4 / 12
観察
しおりを挟む
観察とは言っていたものの、ベネディクトは黙ってフラヴィアを案内するだけで、探る様な視線も無ければ、何かを暴く意図の含まれた質問もない。
ただただ無言で広い廊下を歩くだけの時間がやっと終わる頃には、フラヴィアはベネディクトの可笑しな要望をすっかり頭の隅に追いやっていた。
「ここが書庫だ。別邸にもあるにはあるが、ここほどの蔵書数を誇る場所は、同じ愛読家の貴族共でもなかなかいないだろう」
「まあ……なんて大きな扉」
「入ろう」
180はあるベネディクトの背を優に超える大きな扉には、コーネリアス家の家紋である頭が二つの鷲が刻印されている。付き人が無言で重厚な扉を開けると、中は図書室というよりは図書館と形容した方が相応しい、視界一面に広がる本棚の山であった。
「まあ……まあ…ああなんてこと…」
熱に浮かされた様にあたりを見渡し、フラフラと本棚に吸い寄せられていくフラヴィアを、ベネディクトは無言で見つめ、少しの距離を空けてその後をついていった。
正直、フラヴィアにはそれ以降の記憶があまりない。見たことのない最新の医学書や、平民の間で人気の冒険ものの小説、チェロの歴史本についての内容などはしっかりと脳裏に刻みつけているものの、本の内容以外のことはほぼ覚えていなかった。
やっと意識を取り戻したのはチェロの本を読み終わり、剣術についての本を手に取った際のことで、それもベネディクトに話しかけられていなければ、帰るまで記憶を飛ばしていただろう。
「…きみ、おい、きみ。フラヴィア嬢」
「………え?あ、ああ。ベネディクト様。なんですか?」
「いや、さっきから読む系統がバラバラなのはなぜだ?しかも、今度は剣術の本まで…」
「…ああ…。バラバラと言うわけでもありませんよ。私が今読んだような本は、どれも私が興味を持って、一般教養として取り込めるものばかりです。汽車の構造だとか、魚の捌き方だとか、あまりにも焦点を絞った専門的なものでなければ、こうして活字として取り込んでいるんです」
「……伯爵令嬢のきみが何故そこまで?」
ベネディクトとの話が思いの外長引きそうだったからか、フラヴィアは本を閉じ、彼に向き直った。
「我がパウロディカ家が、最近外交に力を入れているのをご存知ですか?」
「ああ。勿論。君はその先駆者だ」
「文化や風習が違えば、私たちとは見ている世界が違う。見ている世界が違えば、同じ貴族だとしても、基礎が違い、私達貴族が当たり前とする定型分の様な会話や話題が通じなかったりするのです。そう言ったとき、雑学だろうとなんだろうと、話題の引き出しがあるというのは非常に有利なことなんですよ。」
「…驚いた。君は向上心の塊のようなヤツだな」
「まさか。私は最低限のラインにすら、まだ達しておりません」
フラヴィアの言葉を受けて、しばし固まったベネディクトは、「俺は君の様な女性に会うのは初めてだ」とポツリと口にした。
「俺は昔から、女性があまり得意ではない。母も早くに亡くしたからな、唯一よく知るのは近衛騎士団の娘のアンナくらいだ」
「ああ。幼馴染だという方ですね。それと、先ほどの言葉は否定させていただきますわ。私のような女性は、視野を広げればきっと沢山いるでしょう。貴方に寄ってくるような積極的な女性が必然的に似通った特徴を持っていただけですよ」
「…………そんなことを言われるのも、初めてだ。アンナにも似たような事を言ったことがあるが、その時は…」
ベネディクトが考え込みながら言葉を出していたその時、突如甲高い声が響いた。
「あーーっ!!やっと見つけた!!」
ただただ無言で広い廊下を歩くだけの時間がやっと終わる頃には、フラヴィアはベネディクトの可笑しな要望をすっかり頭の隅に追いやっていた。
「ここが書庫だ。別邸にもあるにはあるが、ここほどの蔵書数を誇る場所は、同じ愛読家の貴族共でもなかなかいないだろう」
「まあ……なんて大きな扉」
「入ろう」
180はあるベネディクトの背を優に超える大きな扉には、コーネリアス家の家紋である頭が二つの鷲が刻印されている。付き人が無言で重厚な扉を開けると、中は図書室というよりは図書館と形容した方が相応しい、視界一面に広がる本棚の山であった。
「まあ……まあ…ああなんてこと…」
熱に浮かされた様にあたりを見渡し、フラフラと本棚に吸い寄せられていくフラヴィアを、ベネディクトは無言で見つめ、少しの距離を空けてその後をついていった。
正直、フラヴィアにはそれ以降の記憶があまりない。見たことのない最新の医学書や、平民の間で人気の冒険ものの小説、チェロの歴史本についての内容などはしっかりと脳裏に刻みつけているものの、本の内容以外のことはほぼ覚えていなかった。
やっと意識を取り戻したのはチェロの本を読み終わり、剣術についての本を手に取った際のことで、それもベネディクトに話しかけられていなければ、帰るまで記憶を飛ばしていただろう。
「…きみ、おい、きみ。フラヴィア嬢」
「………え?あ、ああ。ベネディクト様。なんですか?」
「いや、さっきから読む系統がバラバラなのはなぜだ?しかも、今度は剣術の本まで…」
「…ああ…。バラバラと言うわけでもありませんよ。私が今読んだような本は、どれも私が興味を持って、一般教養として取り込めるものばかりです。汽車の構造だとか、魚の捌き方だとか、あまりにも焦点を絞った専門的なものでなければ、こうして活字として取り込んでいるんです」
「……伯爵令嬢のきみが何故そこまで?」
ベネディクトとの話が思いの外長引きそうだったからか、フラヴィアは本を閉じ、彼に向き直った。
「我がパウロディカ家が、最近外交に力を入れているのをご存知ですか?」
「ああ。勿論。君はその先駆者だ」
「文化や風習が違えば、私たちとは見ている世界が違う。見ている世界が違えば、同じ貴族だとしても、基礎が違い、私達貴族が当たり前とする定型分の様な会話や話題が通じなかったりするのです。そう言ったとき、雑学だろうとなんだろうと、話題の引き出しがあるというのは非常に有利なことなんですよ。」
「…驚いた。君は向上心の塊のようなヤツだな」
「まさか。私は最低限のラインにすら、まだ達しておりません」
フラヴィアの言葉を受けて、しばし固まったベネディクトは、「俺は君の様な女性に会うのは初めてだ」とポツリと口にした。
「俺は昔から、女性があまり得意ではない。母も早くに亡くしたからな、唯一よく知るのは近衛騎士団の娘のアンナくらいだ」
「ああ。幼馴染だという方ですね。それと、先ほどの言葉は否定させていただきますわ。私のような女性は、視野を広げればきっと沢山いるでしょう。貴方に寄ってくるような積極的な女性が必然的に似通った特徴を持っていただけですよ」
「…………そんなことを言われるのも、初めてだ。アンナにも似たような事を言ったことがあるが、その時は…」
ベネディクトが考え込みながら言葉を出していたその時、突如甲高い声が響いた。
「あーーっ!!やっと見つけた!!」
13
お気に入りに追加
225
あなたにおすすめの小説
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中

【完結】円満婚約解消
里音
恋愛
「気になる人ができた。このまま婚約を続けるのは君にも彼女にも失礼だ。だから婚約を解消したい。
まず、君に話をしてから両家の親達に話そうと思う」
「はい。きちんとお話ししてくださってありがとうございます。
両家へは貴方からお話しくださいませ。私は決定に従います」
第二王子のロベルトとその婚約者ソフィーリアの婚約解消と解消後の話。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
主人公の女性目線はほぼなく周囲の話だけです。番外編も本当に必要だったのか今でも悩んでます。
コメントなど返事は出来ないかもしれませんが、全て読ませていただきます。

幼馴染は不幸の始まり
mios
恋愛
「アリスの体調が悪くなって、申し訳ないがそちらに行けなくなった。」
何度目のキャンセルだろうか。
クラリッサの婚約者、イーサンは幼馴染アリスを大切にしている。婚約者のクラリッサよりもずっと。

初恋は叶わないと知っている
mios
恋愛
ずっと好きだった初恋の彼女が現れ、婚約者は彼女の側を離れない。
政略的な婚約ではあったものの、エミリーの初恋は紛れもなく、婚約者であるオリバーで。
彼の態度に居た堪れなくなり、婚約解消を申し出る。
※以前とは形式を変えました。栞とかぐちゃぐちゃになってしまい、申し訳ありません。話の流れにより追加修正を行いましたが、話の大筋などに変化はありません。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています

邪魔しないので、ほっておいてください。
りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。
お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。
義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。
実の娘よりもかわいがっているぐらいです。
幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。
でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。
階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。
悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。
それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

私は恋をしている。
はるきりょう
恋愛
私は、旦那様に恋をしている。
あれから5年が経過して、彼が20歳を超したとき、私たちは結婚した。公爵家の令嬢である私は、15歳の時に婚約者を決めるにあたり父にお願いしたのだ。彼と婚約し、いずれは結婚したいと。私に甘い父はその話を彼の家に持って行ってくれた。そして彼は了承した。
私の家が公爵家で、彼の家が男爵家だからだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる