さらばブラック企業、よろしくあやかし企業

星野真弓

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96話 子犬の真白

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「……ということがありまして」

「深川、お前あやかしに好かれる才能あるだろ」

 呆れたように笑い出した鬼塚社長につられて私も笑う。
 隣では件の子犬を抱っこするミワと、相変わらず緊張している様子の蒼馬が立ち、社長は手にしていた書類をデスクにポンと置いて立ち上がる。

「君、名前は?」

「名も無き土地神です。真白という名を頂きました」

 子犬のクセしてキリリとした目付きで返答した彼のせいで蒼馬が横で噴き出す。
 ちなみに命名理由は、雪のように真っ白な毛並みと、礼儀正しくて内面も真っ白なところから、真白と呼ぶことにした。
 ミワと蒼馬は安直だと揶揄って来たが、睨んだら黙ったので文句は無いらしい。
 
「なんていうか……神様はちびっちゃい法則でもあるのか?」

「バカにしておるな?」

 ミワがジト目を向けるが、確かに私が今まで出会って来た神様たちは、昔はともかく今は小さな体をしていることが多い。
 可愛いから良いやくらいにしか考えていなかったけれど、もしかしたら神様が進化して小型化したのかもしれない。
 と、考える素振りを見せた社長は、ミワに大人しく抱っこされている真白に問いかける。

「土地神って自分の土地離れて良いのか?」

「非常にマズイです……。土地の結界が弱くなれば邪な存在が立ち入れるようになります故、最悪の場合は民に危険が降りかかるかもしれません」

「それヤバいじゃん! 早く帰らないと……」

 そこまで言いかけてこれから仕事な事を思い出し、続けてここ最近は仕事らしい仕事をしていないことに気付いて口を閉ざす。
 すると社長は後ろに立っていた天狗木さんに手招きしながら私の目を見て。

「そいつを元の場所に返してやって来るんだ。それと、そいつの地元の事も調べて来てくれ」

「わ、分かりました」

 本当にそれで良いのかと問いたく思うが、余計なことを言う気にはならず、素直に頷くだけで留めた。
 天狗木さんと何やら会話を始めた社長を横目に、退屈そうに欠伸をする真白に問いかける。

「お家はどこなの?」

「長野の人っ子一人いないド田舎です」

「え? でも、さっき民がどうのって言ってたじゃん」

「”人”は住んでません」

「あ、なるほど……」

 その言葉でどういうことか察した。
 と、話し合いを終えた社長はこちらを向いて。

「十日やる。そいつの出身地を特定して、そこの地域を調査して来て欲しい。それと来月から部署を異動してもらう」

「ぶ、部署異動ですか?」

「ああ、嫌かもしれんがお前たちにはあやかしと出会う才能がある。調査員として働いてくれ」

 無理強いはしないけどなと笑った彼は書類をカバンに詰め込み始め、これから出かけるらしいことを察する。
 と、ミワは真白を抱っこしたまま尋ねる。

「我輩はいつも通り地下に行けば良いのか?」

「いや、今日は二人と一緒に居てくれ。部下たちに仕事が入っちまったんだよ」

「むむ……」

「じゃあ、私と一緒にお仕事しようね」

「子ども扱いするでない」

 そうは言いながらも手は繋いでくれるツンデレ幼女にニヤニヤしてしまいながら社長室を出た私たちは、オフィスへと移動する。
 エレベーターで降りていると真白は申し訳なさそうに尻尾を垂らして。

「私のせいでご迷惑をおかけして申し訳ない……」

「良いの良いの、あやかしのこと調べるのが私の仕事だから」

「感謝します」

 今度は尻尾を振り回して礼を言い、それがミワの顔面にぺちぺちと当たる。
 がぶっと甘噛みされてきゃいんと鳴き声を上げた真白のせいでツボに入って笑いが止まらなくなっていると、目的の階層に到着した。
 
「おやおや? ご出産おめでとうございます」

「狐風情がうるさいぞ」

「生意気なところもきゃわわ」

 私が言いたかったことを先に言ってくれたミワだったが、無敵の狐には効かなかったらしく、ほっぺをむにむにされながら頭も撫で回される結果となった。
 それはそれで見ていて癒される光景で微笑ましく思っていると、奥から傘部長がやって来た。

「おはようございマス。その子犬はどうしたんデス?」

 彼の問いに対して真白が答えた。

「おはようございます。私は土地神、名は真白と申します」

「これはこれはご丁寧に。私はここの部長の傘と申しマス」

 名刺交換を始め出しそうなほど丁寧なあいさつを交わした二人のせいでフロアに笑いが響いた。
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