兄のお嫁さんに嫌がらせをされるので、全てを暴露しようと思います

きんもくせい

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第10話・亀裂

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「ナタリーは昔から不器用な子です。初期的な花の刺繍でさえ、まともに縫えたものではありません」
「……え、だって、これはナタリーが私に……」
「それに、あの子は長時間の作業に苦痛を感じる子です。さまざまな色の織り込まれたこんな刺繍、製作したのならどれだけの時間を要することか……。そもそも、家ではまともに刺繍を教えていませんわ」
「……そんな、筈は…、」

目を見開いて狼狽えるアルフレッドに、レオンは静かに声をかけた。

「兄様」
「!レオン…」
「それを、光に翳してください」

先程までの問答を思い出したアルフレッドは、恐ろしいものを見るように太陽に視線を向けた。その後にハンカチの刺繍を注視して、妹が過去に制作してきた数々の作品が脳裏に過る。反対に、在学中、ナタリーが刺繍をするところも、授業内で話題に上がることも無かったことを思い出した。これほどの見事な刺繍を完成させる技能があるならば、もっと話題になってもおかしくない筈だ。そう、ソフィアのように。

アルフレッドは、背中に冷や汗をかいた。
ジッと手のひらのハンカチを見つめる。しばらく放心したように見事な刺繍を見つめていると、呆れたようなため息が隣から聞こえてきた。

「……兄様、それは、単なる確認作業です。言ったでしょう」

こんなもの序の口なのに、と思いながら、レオンはわざと綺麗に微笑んだ。

部屋の空気は冷え切っていた。糸が張り詰めたように緊迫する雰囲気の中、アルフレッドはレオンの言葉を反復する様に、鈍い歩調で窓に向かう。

ゆっくりと、重力に逆らうのを渋るように緩慢な動きで、アルフレッドはそれを太陽の光に翳した。

風にシルクが揺れる。黄金に光る布の中で、刺繍されたカナリアが喜びを表すかのように糸の光沢を反射させた。神々しいまでに美しいハンカチの暖色とは対照的に、その場にいたレオン以外の者の顔色が、真っ青に染まっていく。

「先ほども申し上げた通り、それは希少で、手に入れるのが難しいものです。東国の店に問い合わせたところ、ナタリーや、ナタリーに近しい人物が購入したという情報は得られませんでした。この情報を疑うのなら、兄様やお父様、お母様。貴方達が直接文を書いても構いません」
「、……じゃあ、本当にこれはソフィアが……?」

蒼白になった顔でそう尋ねたアルフレッドに、レオンは苛立ち紛れの言葉をかけた。

「ソフィアお姉様は何度もそうおっしゃられてました。兄様に見せたいと、何ヶ月もの期間をかけて作られたハンカチです。デザインも糸の色もそのシルクも、僕はその工程を知っていました。当然、ナタリーに全く同じようなものが作れる筈はありません。けれど、誰も姉様の言葉を、僕の主張を、信じなかった」
「、そ…」
「兄様、姉様のその絶望が貴方に分かりますか。貴方を想って作ったものが盗まれ、それをあたかも自分が作ったかのようにプレゼントされ、のうのうと喜ぶような兄を見て、あの人が何を思ったか、何度泣いたか、理解していますか」

答えはなかった。静寂に包まれた空間で、レオンは一つため息をこぼすと、手元の紙をめくった。


「……それでは、次のページに移ります。4枚目の紙をご覧ください」
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