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第7話・侍女は怒る
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小さな頃からソフィアお嬢様は、みんなのお姫様だった。
「ミカエル。見て、今回は菫の花の刺繍にしようと思うの。ここに鳥を縫って、囲う様に菫を刺繍して……お兄様に見せたいのよ。素敵でしょ?」
可愛い可愛いお嬢様。兄に見せたいからと無邪気に笑って、二ヶ月程前からずっとこまめに作業をし続けた菫の刺繍のハンカチ。兄弟の好きな花をも把握している家族想いな一面は、彼女の魅力の一つだ。
お嬢様がハンカチをアルフレッド様にお見せになり、それをこの家の者皆で暖かく見守る。以前ならば当たり前だった、なんの疑問も抱かない平和な日常。
それを崩したのは、突然嫁いできたナタリーという、あの憎い子爵令嬢だった。
彼女はお手伝いをしたいから、と言う名目で使用人の仕事を奪っては、何一つ解決できていない中途半端な状態で満足して放り投げ、かえって私たちの仕事を増やしたり、若い男の使用人に色目を使ったりと、悪印象しか抱かせない女性だった。一体アルフレッド様は彼女のどこを気に入り奥方として迎え入れたのかは知らないが、嫁いできた後もオシドリのように仲睦まじい有様で、それがより一層怒りを煽る。アルフレッド様と言う素晴らしい夫を持ちながら、他の男性に色目を使うなど言語道断だ。そんな最低な淫乱女、さっさと追い出して仕舞えばいいものを、御当主様も奥様もアルフレッド様も、ナタリーの迫真の演技と無害そうな容姿に、ころりと騙されてしまった。
客観的に見れば、ナタリーという女性は気弱そうで、どこにでもいそうな浅く薄い顔立ちの御令嬢だ。加えて女性に対して不信義的だったアルフレッド様が選んだ女性という肩書きがあり、雑事も良くこなし、人当たりも良ければ、騙されるのも無理はない。それがすべて見せかけの物であっても、演技なのではないか、など普通思わない。実際、ナタリーはアルフレッド様と相思相愛で、柔らかな物言いは人の良さそうな雰囲気を醸し出している。
きっと、お嬢様のナタリーへの対応も御当主様達の不信感に引っかかったのだろう。今まで碌な悪意に晒されたことのない彼女だ。外から見れば、一方的に拒絶し、迫害するような態度を取っているように見える。箱入り娘なものだから、敵意の上手いあしらい方を知らなかったのだ。それは、今まで大事に大事に囲って育ててきた私たちの責任でもある。ナタリーにとってはさぞ扱いやすく、容易い娘だったのだろう、ソフィアお嬢様は。
ナタリーの演技力とお嬢様の不器用さが悪く相互作用した結果、事態はどんどん悪い方向へと向かっていった。ナタリーの捌き方を上手く掴めないお嬢様は、泣き寝入りばかりを選んでしまった。細やかな抵抗はしただろう。謝りなさいと嗜められても謝らなかったり、泣きながら具体的な証拠を出すことなく「ナタリーさんに騙されてるのよ。彼女は怖い人」と訴えていたり。しかしそれだけではおもちゃを取られた子供の癇癪の様に捉えられてしまい、結局ナタリーの思惑通りだ。
懐いていた兄が奪われ、嫌がらせをすることで取り戻さんとする幼稚なお姫様。彼らの中でお嬢様は、そういう人物像に当てはまってしまったのかもしれない。
我慢の限界がきていたのは、きっと私だけではなかったのだろう。いつかいつかと使用人達で協力し集めた証拠を披露する機会が、漸く訪れようとしていた。
「姉様に今回の作戦の全容を伝えるのはやめておきましょう。優しいあの人が気に病んでは堪りませんからね。しかし、何も言わないでやるのも都合が悪い。だから、限られた情報を伝え、なんとか精神の支柱にしてあげるんです」
