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16.カミルの仕事
しおりを挟む「これは……」
「はい、全てアズハル様のお衣装になる布です」
「こんなに……!?」
目の前に積まれた布地の山。
無意識のうちに数えてしまったが、30を超えたあたりから眩暈を覚えて数えるのを止めてしまった。
これ全部でいくらなのだろうとまで考えてしまう。
「あら、これでもまだ足りないくらいです。後はおいおい作らせるとしてここにある分は急いで作らせなければ。アズハル様どうぞ湯浴みをなさいませ。今晩はアシュラフ殿下が後宮に御戻りになる予定です、お目に留めて頂けるよう仕度しなければ」
その間にここを片付けておきますねと言いつつカミルはアズハルを浴場へ案内した。
床と同じく大理石で作られているのだろう浴槽は広々としていて、ちゃぷちゃぷと揺れる水面には赤い花びらが散りばめられている。
この花はバラだろうか。
マハールの屋敷で何度か見たことがあるが、この熱砂に囲まれた国ではバラは育たず輸入する為大変高価なものだと聞いたことがある。
そのバラの花弁を湯に浮かべるとは何て贅沢なんだろうとアズハルは顔を引き攣らせた。
湯浴みをする為に衣服を脱ごうとすると、すかさずカミルが手伝ってこようと手を伸ばしてきたので慌ててそれを断る。
お召し替えのお手伝いをするのも女中の仕事なのですよと不満そうに言うカミルを説得して浴場から出て行ってもらい、アズハルは小さく息を吐くと手早く衣服を脱いで湯に足を着けた。
そのまま体を沈めて肩まで湯に入ると一気に疲れが押し寄せてくる。
疲れと言っても体が疲れているわけではない。
単なる気疲れなのだがハーレムへの門をくぐってまだ時間もさほど過ぎていないというのに、これでは先が思いやられる。
暫くゆらゆらと揺れる赤い花びらをぼんやりと眺めていたが現実逃避をしていてもしかたがないとアズハルは立ち上がった。
「あれ……服が」
湯浴みを終えて湯から出ようとしたアズハルは先ほどに自分が脱ぎ落とした衣服がなくなっていることに気が付いた。
自分がぼんやりしている間に下げられてしまったのだろうか。
裸のままで浴場から出るのも気が引けてアズハルがどうしたものかと思っていると、狙い澄ましたようにカミルが顔を出した。
「香油を塗らせて頂きますので、こちらのカウチに横になってくださいませ」
「そのくらい私が自分で……」
「いけません。アズハル様、どうか私から私の仕事を奪わないでくださいませ」
主人に尽くすのは私達の喜びでもあるのだとカミルは苦笑する。
そこまで言われてしまってはアズハルはカミルを拒否することなどできなかった。
カミルが用意してくれた腰布を巻いてカウチにうつ伏せになると湯のせいで火照っている背に香油を塗りこめられる。
「まぁ、なんて白くてきめ細かいお肌。こんなに綺麗なお肌をしている方はハーレム中探してもいませんわ」
アズハルの背に香油を塗りつけながらうっとりと賞賛の言葉を向けるカミルになんだか痒いような擽ったいようなそんな気分になりながら苦笑を零す。
女性ではないのだからそのような言葉を向けられても複雑だと思ったのだ。
アズハルが女性なら肌が綺麗だとか羨ましいだとかそういったことを言われたら嬉しいかもしれないが、昔から感じていた“異質”な容姿はどうにも好きになることができない。
かろうじて救いだったのは、大好きな母に顔が似ていることだろうか。
「そういえば、ハーレムにいる人達は普段何を?」
ハーレムにいる者の役割は大抵が伽、夜の奉仕だと聞いている。
殿下も日中は執務に追われているとのこと、だったらハーレムに残された者は一体その間何をしているのだろうと疑問に思った。
「はい、その方によりけりですが皆様ご自分の美貌に磨きをかけていらっしゃいます。エステをお受けになったり、新しい服を作らせたり。何せこのハーレムにはたくさんの方がいらっしゃいますから、アシュラフ殿下のお目に留めて頂けるよう自分を磨くことに必死なのです」
「美貌に磨き……」
美貌に磨きをかけるというのは一体どうしたら磨きがかかるのだろうかとアズハルは頭を悩ませた。
産まれてこのかた自分の容姿を磨こうと思ったことはないのでどうしたらいいのか分からない。
磨いてどうにかなるような容姿でもないような気がするのだ。
「ご安心くださいませ。アズハル様はこのカミルが腕によりをかけて磨かせて頂きますわ。心配ごとや分からないことがありましたら遠慮なく申しつけてくださいませ」
アズハルの困惑を感じ取ったのかカミルがそう言ってにっこりと笑った。
香油を塗り終えるとカミルは手馴れた様子でアズハルの髪に櫛を入れて整えたり、爪を整えたりと世話をやき始める。
なんだかそれを申し訳なく感じたが、カミルの表情を見ると楽しそうで彼女の言うとおり本当にアズハルに仕えるという仕事を嬉しく思っているのかもしれない。
「ありがとう」
礼を言うとカミルは最初キョトンとした表情を見せ、すぐにふふっと満面の笑みを見せた。
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