5 / 10
イゾルデ
しおりを挟む
ガンダルには家族が居た。
娘と娘婿。そして七歳になる孫娘が一人。春が来て商館の小さな庭に花が咲き始めた頃、家族を不幸が襲った。
四人で夕食のテーブルを囲んでいたとき、庭の噴水に一羽のカラスが止まった。孫のイゾルデが真っ先に見つけて知らせたのだ。
イゾルデは最初に見つけだ事を褒めて貰いたかったが、母は縁起が悪いとメイドにカーテンを閉ざす様に言った。
カラスから影が伸びたのをイゾルデは見た。あっという間にメイドに乗り移った影は、テーブルのステーキナイフを父の喉に突き立てた。
イゾルデはテーブルの下に隠れた。続け様に母と祖父の悲鳴が響き渡る。イゾルデは庭を駆けた。いつどうやって庭に出たかは覚えて居ない。イゾルデは納屋に飛び込んだ。納屋には馬が二頭居た。
祖父は馬の調達を頼まれたと言っていたのを思い出した。とにかく馬は人の匂いを消す役目をした。鼻面で飼い葉を押し寄せてイゾルデを隠した。
影は納屋にやってこなかった。しかし、飛び立つカラスを睨む祖父は、もうこの世のものでは無かった。祖父の姿を借りた影の魔物だ。
祖父は生前にこっそりとイゾルデに秘密を打ち明けていた。
春の終わり、大帆船が港に入る日、祖父の友人のエルフがやって来る。エルフは背が高く耳が尖り、そして弓を持って森を支配する。
イゾルデにとってこの街は窮屈で祖父の話すエルフは冒険物語の一節なのだ。いつかエルフが自分を冒険に連れていってくれる事を夢見た。
エルフは人を二人連れて来ると言う。とても大切なお客様なのだと。そして、彼らには馬が必要なのだ。とても早く走る馬が。
祖父が死んでしまった今、馬をエルフとその友に引き渡せるのは自分だけだと思った。イゾルデは待った。大帆船が港に寄る日を数えたのだ。
昼間、祖父の形を借りた影の魔物は商館内にいる間、納屋の中で馬と眠った。夜になると魔物は何処かへ出掛けていくので、商館の貯蔵庫でチーズやパンを食べた。
とうとうその日、背の高い男がしなやかな身のこなしで商館の扉に入るのを見た。イゾルデは庭に回りカーテンの隙間から覗き見た。
そこには黒い影のガンダルが異形の死体となって事切れ、まさに出ていこうとしているエルフが居た。
コンコン。
イゾルデは勇気を振り絞って窓ガラスを叩いた。
「エルフさん。馬はこちらです」
薄い窓ガラスは小さな声を通した。メリエダンはガンダルが居ないので馬を諦めて船に乗ろうかと思案していた。しかし、それも要らぬ徒労に終わりそうだ。
庭に回りイゾルデに声をかける。
「君は?」
「ガンダルの孫のイゾルデです」
スカートの裾を持ちお辞儀をする。一か月以上も納屋で過ごしたのだ。イゾルデは自分の匂いと服装が恥ずかしくなった。
「ガンダル殿は無事なのか?」
首を振るイゾルデ。
「両親も同じ日に殺されました」
窓の中の事切れた魔物を指差す。
「そうか」
メリエダンは言葉を探す。納屋の中の二頭の馬を見る。飼い葉は十分。桶の中の水は新鮮だ。
メリエダンは右膝をつき、イゾルデと目線の高さを合わせた。
「よく、頑張ったな」
イゾルデは涙が溢れた。流れ始めると止まる事がないほどだ。メリエダンの胸で泣きじゃくる。
ルカスとセカは急いだ。
占い師の居た小高い丘から、商館までの下り坂を駆け下りた。
約束の商館に近づくと、五人の人外をやり過ごす必要があった。その様子から、メリエダンに何か問題が発生している可能性を考えた。
ひひんと馬の嗎が聞こえた気がした。
「セカ、馬の蹄の音だ。ほら来るぞ」
ルカスは路地の一方を指差す。直ぐに二頭の馬が路地先を曲がり姿を見せた。先頭はメリエダンが騎乗し、二頭の手綱を持つ。
メリエダンの背中に小さな娘がしがみ付いている。
手綱を掴んでルカスか跳び乗り、右手を背中から回す。セカがその手を右手で掴んだ拍子に、ルカスは思い切り引き上げる。
一斉に馬の腹を両脚で蹴る。
振り落とされない様にセカはルカスの背中にしがみ付く。ルカスは前を行くメリエダンの背中の少女のおさげが上下に揺れるのを見た。
「この娘は?」
メリエダンは言った。
「賢者ナルダインの友人ガンダル殿の忘れ形見だ」
セカは微笑む。
「仲間が増えたわね」
二頭の馬はフラペテの城門に向かい駆けた。ルカスは駆けながら馬の首に手を回しててポンと叩く。栄養十分だが、筋肉の張りが気になった。走れていないのか。北のマサの祠まで体力が持つのだろうかと不安になった。
