シンモアの娘

らきゃっとseven

文字の大きさ
上 下
10 / 10

薬師バスカス

しおりを挟む
ルカスの提案で薬師を訪ねることになった。

故郷を立つ際に、王都デンベアに寄るなら訪ねる様に言われたと言う。つまりはルカスの一族の者が此処で薬師を営んでいるのだ。

賑やかな露店が埋め尽くす広場を抜けて、武具や防具屋などの専門店街の一画に薬師バスカスの店が有った。

昼時でもあるが、その一画は人影も無い。ルカスは薬師の店の扉を開けて中の様子を覗く。誰もいない。店番もいないので、そっと店内を見渡す。

店内は棚が一つと机に椅子、きれいさっぱりに片付いている。机上には盆の上に茶の湯が二つ。

ルカスはすぅーと音もなく滑り込むと、セカとメリエダンを手招きする。しんがりのメリエダンが扉を閉める。

「おや、お客さんかい?」
店の奥から若い男の声が聞こえる。しかし、暖簾を潜り現れたのは女の子だった。
「いらっしゃいな。店長。三人連れのお客さんよ」
流行りのショートボブの髪型で、眼鏡を掛けた女の子の店員は、前掛けが煎りたての薬か何かで汚れた格好だ。

次に現れたのが店長らしき若い男で、メリエダンと同じほどの高身長で長い髪を後ろに結い、薄い青地のほっかむりをしている。
「ん?その袖口の模様は。あんた島の人かい?」
ルカスを見て訪ねてきた。

頷いてルカスは答えた。
「薄紫のハエビスカズラの咲く年に生まれました」
それは意味など無く(そんな花は無い)島の人間同士が同胞である事を確かめ合う為の符丁だ。

「よく来た。ルカスだな。俺は薬師のバスカスだ。便りは来ている。奥に入ろう」
打って変わって商売人の笑顔が消えて、バスカスは真顔になった。
「ミエッタ。今日は店を閉める。カーテンを下ろせ」ミエッタと呼ばれた眼鏡の女の子は頷いて店を閉め始めた。

バスカスを追って奥に入ると調合部屋から倉庫を抜けて裏口から路地に出た。
「開けたままで付いてきてくれ」

早足で路地を左右にくねる。狭い路地は普段から使われているのか、陽当たりは悪かろうに苔など生えていない。しかし湿った土の特有の匂いが立ち込めていた。風通しが悪く汗ばむ。

バスカスは背後を振り向く事も無く、どんどん進む。やがて行き止まりとなった。突き当たった袋小路には仕掛け扉があった。僅かな突起を押すと壁が移動して通路が見えた。後ろからミエッタが追いつく。

五人は壁の中に消えた。

セカは背後で走り去る靴音を聞いた気がした。何者かが追ってきているのか。

ルカスが言った。
「ここは?」
バスカスは頷いた。
「安全なアジトだ。すでに準備は出来ている」
奥の間を見せる。武器、防具、食糧、薬、水筒などが積まれている。
「簡素だがベッドと風呂もあるぞ。暫くは此処で情報を集めよう」

「危険な状況と言うことか?」メリエダンは聞く。
「つい昨日だ。ドルフゴフ王国から宰相が来賓した。一週間前から見慣れぬ兵士や賊の輩が急に増えたんだ。もし、何処かでドンぱちしているなら、間違いなく君らがターゲットだろう」

バスカスはセカを見た。
「シンモアの娘か?」
セカは真っ直ぐにバスカスの目線を受ける。
「はい、セカと言います」
バスカスは頷いた。
「よく来た、こんなところで済まないが、歓迎する。不自由があれば言ってくれ」

メリエダンは困った顔をした。
「予想外だな。まさか本人が、王都までやってくるとは?つまりは宰相ウルガンプが、君らの敵なんだろう?」

バスカスは答える。
「十年前の災厄は魔獣エルドトスによるものだが、魔獣は宰相ウルガンプと契約していたらしい」

メリエダンは自分以外の人間の四人を見回す。
「じゃあ、今回は上手くやろう。ウルガンプの意表を突いて、祠の奥まで行ってセカの右手の封印を解く。私はそのために来た。エルフを代表して」

セカはメリエダンの言葉に頷いた。
「そのためにも、まずはお風呂に入りたいわ。まだ、死霊の吐息の冷たさが染み付いてるのよ」

一行は一息ついた。アジトは窓もなく、蝋燭の灯りと質素なテーブルと椅子しかない。だが、風呂がある。本も何冊か棚にある。小一時間したところで、バスカスとミエッタが戻ってきた。小脇に弁当を挟んでいる。夕飯の小鹿の肉弁当は久し振りのご馳走となった。

夕飯の後、バスカスはテーブルいっぱいに羊皮紙を広げた。王都の地図だ。中央部に王が住まう城。城を囲む城壁に東西南北の四門。四門から放射状に伸びる道。その道を環状に繋ぐ道。

貴族の館、騎士の兵舎、大広間に専門外に教会、商館などなど。空白は無く埋まる街並み。さらに周りを城壁が囲み農地を守る。まったくこの王都は大都会だ。

「早速だが、地理を覚えて貰わねばならない。でないと此処から出す訳にはいかない。迷子になってウルガンプの手下に捕まって終わりだ」
バスカスは真顔でそう言う。

「ウルガンプの泊まる館の場所、ここ数日の動きも知りたい」ルカスは言う。

「何のためだ」バスカスが問う。

メリエダンは珍しくにやりと笑う。
「ルカス。相手の顔を拝む為だろう?」

「どちらかというと部下の顔を覚えておく為だ」

セカはルカスの冷静な表情に一瞬だけ悪戯っぽく口許が上がるのを見た。
「私も見ておきたいわ」
相槌を打った。

メリエダンはバスカスに話す。
「マサの祠に行かねばならない。地図とガイドがいる。必要なら助っ人の戦士もいるだろう」

バスカスは思案した。
「マサの祠か‥それは厄介だな。麓から〝闇が棲む洞窟”を抜けていく為にはベテランのガイドと戦士が数人必要だろう。ギルドで雇うと言っても信頼できるかどうか」

「心当たりがあります。〝闇が棲む洞窟“をよく知る人に」
皆がびっくりして声の主を振り返る。ミエッタだった。





しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

業腹

ごろごろみかん。
恋愛
夫に蔑ろにされていた妻、テレスティアはある日夜会で突然の爆発事故に巻き込まれる。唯一頼れるはずの夫はそんな時でさえテレスティアを置いて、自分の大切な主君の元に向かってしまった。 置いていかれたテレスティアはそのまま階段から落ちてしまい、頭をうってしまう。テレスティアはそのまま意識を失いーーー 気がつくと自室のベッドの上だった。 先程のことは夢ではない。実際あったことだと感じたテレスティアはそうそうに夫への見切りをつけた

処理中です...