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観察
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観察とは言っていたものの、ベネディクトは黙ってフラヴィアを案内するだけで、探る様な視線も無ければ、何かを暴く意図の含まれた質問もない。
ただただ無言で広い廊下を歩くだけの時間がやっと終わる頃には、フラヴィアはベネディクトの可笑しな要望をすっかり頭の隅に追いやっていた。
「ここが書庫だ。別邸にもあるにはあるが、ここほどの蔵書数を誇る場所は、同じ愛読家の貴族共でもなかなかいないだろう」
「まあ……なんて大きな扉」
「入ろう」
180はあるベネディクトの背を優に超える大きな扉には、コーネリアス家の家紋である頭が二つの鷲が刻印されている。付き人が無言で重厚な扉を開けると、中は図書室というよりは図書館と形容した方が相応しい、視界一面に広がる本棚の山であった。
「まあ……まあ…ああなんてこと…」
熱に浮かされた様にあたりを見渡し、フラフラと本棚に吸い寄せられていくフラヴィアを、ベネディクトは無言で見つめ、少しの距離を空けてその後をついていった。
正直、フラヴィアにはそれ以降の記憶があまりない。見たことのない最新の医学書や、平民の間で人気の冒険ものの小説、チェロの歴史本についての内容などはしっかりと脳裏に刻みつけているものの、本の内容以外のことはほぼ覚えていなかった。
やっと意識を取り戻したのはチェロの本を読み終わり、剣術についての本を手に取った際のことで、それもベネディクトに話しかけられていなければ、帰るまで記憶を飛ばしていただろう。
「…きみ、おい、きみ。フラヴィア嬢」
「………え?あ、ああ。ベネディクト様。なんですか?」
「いや、さっきから読む系統がバラバラなのはなぜだ?しかも、今度は剣術の本まで…」
「…ああ…。バラバラと言うわけでもありませんよ。私が今読んだような本は、どれも私が興味を持って、一般教養として取り込めるものばかりです。汽車の構造だとか、魚の捌き方だとか、あまりにも焦点を絞った専門的なものでなければ、こうして活字として取り込んでいるんです」
「……伯爵令嬢のきみが何故そこまで?」
ベネディクトとの話が思いの外長引きそうだったからか、フラヴィアは本を閉じ、彼に向き直った。
「我がパウロディカ家が、最近外交に力を入れているのをご存知ですか?」
「ああ。勿論。君はその先駆者だ」
「文化や風習が違えば、私たちとは見ている世界が違う。見ている世界が違えば、同じ貴族だとしても、基礎が違い、私達貴族が当たり前とする定型分の様な会話や話題が通じなかったりするのです。そう言ったとき、雑学だろうとなんだろうと、話題の引き出しがあるというのは非常に有利なことなんですよ。」
「…驚いた。君は向上心の塊のようなヤツだな」
「まさか。私は最低限のラインにすら、まだ達しておりません」
フラヴィアの言葉を受けて、しばし固まったベネディクトは、「俺は君の様な女性に会うのは初めてだ」とポツリと口にした。
「俺は昔から、女性があまり得意ではない。母も早くに亡くしたからな、唯一よく知るのは近衛騎士団の娘のアンナくらいだ」
「ああ。幼馴染だという方ですね。それと、先ほどの言葉は否定させていただきますわ。私のような女性は、視野を広げればきっと沢山いるでしょう。貴方に寄ってくるような積極的な女性が必然的に似通った特徴を持っていただけですよ」
「…………そんなことを言われるのも、初めてだ。アンナにも似たような事を言ったことがあるが、その時は…」
ベネディクトが考え込みながら言葉を出していたその時、突如甲高い声が響いた。
「あーーっ!!やっと見つけた!!」
ただただ無言で広い廊下を歩くだけの時間がやっと終わる頃には、フラヴィアはベネディクトの可笑しな要望をすっかり頭の隅に追いやっていた。
「ここが書庫だ。別邸にもあるにはあるが、ここほどの蔵書数を誇る場所は、同じ愛読家の貴族共でもなかなかいないだろう」
「まあ……なんて大きな扉」
「入ろう」
180はあるベネディクトの背を優に超える大きな扉には、コーネリアス家の家紋である頭が二つの鷲が刻印されている。付き人が無言で重厚な扉を開けると、中は図書室というよりは図書館と形容した方が相応しい、視界一面に広がる本棚の山であった。
「まあ……まあ…ああなんてこと…」
熱に浮かされた様にあたりを見渡し、フラフラと本棚に吸い寄せられていくフラヴィアを、ベネディクトは無言で見つめ、少しの距離を空けてその後をついていった。
正直、フラヴィアにはそれ以降の記憶があまりない。見たことのない最新の医学書や、平民の間で人気の冒険ものの小説、チェロの歴史本についての内容などはしっかりと脳裏に刻みつけているものの、本の内容以外のことはほぼ覚えていなかった。
やっと意識を取り戻したのはチェロの本を読み終わり、剣術についての本を手に取った際のことで、それもベネディクトに話しかけられていなければ、帰るまで記憶を飛ばしていただろう。
「…きみ、おい、きみ。フラヴィア嬢」
「………え?あ、ああ。ベネディクト様。なんですか?」
「いや、さっきから読む系統がバラバラなのはなぜだ?しかも、今度は剣術の本まで…」
「…ああ…。バラバラと言うわけでもありませんよ。私が今読んだような本は、どれも私が興味を持って、一般教養として取り込めるものばかりです。汽車の構造だとか、魚の捌き方だとか、あまりにも焦点を絞った専門的なものでなければ、こうして活字として取り込んでいるんです」
「……伯爵令嬢のきみが何故そこまで?」
ベネディクトとの話が思いの外長引きそうだったからか、フラヴィアは本を閉じ、彼に向き直った。
「我がパウロディカ家が、最近外交に力を入れているのをご存知ですか?」
「ああ。勿論。君はその先駆者だ」
「文化や風習が違えば、私たちとは見ている世界が違う。見ている世界が違えば、同じ貴族だとしても、基礎が違い、私達貴族が当たり前とする定型分の様な会話や話題が通じなかったりするのです。そう言ったとき、雑学だろうとなんだろうと、話題の引き出しがあるというのは非常に有利なことなんですよ。」
「…驚いた。君は向上心の塊のようなヤツだな」
「まさか。私は最低限のラインにすら、まだ達しておりません」
フラヴィアの言葉を受けて、しばし固まったベネディクトは、「俺は君の様な女性に会うのは初めてだ」とポツリと口にした。
「俺は昔から、女性があまり得意ではない。母も早くに亡くしたからな、唯一よく知るのは近衛騎士団の娘のアンナくらいだ」
「ああ。幼馴染だという方ですね。それと、先ほどの言葉は否定させていただきますわ。私のような女性は、視野を広げればきっと沢山いるでしょう。貴方に寄ってくるような積極的な女性が必然的に似通った特徴を持っていただけですよ」
「…………そんなことを言われるのも、初めてだ。アンナにも似たような事を言ったことがあるが、その時は…」
ベネディクトが考え込みながら言葉を出していたその時、突如甲高い声が響いた。
「あーーっ!!やっと見つけた!!」
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