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第12話・確信

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ソフィアの指先は冷たく、震えていた。

目の前で親の仇でも見るように睥睨してくるナタリーと相対していると、今まで行われてきた数々の所業が思い出され、無意識のうちに血の気が引いていくのだ。ベラベラと自分の悪口を口にするナタリーを見ながら、レオン、早く来て、とソフィアは強く願う。ソフィアの今の役割は、ナタリーをなるべくここに留めておいて、家族に現場を目撃させることだ。それまで、「このアバズレ女!」だとかなんとか言い続けるナタリーの剣幕に、耐え続けなければいけない。怒鳴り続けるナタリーを前に、ソフィアは強く目を瞑った。



ある日、限界を迎えつつあったソフィアにレオンは「復讐をしよう」と持ちかけてきた。それは簡素に言って仕舞えばソフィアの証言を元に証拠を集め、ナタリーの所業を暴露すると言うものだったが、証拠を集めるのはなかなかに難しく、この食事会に間に合わせるのもギリギリだった。本当に、使用人のみんなと弟には頭が下がる。他国の店にまで文を出したり、ナタリーの部屋をこっそり調べてくれたり、いろいろなことに尽力して、この日のために準備してくれた。

「大丈夫ですよ、お嬢様」と慰めてくれる侍女の姿や、自分を一心に信じて寄り添ってくれるレオンの優しい笑顔が脳裏に浮かび、ソフィアは震える身体を叱責した。全部この日のために頑張ってきたのだ。みんなみんな、私のために努力してくれた。その恩に報いるためにも、もう少し、頑張らなくては。

ナタリーの怒声から気を逸らすようにこれまでの日々を思い出していると、その態度が気に入らなかったのか、彼女は一層声を張り上げた。

「アンタがいなければ、私はもっとチヤホヤされてたはずなのに!!」 

思わずびくりと肩を震わせたソフィアだったが、その瞬間、こつり、と小さな足音が聞こえた。
「!」

やっと、とソフィアは思った。涙が出てきそうになって、少し俯く。不思議と心臓がドキドキして、冷や汗さえ流れてきた。
瞬間的に微かな物音をレオン達だと理解したソフィアは、自分の声で足音が聞こえていない様子のナタリーに、負けじと言い返す。手の震えは止まらなかったが、背筋は伸び、瞳は懸命に前を向いていた。

「あ、貴方は異常です。私は貴方に何もしていないでしょう。お兄様が選んできた人だから、と家族として接してきた。それなのに貴方は、私を虐げ、挙句お兄様の悪口まで……っキャ、」

ナタリーは、怯えながらも言い返してくるその様子に相当腹を立てたのか、鬼のような形相でソフィアを突き飛ばした。

「口答えしてんじゃねえよ!!!このあばずれ!気に食わないのよ、ちょっと要領がいいだけでチヤホヤされて、レオンくんやアルフレッドにまで可愛がられて!!!」
「そ、そんな理由で、私の私物を奪ったり、水をかけたりしたのですか」
「そうに決まってるでしょ!大体、いいコアピールばっかしやがってムカつくのよ!!だから、あのハンカチをアルフレッドにあげた時のアンタの顔、本当に見ものだったわ!!物を壊した時も、弟以外に信じてもらえなかった時もね!」
「……っ、ひどい…」
「ふん。今まで一緒に育ってきた兄や両親に信じてもらえないアンタ、惨め過ぎて見てられなかったわ~。大体、ちょっといい顔すれば信じる馬鹿な侯爵家の連中も、所詮顔と金だけね。あんな能無しよりも、レオンくんと婚約した方がマシだった。」
「…私の家族は素晴らしい人です。貴方を信じてくれたのに、そんな言い方をするなんて、信じられません。ましてや、お兄様がいながら、レオンにまで……っ」
「あーあー、泣くの?うっざ。私よりもチヤホヤされてて、アンタムカつくのよ。……そうだ、いいこと思いついた。アンタ、今日の食事会欠席しなさいよ。大丈夫、私から言っておくからさあ!」
「何言って……、」

言いかけて、ソフィアは後ずさった。ナタリーの手には花瓶が握られており、嫌な予感がしたからだ。

「ナタリーさんがいると虫唾が走って、あたくしご飯も喉を通りませんのって言ってたわよって、伝えてあげる!」

醜悪な笑みを浮かべたナタリーが、花瓶をソフィアに振りかぶった。ぶつける、というよりは花瓶の中身をかけようとするその動作に、咄嗟にソフィアは頭を庇った。中身をドレスにかけようとしているのだとわかっても、当たればただでは済まないような物を振りかぶるナタリーが恐ろしかった。

 
振りかかる冷たさを覚悟して目を瞑ったが、いつまで経ってもその衝撃は来ない。疑問に思い、恐る恐る顔を上げたナタリーは、蒼白になった兄がナタリーの腕を掴み上げているのを見て、「あ、…」と思わず声を漏らした。

微かに開いた扉から、レオンが微笑んでいた。
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