かったでしょう。会話は全て聞こえていましたから。もちろん、僕だけではなく、皆様にも」
レオンがそう言った瞬間、後ろで何かが崩れ落ちるような物音がした。見ると、ナタリーの母親が倒れるようにして地面に頭をつけ、啜り泣いている。
「申し訳……っ、申し訳ありませんっ!申し訳…わた、私…っ、嗚呼、なんと申し上げたら良いのか…っ」
「そこで謝られても無駄なだけです。今は頭を上げてください」
貴族の女性が地に頭をつけて謝るという衝撃的な光景な思わず慌てたソフィアを制して、レオンがバッサリと告げた。
しかしそう言われても尚ナタリーの母親は泣きながら体制を崩さず、譫言のように謝っている。ナタリーの素朴な顔立ちとよく似ている男性は、そんな彼女を支え、背中を摩ってやっていた。
「申し訳……申し訳ありません……っ申し訳……っ」
悲痛な声に釣られて再び歩き出そうとするソフィアの腕を、レオンは彼にしては珍しく、しっかりとした力で掴み止めてきた。驚いて目を合わせると彼は小さく頭を振っており、思わず立ち止まる。
その小さな仕草だけで、今は介入するべきでは無いのだと察したソフィアは、立ち止まって静かにその場に佇んだ。
そうすると皆の注目は当然、無言のまま固まるナタリーと兄の方へと向かった。
「………お兄様……」
ソフィアが無意識のうちにそう呟くと、兄は青を通り越して白い顔色で振り向いた。
「………っ、あ、ああ……嗚呼…ソフィア……僕は…………なんて、ことを…」
普段賢く穏やかで、頼れる兄のこんな姿を見たのは初めてのことである。指先は小刻みに震え、ソフィアを見る目には恐ろしい程の罪悪感と後悔が滲み、唇は今にも倒れそうなほど血の気が無い。この場にいる者たちは皆ゾンビのような顔色をしているものの、その中でも兄は一際ひどい有様だった。
でも、ソフィアにとってはそんなことはどうでも良かった。罪悪感も後悔も、彼女にとっては微塵も必要のないものだった。それよりも、なによりも嬉しかったのは、兄が自分を庇ってくれた。その事実だけだった。
「ソフィア……僕は…」
「お兄様、助けてくれて、ありがとうございます」
「…え…?」
今まで、ナタリーの方を信じて、ソフィアのことを諌めてばかりだったアルフレッド。そんな彼が今日初めてソフィアの味方につき、ナタリーの脅威から守ってくれた。それがどんなに彼女の心を照らし、幸せな気持ちにしてくれたことか。
「…私、嬉しい……はじめて…っ、初めてです。お兄様が、ナタリー様から私を庇ってくださったのは…」
自然と涙が溢れてくる。
嬉しさと安堵から涙を滲ませるソフィアを見て、兄は今度こそ、倒れそうな程に蒼然な表情をした。
「…………おにい、さま……」
沈黙は長かった。
ナタリーの背後、つまり扉側にはレオンの他に両家の両親も揃っており、皆一様にその顔は青白い。中でも母は倒れんばかりに顔色を悪くし、父がそんな彼女を支えていた。唯一弟のレオンだけはいつも通りの顔色で、でも少しだけ疲れたような、安堵したような、不思議な表情をしている。
視線に気付いて室内へと入ってきたレオンは、少しだけ眉を下げて、動けないまま固まるソフィアをナタリーから遠ざけてくれた。
「来るのが遅くなってしまい、申し訳ありません。お姉様」
「……あ、い、…いいの、そんな………私…」
「良いわけがありません。怖かったでしょう。会話は全て聞こえていましたから。もちろん、僕だけではなく、皆様にも」
レオンがそう言った瞬間、後ろで何かが崩れ落ちるような物音がした。見ると、ナタリーの母親が倒れるようにして地面に頭をつけ、啜り泣いている。
「申し訳……っ、申し訳ありませんっ!申し訳…わた、私…っ、嗚呼、なんと申し上げたら良いのか…っ」
「そこで謝られても無駄なだけです。今は頭を上げてください」
貴族の女性が地に頭をつけて謝るという衝撃的な光景な思わず慌てたソフィアを制して、レオンがバッサリと告げた。
しかしそう言われても尚ナタリーの母親は泣きながら体制を崩さず、譫言のように謝っている。ナタリーの素朴な顔立ちとよく似ている男性は、そんな彼女を支え、背中を摩ってやっていた。
「申し訳……申し訳ありません……っ申し訳……っ」
悲痛な声に釣られて再び歩き出そうとするソフィアの腕を、レオンは彼にしては珍しく、しっかりとした力で掴み止めてきた。驚いて目を合わせると彼は小さく頭を振っており、思わず立ち止まる。
その小さな仕草だけで、今は介入するべきでは無いのだと察したソフィアは、立ち止まって静かにその場に佇んだ。
そうすると皆の注目は当然、無言のまま固まるナタリーと兄の方へと向かった。
「………お兄様……」
ソフィアが無意識のうちにそう呟くと、兄は青を通り越して白い顔色で振り向いた。
「………っ、あ、ああ……嗚呼…ソフィア……僕は…………なんて、ことを…」
普段賢く穏やかで、頼れる兄のこんな姿を見たのは初めてのことである。指先は小刻みに震え、ソフィアを見る目には恐ろしい程の罪悪感と後悔が滲み、唇は今にも倒れそうなほど血の気が無い。この場にいる者たちは皆ゾンビのような顔色をしているものの、その中でも兄は一際ひどい有様だった。
でも、ソフィアにとってはそんなことはどうでも良かった。罪悪感も後悔も、彼女にとっては微塵も必要のないものだった。それよりも、なによりも嬉しかったのは、兄が自分を庇ってくれた。その事実だけだった。
「ソフィア……僕は…」
「お兄様、助けてくれて、ありがとうございます」
「…え…?」
今まで、ナタリーの方を信じて、ソフィアのことを諌めてばかりだったアルフレッド。そんな彼が今日初めてソフィアの味方につき、ナタリーの脅威から守ってくれた。それがどんなに彼女の心を照らし、幸せな気持ちにしてくれたことか。
「…私、嬉しい……はじめて…っ、初めてです。お兄様が、ナタリー様から私を庇ってくださったのは…」
自然と涙が溢れてくる。
嬉しさと安堵から涙を滲ませるソフィアを見て、兄は今度こそ、倒れそうな程に蒼然な表情をした。
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