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ベネディクト視点2・おかしな人

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やはりというか何というか、フラヴィア嬢は噂の通り変わった女性だった。



___あの顔合わせから暫くの日が流れ、コーネリアス家の所有する屋敷の中でも一番立派な場所に彼女を招待することになった。
というのも、彼女の望みを叶えるためだ。その「望み」というのは自宅には無い本を読みたいというもので、果たしてこれはどこまでが本気なのかと内心考えていたのだが。

「今日は半日ほどで帰るのだろう?私も同行しよう」

そう言った自分に対して、彼女は困ったように眉を下げた。

「有難いお言葉ですけれど、付き人もいますから、私のことはどうかお気になさらないで。きっと長くなりますし……」


自分の誘いを断った。
自意識過剰と言われても仕方がないが、それだけ女性に対する固定概念が存在していたため、意外に思った。

「……ベネディクトでいい。私もフラヴィア嬢と呼ばせていただいても?」

今までの婚約者達は皆、強請られない限り家名で呼んでいたことを思い出す。
困惑したような瞳で見つめ返してくる彼女をこちらもまた見つめ返しながら聞くと、返事を待っていると思われたのか、
「ああ、はい。それは勿論……」
とこっくり頷かれた。


「君に少し、興味が湧いた。観察してもいい許可を貰いたい」
「はあ……」

本当は、出会った時からそう思っていることなんて露知らず、彼女はまたこっくり頷いた。



その後も彼女の奇行は続いた。

まず、書庫に入った瞬間に今までのガラス一枚隔てたような曖昧な表情を捨て、情熱の感じる頬と眦で本棚の方へと一直線に向かっていった。一瞬で自分の存在が爪弾きにされた感覚が肌で分かり、流石に困惑した。

彼女の嬉しそうな蕩けた瞳を見ながら、そんな表情もできるのか、と思う。いくらでも男を従わせることのできる目だとも思った。見惚れているのか観察しているのかも分からないまま、後ろをついていく。彼女はあっちにふらふらこっちにフラフラと足取りが覚束ず、何度かエスコートしようか思案した程だった。
彼女が数十分後に医学書を手に取ったのを見届け、これは長くなるなと思い自分もまた実用書を手に取った。

静かな書庫はそれだけで居心地が良く、何だか不思議な気分だった。

しばらく、紙の擦れる音だけが室内に響く。
本を二冊ほど読み終わり、彼女はどうしているだろうかと気になって、ふと視線を上げた。
真っ先に視界に飛び込んできたのは、剣術に関する本を読み込んでいる真剣な横顔だった。それに気付いた瞬間、なぜだかどきりとした。恋愛的なときめきではなく、自分の感心領域に相手が踏み込んできたことへの戸惑いだった。

「フラヴィア嬢」

思わず声をかける。

「…………」
「…………?フラヴィア嬢」
「…………」
「…フラヴィア嬢。おい、きみ」
「………」

なるほど、付き添いを断るわけだと思った。
彼女はどうやら自分の世界に入り込んでしまうタイプらしい。

その後十数回の呼びかけが実を結んだのか、彼女はやっとこちらに気が付いてくれた。

「きみ。おい、きみ。フラヴィア嬢」
「…………え?あ、ああ。ベネディクト様。何でしょう」

何故剣術の本なんか、と直球に尋ねるのは憚られたため、少し遠回しに聞いてみることにした。

「いや、さっきから読む系統がバラバラなのはなぜだ?しかも、今度は剣術の本まで…」
「…ああ…。バラバラと言うわけでもありませんよ。私が今読んだような本は、どれも私が興味を持って、一般教養として取り込めるものばかりです。汽車の構造だとか、魚の捌き方だとか、あまりにも焦点を絞った専門的なものでなければ、こうして活字として取り込んでいるんです」
「……伯爵令嬢のきみが何故そこまで?」

話が思いの外長引きそうだったからか、彼女は本を閉じて胸をこちらに向け直した。その姿勢に少し好感を抱く。

「我がパウロディカ家が、最近外交に力を入れているのをご存知ですか?」
「ああ。勿論。君はその先駆者だ」
「文化や風習が違えば、私たちとは見ている世界が違う。見ている世界が違えば、同じ貴族だとしても、基礎が違い、私達貴族が当たり前とする定型分の様な会話や話題が通じなかったりするのです。そう言ったとき、雑学だろうとなんだろうと、話題の引き出しがあるというのは非常に有利なことなんですよ。」
「…驚いた。君は向上心の塊のようなヤツだな」
「まさか。私は最低限のラインにすら、まだ達しておりません」

謙遜でも何でもなく、本心からそう思っている表情だった。

狭い世界に閉じこもっていた自分にとって、彼女の言葉は全てが新鮮で、衝撃的だった。
女といえば、ファッションと恋愛と噂話。そう言った印象しか持っておらず、例外といえば幼馴染のアンナだけだったのだ。その例外に今、彼女が加わろうとしている。ドキドキとも違う、ソワソワとも違う、不思議な期待感が背筋を走った。

もっと、彼女きみのことが知りたい。
思わず口に出そうになった言葉を飲み込み、誤魔化すように別の話題を選んだ。


「俺は、君の様な女性に会うのは初めてだ」
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