熱砂の王は白き舞姫に傅く

小鳥遊

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04.決意と突然の別れ

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「おにいちゃん」

視線を上げると向こうの方から一番下の妹が走ってくる様子が見えた。

「ユーリ、どうしたんだい?」

勢いよく自分の腕の中に飛び込んできた満足に栄養を得られていないせいか、年の割りには幼い体を抱きとめ、自分とは違い漆黒で芯を持ったその髪を撫でてやる。
愛らしいその笑顔が可愛くてたまらない。

「お母さんがね、食べ物をもらいにおじさんの所に行ったの。だからユーリ寂しくておにいちゃんを探しにきたんだよ」

母が食べ物をもらいに行ったと聞いてアズハルの胸はズキンと痛みを訴えた。
いくら働いても収入は少なく、その日の食べ物を得ることでさえ現状は難しい。
母はどうしても食べ物が得られなかった時はそうして食料を分けてくれるよう知人に頼みに行くのだ。
だが、この村で裕福な者などいない。
皆がそれぞれ自分達が食べることに必死で他人のことを気遣ってやる余裕さえない。
冷たい仕打ちを受けることも度々あるのだった。
物乞いのような真似を母にさせたくなく、見かねて自分が代わりに行くからと母に申し出たこともあったが母は断じて首を縦に振ることはなかった。

『子供を食べさせることが親の務めなの。貴方達の為ならちっとも辛くなんてないわ』

本当は美しいであろうに痩せて今にも折れてしまいそうな手で撫でてくれる母の顔を見ながら、泣きたくなるのを何度も堪えた。
きゅるるるるるるるる
母を思ってアズハルが眉を寄せているとユーリのお腹が可愛い悲鳴を上げた。

「えへへ、おなかすいたぁ」
「……」

妹達にはできるだけ飢えて欲しくないと自分の食べる分まで分けて与えてやってはいるのだが、育ち盛りの妹達はそれでも腹を満たすことができない。
だが、アズハルが己の分まで分け与えていることを知っている妹達はいつしか空腹を我慢するようになった。
恥ずかしそうに笑う妹をきゅ、と抱き締めてやるとアズハルは口を開いた。

「俺がハーレムに入ったらいくら、もらえるんでしょうか……?」

アズハルは俯いて唇を噛むと搾り出すような声でそう尋ねる。
妹は俯いてしまった兄を不思議そうに見ている。

「そうだね、一年は働かなくても充分食べられるだけの金は出そう。後は君次第だよ。君が寵愛を受けられるように頑張るんだ」

ただし、簡単なことではないよとマハールが言う。
簡単じゃないことはアズハルも分かっている。
だけど自分はこの小さな妹や母を守りたい。

「…………行きます」

妹を抱きしめる手に力が篭った。

「そうか、それは良かった。早速金を準備させよう。召使に届けさせるから君はこのまま私についてきなさい」

マハールは満足げに何度も頷くとそう言った。

「え?今からですか……?」

そんなに急ぐとは思わなかった。
このまま家族に別れさえ告げずに行けというのか。
アズハルは困惑した表情でマハールを見上げる。

「そうだ。ハーレムに行くにはまず君自身を磨かなければいけない。それだけでも時間はかかる、あまり長く時間を空けてはいられないんだよ」

それにしても急すぎるのではないかと思う。

「君だって家族に会ってしまえば決意が揺らぐだろう?」

確かにそうだ。
母や妹や弟達の顔を見てしまえば離れることが辛くなるかもしれない。

「おにいちゃんどこかにいくの?」

ユーリがぱちくりと目を瞬かせてアズハルを見やった。
この未だあどけなさの残る妹にはハーレムの意味など分かりもしないのだろう。
ただ無邪気な瞳で見つめてくる。
アズハルはユーリから体を離すと小さく微笑んで頭を撫でてやりつつゆっくりと頷いた。

「ユーリ、ごめん。お兄ちゃんちょっとお出かけしてくるからお母さんの所に行って家に戻るように言ってくれるかい?」
「うん、わかった。おにいちゃんすぐ帰ってくる?」
「すぐ戻るよ」

アズハルはこの時始めて妹に嘘を吐いた。
妹が自分の嘘に気付くのは何時だろうか。
自分を嘘つきと泣きながら罵るだろうか……。
可愛い妹の泣き顔を見れば決心が揺らぎそうだった。
妹の体をぎゅ、ともう一度抱きしめるとお行きと妹の背中を押しやる。
無邪気に手を振りながら走っていくその姿を複雑な面持ちでアズハルは見送った。

「君のご家族の方には私から手紙を書いておくよ」
「はい、お願いします」

これで暫くは家族が飢えなくて済むのだ。
自分が犠牲に……いや、犠牲などとは思ってはいけない。
王宮へ行くことは決して不名誉なことではないし、家族を守る長男として当然のことをしたまでだとアズハルは唇を引き結んだ。
いつの間にか照りつける灼熱の太陽は哀愁漂わせるオレンジ色の夕日に姿を変えていた。

「さぁ、行こうか」

導かれるように伸ばされたマハールの手をアズハルは取ることができなかった。
家族に対する未練のためか。
だがここで立ち止まっていては何も変わらないのだ。

「はい……」

アズハルは家族への想いを断ち切るかのように軽く頭を振ると、重く感じられるその足を上げて一歩を踏み出したのだった。

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