娘と娘婿。そして七歳になる孫娘が一人。春が来て商館の小さな庭に花が咲き始めた頃、家族を不幸が襲った。
四人で夕食のテーブルを囲んでいたとき、庭の噴水に一羽のカラスが止まった。孫のイゾルデが真っ先に見つけて知らせたのだ。
イゾルデは最初に見つけだ事を褒めて貰いたかったが、母は縁起が悪いとメイドにカーテンを閉ざす様に言った。
カラスから影が伸びたのをイゾルデは見た。あっという間にメイドに乗り移った影は、テーブルのステーキナイフを父の喉に突き立てた。
イゾルデはテーブルの下に隠れた。続け様に母と祖父の悲鳴が響き渡る。イゾルデは庭を駆けた。いつどうやって庭に出たかは覚えて居ない。イゾルデは納屋に飛び込んだ。納屋には馬が二頭居た。
祖父は馬の調達を頼まれたと言っていたのを思い出した。とにかく馬は人の匂いを消す役目をした。鼻面で飼い葉を押し寄せてイゾルデを隠した。
影は納屋にやってこなかった。しかし、飛び立つカラスを睨む祖父は、もうこの世のものでは無かった。祖父の姿を借りた影の魔物だ。
祖父は生前にこっそりとイゾルデに秘密を打ち明けていた。
春の終わり、大帆船が港に入る日、祖父の友人のエルフがやって来る。エルフは背が高く耳が尖り、そして弓を持って森を支配する。
イゾルデにとってこの街は窮屈で祖父の話すエルフは冒険物語の一節なのだ。いつかエルフが自分を冒険に連れていってくれる事を夢見た。
エルフは人を二人連れて来ると言う。とても大切なお客様なのだと。そして、彼らには馬が必要なのだ。とても早く走る馬が。
祖父が死んでしまった今、馬をエルフとその友に引き渡せるのは自分だけだと思った。イゾルデは待った。大帆船が港に寄る日を数えたのだ。
昼間、祖父の形を借りた影の魔物は商館内にいる間、納屋の中で馬と眠った。夜になると魔物は何処かへ出掛けていくので、商館の貯蔵庫でチーズやパンを食べた。
とうとうその日、背の高い男がしなやかな身のこなしで商館の扉に入るのを見た。イゾルデは庭に回りカーテンの隙間から覗き見た。
そこには黒い影のガンダルが異形の死体となって事切れ、まさに出ていこうとしているエルフが居た。
コンコン。
イゾルデは勇気を振り絞って窓ガラスを叩いた。
「エルフさん。馬はこちらです」
薄い窓ガラスは小さな声を通した。メリエダンはガンダルが居ないので馬を諦めて船に乗ろうかと思案していた。しかし、それも要らぬ徒労に終わりそうだ。
庭に回りイゾルデに声をかける。
「君は?」
「ガンダルの孫のイゾルデです」
スカートの裾を持ちお辞儀をする。一か月以上も納屋で過ごしたのだ。イゾルデは自分の匂いと服装が恥ずかしくなった。
「ガンダル殿は無事なのか?」
首を振るイゾルデ。
「両親も同じ日に殺されました」
窓の中の事切れた魔物を指差す。
「そうか」
メリエダンは言葉を探す。納屋の中の二頭の馬を見る。飼い葉は十分。桶の中の水は新鮮だ。
メリエダンは右膝をつき、イゾルデと目線の高さを合わせた。
「よく、頑張ったな」
イゾルデは涙が溢れた。流れ始めると止まる事がないほどだ。メリエダンの胸で泣きじゃくる。
ルカスとセカは急いだ。
占い師の居た小高い丘から、商館までの下り坂を駆け下りた。
約束の商館に近づくと、五人の人外をやり過ごす必要があった。その様子から、メリエダンに何か問題が発生している可能性を考えた。
ひひんと馬の嗎が聞こえた気がした。
「セカ、馬の蹄の音だ。ほら来るぞ」
ルカスは路地の一方を指差す。直ぐに二頭の馬が路地先を曲がり姿を見せた。先頭はメリエダンが騎乗し、二頭の手綱を持つ。
メリエダンの背中に小さな娘がしがみ付いている。
手綱を掴んでルカスか跳び乗り、右手を背中から回す。セカがその手を右手で掴んだ拍子に、ルカスは思い切り引き上げる。
一斉に馬の腹を両脚で蹴る。
振り落とされない様にセカはルカスの背中にしがみ付く。ルカスは前を行くメリエダンの背中の少女のおさげが上下に揺れるのを見た。
「この娘は?」
メリエダンは言った。
「賢者ナルダインの友人ガンダル殿の忘れ形見だ」
セカは微笑む。
「仲間が増えたわね」
二頭の馬はフラペテの城門に向かい駆けた。ルカスは駆けながら馬の首に手を回しててポンと叩く。栄養十分だが、筋肉の張りが気になった。走れていないのか。北のマサの祠まで体力が持つのだろうかと不安になった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる