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婚約者
しおりを挟む「くだらんな。俺は剣技と仕事の邪魔さえしない女なら、誰でもいい」
ピシリ、と空気の凍る音がした。
美しい絹の様な長髪と、両親の美点を引き継いだ甘く清廉な顔立ち。ほのかに光るような柔肌は育ちの良さを強調する白皙で、瞳の色は知性の滲んだウルトラマリン。
珍しい色彩とそれに負けない美貌を持つ少女、フラヴィア・パウロディカは名門伯爵貴族の元に生を受けた、一族待望の一人娘である。
この国では神の寵愛を象徴するプラチナブランドの長髪と、一国の姫のような高貴な顔立ちは社交界でも名高く、趣味は読書と音楽鑑賞で、苦手なことは乗馬。幼い頃から賢姫と名高く、特に外交貿易に興味を示しており、女性の社会進出に口煩い貴族達を言いくるめて、自ら家の発展に貢献する我の強さも持ち合わせていた。四つ下の弟からよく慕われる優しい姉でもあり、両親の言うことをよく聞く親孝行の娘でもある。
そしてなにより、繊細可憐な美貌と高貴な血筋から、婚約の話が後を尽きない娘であった。
そのため、父親は娘に相応しい、1番の出世頭を婚約者にと望み、およそ7年もの年月をかけてフラヴィアの婚約者を選び抜いた。貴族令嬢としては行き遅れとも言われかねない年齢でやっと与えられた婚約者は、確かに結婚すれば将来安泰は間違いのない、有名な辺境伯の一人息子である。
しかし一つ問題なのは、彼が女嫌いとしてその名を馳せていることだった。
ベネディクト・コーネリアス。
艶のあるブリュネットと新緑の瞳、端正な顔立ちと、辺境伯の息子らしい鮮やかな剣技は貴族令嬢達の心を鷲掴みにするらしく、どうやら幼少期から嫌というほど女性に関心を向けられていたらしい。
彼が唯一邪険にしない女性は、近衛騎士団団長の娘であり、同じく剣技を嗜む赤髪のアンネという子のみである。幼い頃から成長を共にしてきた二人は所謂幼馴染であり、恋仲なのではないかと密かに噂される程の距離だった。
いくら美しく優秀であっても、幼馴染の女を持ち、おまけにそれ以外の女性を厭う男の婚約者。フラヴィアはやっとできた婚約者の肩書きに喜ぶべきなのか嘆くべきなのか分からず、モヤモヤしたまま、しかし話はトントン拍子に進んでいってしまった。
なんせ引く手数多で名高い二人の待望の婚約である。両家はお互いに、これ以上の相手はいないというほどこの婚約を後押しし、本人たちの心境は置き去りのまま、婚約は内定した。
フラヴィアは顔合わせのためのドレスやらボディケアやらで、1ヶ月は母と女中に捕まりっぱなしであった。髪に花蜜を揉み込まれ、身体に脂をぬりたくられ、ドレスの色はあーでもないこーでもないと論議する母と女中の声を後ろに本を読み。仕立て屋まで混ざって50にも届くドレスやアクセサリーをお人形のように着せては脱がされ、やっと終わる頃、フラヴィアは髪も肌も玉のように美しく、しかし心はサバンナよりも枯れ果てていた。
そうして迎えた苦労の末の顔合わせの日、フラヴィアを一目見たベネディクトは驚いたように目を見張り、しばし閉口していたが、見惚れた事を恥じるように眦を吊り上げると、低い声でこう言った。
「くだらんな。俺は剣技と仕事の邪魔さえしない女なら、誰でもいい」
空気の凍る音がした。隣の母はフリーズしているし、向こうの父親も急激に冷や汗を掻き始める。両家の頭になかった婚約破棄という文字が鳥のように脳内を飛び回り、「べっ、ベネディクト!!一体何を…」とコーネリアス辺境伯が蒼白になって詰め寄ろうとした。が、
「奇遇ですね。私も、我が領地の民と、私の公務を邪魔しない、体のいい虫除けが欲しかったところですの」
蝶羽ばたきのようにささやかに、しかし劇的に美しい微笑みでそう言ったフラヴィアに、また空気の凍る音がした。
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