「いいですか、ナタリーに地獄を見せるんですよ。勿論、姉様よりもあの女を取った両親にも兄にも、目を覚ましてもらいます」
「ミカエル。見て、今回は菫の花の刺繍にしようと思うの。ここに鳥を縫って、囲う様に菫を刺繍して……お兄様に見せたいのよ。素敵でしょ?」
可愛い可愛いお嬢様。兄に見せたいからと無邪気に笑って、二ヶ月程前からずっとこまめに作業をし続けた菫の刺繍のハンカチ。兄弟の好きな花をも把握している家族想いな一面は、彼女の魅力の一つだ。
お嬢様がハンカチをアルフレッド様にお見せになり、それをこの家の者皆で暖かく見守る。以前ならば当たり前だった、なんの疑問も抱かない平和な日常。
それを崩したのは、突然嫁いできたナタリーという、あの憎い子爵令嬢だった。
彼女はお手伝いをしたいから、と言う名目で使用人の仕事を奪っては、何一つ解決できていない中途半端な状態で満足して放り投げ、かえって私たちの仕事を増やしたり、若い男の使用人に色目を使ったりと、悪印象しか抱かせない女性だった。一体アルフレッド様は彼女のどこを気に入り奥方として迎え入れたのかは知らないが、嫁いできた後もオシドリのように仲睦まじい有様で、それがより一層怒りを煽る。アルフレッド様と言う素晴らしい夫を持ちながら、他の男性に色目を使うなど言語道断だ。そんな最低な淫乱女、さっさと追い出して仕舞えばいいものを、御当主様も奥様もアルフレッド様も、ナタリーの迫真の演技と無害そうな容姿に、ころりと騙されてしまった。
客観的に見れば、ナタリーという女性は気弱そうで、どこにでもいそうな浅く薄い顔立ちの御令嬢だ。加えて女性に対して不信義的だったアルフレッド様が選んだ女性という肩書きがあり、雑事も良くこなし、人当たりも良ければ、騙されるのも無理はない。それがすべて見せかけの物であっても、演技なのではないか、など普通思わない。実際、ナタリーはアルフレッド様と相思相愛で、柔らかな物言いは人の良さそうな雰囲気を醸し出している。
きっと、お嬢様のナタリーへの対応も御当主様達の不信感に引っかかったのだろう。今まで碌な悪意に晒されたことのない彼女だ。外から見れば、一方的に拒絶し、迫害するような態度を取っているように見える。箱入り娘なものだから、敵意の上手いあしらい方を知らなかったのだ。それは、今まで大事に大事に囲って育ててきた私たちの責任でもある。ナタリーにとってはさぞ扱いやすく、容易い娘だったのだろう、ソフィアお嬢様は。
ナタリーの演技力とお嬢様の不器用さが悪く相互作用した結果、事態はどんどん悪い方向へと向かっていった。ナタリーの捌き方を上手く掴めないお嬢様は、泣き寝入りばかりを選んでしまった。細やかな抵抗はしただろう。謝りなさいと嗜められても謝らなかったり、泣きながら具体的な証拠を出すことなく「ナタリーさんに騙されてるのよ。彼女は怖い人」と訴えていたり。しかしそれだけではおもちゃを取られた子供の癇癪の様に捉えられてしまい、結局ナタリーの思惑通りだ。
懐いていた兄が奪われ、嫌がらせをすることで取り戻さんとする幼稚なお姫様。彼らの中でお嬢様は、そういう人物像に当てはまってしまったのかもしれない。
我慢の限界がきていたのは、きっと私だけではなかったのだろう。いつかいつかと使用人達で協力し集めた証拠を披露する機会が、漸く訪れようとしていた。
「姉様に今回の作戦の全容を伝えるのはやめておきましょう。優しいあの人が気に病んでは堪りませんからね。しかし、何も言わないでやるのも都合が悪い。だから、限られた情報を伝え、なんとか精神の支柱にしてあげるんです」
「いいですか、ナタリーに地獄を見せるんですよ。勿論、姉様よりもあの女を取った両親にも兄にも、目を覚ましてもらいます」
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