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1話(改稿、加筆済み)

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 寝不足で痛む頭を抑えながら大臣の仕事部屋の前まで来た私は若干の緊張を覚えながら、キマイラの装飾が施された扉を叩く。
 少し待つと中から入るように言う声が聞こえ、扉を開いて中へと入る。

「失礼します」

 室内に入り頭を下げた私は少しふら付きながら偉そうに座る大臣の正面に向かう。
 相当お怒りだと私を呼びに来た同僚は言っていたが、一体何について怒っているのだろうか。
 仕事で大臣と関わることなんてほとんど無いし、やることはしっかりやっているはずなのだけど。
 と、ふんぞり返った姿勢のまま私を睨み付けた大臣は姿勢を正すと大きな溜息を吐いて。

「なぜ呼ばれたか分かるか?」

「……いいえ」

 何か仕事上のミスだろうか。もしもそうであれば、頭を下げなければならない。

「昨日、ここから屋敷に帰る途中でハインツと会ってな。……お前が毎日仕事もしないで遊び歩いていると聞かされた」

 そのハインツならさっき仕事を私に押し付けて遊びに行ってましたけど。
 私はそう言い返してやろうとするが、手のひらを向けて制止した大臣は不愉快そうに顔をしかめて。

「言い訳を聞くつもりは無い。今すぐ謝罪して仕事に戻るか、追放刑となるかのどちらかだ」

 ハインツがそんなに話し上手なのか、それともこの人がバカなのか。
 何にせよ私の事を一切信じてくれる気配のない大臣に、私は一体どうするべきかと考える。
 何も悪い事をしていないのにここで頭を下げるか。それともそれを拒否して追放刑を受け、多額の罰金と引き換えに自由を手に入れるか。
 どうするべきか悩んでいると大臣は再び露骨な溜息を吐き、紅茶の臭いが混ざった口臭がふわりと鼻元を漂う。

「反省するつもりは無いと言う事だな? なら追放だ。嫌なら地面に頭を擦り付けてみろ」

「えっ」

 今までサボることなんてなく真面目に、死ぬ気で働いて来たのに地面に頭を擦り付けろと?
 貴族出身者を盲目的に信用しているのか知らないが、いくらなんでもそんな事は絶対にしたくない。
 しかし、そうなると私の職は無くなってしまうし、今までにもらって来た給与の半分以上が罰金として取られて……あれ?

 よくよく考えれば宮廷魔術師をやっていたという経歴があればどこでも就職出来る。
 罰金もかなり大きいとは言っても今まで貰った給料には手を付けていないし、持って行かれてもかなりの額が残る。
 その上、一ヶ月に一度休みがあるかどうかというこの最低最悪の労働環境から逃れられる。
 ……デメリット、無くない?

「おい、何か言ったらどうだ?」

 イラついた様子でそんな事をいう大臣にハッと我に返った私は、やけにスッキリした気持ちで質問を投げかける

「追放ということは、もう働かなくて良いって事ですよね」

「働いていないだろうが」

「来月の誕生祭のパレードも、騎士団の予算管理ももうしなくて良いんですね?!」

「ま、待て」

 引き留めるような事を口にした大臣に、私は微塵も思っていないが礼を言って部屋を出た。
 と、少し進んだ所で待ち伏せをしていたらしいハインツと同僚数人が私を取り囲み、楽しそうな笑顔を浮かべて。

「大臣からおしかりを受けた気分はどうだ?」

「追放刑になったよ? もう私は仕事する必要無くなったから、後は頑張ってね」

「は?」

 私の言葉にハインツはヘラヘラした態度を崩し、間抜け顔を晒した。
 その様子に気味の良いものを感じていると横にいたエリナが笑い出し。

「平民のあんたにお似合いの罰じゃない。喜びなさいよ」

「喜んでるよ? 私はもうみんなから仕事押し付けられないで済むし、誕生祭の書類もやらなくて良いし」

 本音をそのまま言った私にエリナは分かりやすく顔色を変え、それと同時に横で聞いていたハインツが慌てた様子で。

「待て、誕生祭の書類って何だ? いつまでだ」

「明後日まで。半分は終わらせてるから大丈夫だと思うけど、もう終わらせちゃった方が良いんじゃない?」

 私の言葉にハインツ達は少し安心した様子で、しかし急いだ様子で私の仕事部屋の方へ駆け出して行ってしまった。
 他にもまだ期限の近いものがあると伝えたかったのだが……まあ、私の机に乗っている書類を見ればそのくらい分かるか。
 仕事をサボってばかりと言っても、凄まじい競争率を生き残って宮廷魔術師の座に至った優秀な人達なのだから。

 それに追放という形ではあるが解雇されてしまった私にわざわざ教える義務なんて無い。
 そもそもよく考えればチーフであるハインツが期限を知らない方がおかしいし、追放刑になる理由を作ったのもハインツだ。
 ……もう考えるのを辞めよう。あの男の顔を思い出すだけで気分が悪くなる。

 寝不足なのか今日一日の疲れのせいなのか分からない頭痛に思わず溜息を吐きながら私室へ入った私は、早速荷造りを始める。
 数年程度放置していただけあって実家から持って来た物は大半が埃を被り、ものによっては蜘蛛の巣まで張っている。
 一応メイドが掃除をしてくれているのだが何部屋も掃除しなければならないせいでこういった細かい所まではやってくれない。
 それであれば私がやれば良いのだが……同僚達から仕事を押し付けられるせいでそんな時間は無かった。
 言うなればこの部屋は寝るためだけの存在だった。

 そんな事を考えている内に荷物をリュックとキャリーケースに詰め終えた私は、もう二度と来る事の無い部屋を改めて見まわす。
 寝る時だけとは言え、五年以上はお世話になった部屋であることを考えると、なんだか感慨深い。
 
「よし、行こう」

 自分に言い聞かせるように呟いた私は部屋を出て、城唯一の出口である城門の方へと進む。
 と、正面から同僚であるフレイグとゲルトが楽しげに話しながらこちらへ来るのが見え、いつもの癖から自然と顔を伏せた。

「お、エミエルじゃん。出張なら土産頼むわ」

「……買えたらね」

 私に買って来てくれた事も、何かをくれた事も無いのによく言えた物だ。
 ……いや、そもそも出張も全て私が行っているのだから、買うも何も無いのか。考えてみれば、私以外の人が出張に行ったなんて話聞いた事無いし。
 と、私がこれから自由の身になるなんて知らない様子のゲルトは私の肩をポンポンと叩き。

「ま、俺らに見合った最高なものを買えよな」

「平民に物の価値なんて分からないだろ」

 フレイグがツッコミを入れるようにそう言うと、二人はケラケラと笑いながら私の歩いて来た方へ去って行った。
 そう言えば、あの二人に見合った土産、私がわざわざ買わなくとももう仕事部屋にあるじゃないか。
 ――書類の山と言う置き土産が。
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