熱砂の王は白き舞姫に傅く

小鳥遊

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15.入宮

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王宮に向かう馬車の中、相乗りしたシュリは始終不機嫌そうだった。
多少なりとも緊張はあったのだろうが、何故ボクが君と一緒なんだと不満そうにもしていた。
アズハルはそんな彼の態度に慣れていた為ごめんね、と笑顔で答えていたがそれが余計気に障るらしく気分を害したように何もしゃべらなくなってしまった。
アシュラフ王子の宮殿に着くと二人はアシュラフ王子に会わされることなく後宮に通された。
どんな方だろうと胸を躍らせていたアズハルは多少がっかりしたが、宮殿の広さ、そして豪華さに目を奪われた。
鏡のようにピカピカに磨かれた大理石の床、繊細な彫刻の為された大きな柱、そして宝石が施された目の眩むように輝く調度品。
マハールの屋敷を初めて訪れた際にもその広さや豪華さに目を奪われたが、ここに比べると霞んで見える。
自分は何という場所に足を踏み入れてしまったのだろうとアズハルは足の震えを感じた。
気圧されて先を歩くシュリを見たが、シュリは全く辺りを気にした様子もなく案内人の後を淡々と歩いている。
貴族の出だからだろうか、アズハルはきょろきょろと辺りを見渡していた自分が恥ずかしくなり俯き加減でシュリの後に続いた。

「ここから先は後宮の女中がご案内致します」

本殿と後宮を繋ぐという大きな扉の前まで来ると案内人はそう言って二人を中へ促した。
これより先を通れる男は宮殿の主である王子とハーレムに身を置く妾(しょう)のみだという。
最も妾の場合は入る時と出る時の2度しか通ることはないのだろうが。

「ここから先に一歩でも足を踏み入れた場合自ら外に出ることは許されません。それでもよろしければ先にお進みください」

アズハルはその言葉にドキリとした。
これがハーレムに入る為の最後の儀式のような気がしてすぐには頷くことができない。

「聞かれるまでもない」

そんなアズハルの思いとは裏腹にシュリは躊躇うことなく頷いて扉の向うへと足を踏み入れた。

「シュリ様はどうぞこちらへ」

シュリが扉の向こうへ足を踏み入れると後宮側で待機していた女中の一人がシュリを促す。
こちら側に少しの未練もないのか、彼はこちらを振り返ることもせずに女中に促されて歩き始めた。

「あ……」

思わずといった状況はこういうことだろうか。
アズハルは思わずシュリの背中を追いかけて扉の向こうへ足を踏み入れてしまった。
踏み入れてしまったというと行きたくもないのに、という風に聞こえるかもしれないがもう一度少し考える時間が欲しかったと言えば嘘ではない。
しまったと扉の方を振り返ると既に扉は閉まりつつあり、目の前でガタンと大きな音を立てて閉じてしまった。
目の前でぴったりと閉じてしまった扉を見つめアズハルは眉を下げる。

(勢いで入ってしまった……)

もちろん入るつもりではいたのだが、余韻も何もなしに入ってしまったので何となく複雑な心境だった。

(別に余韻に浸りたかったわけじゃない)

こんな所で扉の向こう側に思いをはせているのは潔くない。
そう思ったアズハルは未練を断ち切るように扉を一撫でするとクルリと振り返った。
振り返った先には少女が一人にこにこと笑みを浮かべて見つめていた。
真っ黒な癖の強い髪を後頭部で団子状に一纏めにし、薄いオレンジ色の衣装を身にまとった彼女は美人とは言えない顔つきだが人好きのする笑顔でとても可愛らしく見える。
垂れ目がちのきらきらとした黒い瞳と目が合い、アズハルは緊張がほぐれていくのを感じた。

「私はこれより先アズハル様にお仕えさせて頂くカミルと申します。アズハル様が少しでもアシュラフ殿下にお近づきになれるよう心からお仕えさせて頂きますのでどうぞよろしくお願いいたします。お部屋へご案内致しますのでどうぞこちらへ」

カミルと名乗った少女はどうやらアズハル付きの女中らしく、一息に挨拶をすませるとアズハルを促して歩き始める。

「カミルさん?」
「いけませんわ。私のような者に敬称を付けるなど。私のことはカミルとお呼びください」
「では私のこともアズハルと」
「それもいけませんわ。アズハル様は私のご主人さまです。ご主人様を呼び捨てするなどできません」

ついこの間まで貧しく飢えでどうにかなりそうだった自分が今では様付きで呼ばれるなんてそれがどうにも居たたまれないが、それが彼女たちのけじめで仕事であるなら仕方がない。

「こちらがアズハル様のお部屋になります。何かご入り用のものがありましたらお申しつけください」

ここが自分の部屋だと聞いてアズハルは目を丸くした。
広々とした空間の中に目も眩むようなきらびやかな調度品が置かれ、アズハルの為に用意されているのだろうか一目で高いものだと分かる布地が所狭しと広げられている。
部屋の隅には大きな天蓋付きの寝台が置かれ、奥を見ればもう一部屋続いておりそこは浴場になっているようだった。
驚いて動けないアズハルを尻目にカミルは慣れた様子でアズハルの体に長いヒモを当てて採寸をし始めた。

「アズハル様は色の濃いものより薄いものが似合いますわね。日差し避けの長衣だけ濃い色で作らせましょう」
広げられていた布地を手にとり、次々に選り分けていくカミル。
「これと、これと、これ。それにこれと……あぁ、これもきっと良くお似合いになりますわ」

またたく間に山のように積まれた布地を見てアズハルは戸惑いを隠せないでいた。


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