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95話 帰宅
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体を大きく伸ばしながら時計を見る。
あと十分で定時を迎えようとしていて、今日の夕ご飯は何にしようかと考えながら、パソコンの画面に目を戻す。
ほぼ完成している資料の添削だけして帰ることにして、内容を読んで誤字脱字や間違いが無いか確認していると、蒼馬の方は仕事が終わったらしく、達成感と疲労が入り混じった顔をして伸びをした。
と、私の画面を覗き込んで。
「お、もう出来てんじゃん。そろそろ定時だし、ちゃちゃっと帰っちゃおう」
「添削してからじゃダメ?」
キリの良いところまでやりたい思いもあってそう尋ねてみると、向かいのデスクで帰り支度を始めていた七海が答えた。
「定時過ぎて仕事するとお叱りのメール届くよ?」
「そうなの?」
「見せてあげよっか」
そう言ってスマホを取り出した彼女はこちらへやって来て、一件のメールを開いて見せてくれる。
確かにそこには三十分の残業をしたことに対するお叱りと、残業理由を提出するよう書かれていて、断りを入れて七海の返信を見る。
「……寝てたの?」
「まあ、そういうこともあるよねーって感じ?」
「このせいで私が怒られマシタ」
いつの間にやら近くにいた傘部長に、私と七海が揃って驚きの声を上げる。
蒼馬と近くで聞いていた先輩たちが笑い、部長もつられて笑いながら。
「仕事が早く終わったからとお昼寝するのは良いデスが、定時を過ぎるのはダメデスヨ」
「気を付けます」
「反省してます」
七海が申し訳なさそうに目を逸らし、それを見て蒼馬がゲラゲラと笑い、彼女は悔しそうに睨み付ける。
と、傘部長は手を叩いて全員の注目を集めながら。
「さて、そろそろ定時なので、皆さん帰る準備をしてクダサイ。急ぎのものは無いはずなので、残ってる仕事は明日やりマショウ」
その一言に全員が緩い返事をしてエレベーターの方へ向かって歩き始め、私はちょっと焦りながらパソコンを閉じる。
そばでスマホをいじりながら私を待ってくれている蒼馬に申し訳無く思いながら急いでいると、彼は「おっ」と声を出す。
「土日、ここ行こうぜ」
見せつけられた画面には絶景スポットを紹介する記事があり、場所は家から車で十分程度の位置にある事も分かる。
「山登りならミワも連れて行こっか。山の神様だし、何かあっても守ってくれそう」
「だな、どっちかといえばアウトドア派らしいし、連休ある日にはキャンプでも連れて行ってやろうか」
しょっちゅう罵り合って言うところを見かけるが、何だかんだでミワのことを思っていたらしい。
猫又の血がツンデレにさせているのだろうかと考えつつ仕事道具を片付けた私は、みんなの待つエレベータの方へ向かう。
軽く謝りながら乗り込むとすぐに扉が閉まり、止まる事なく一階へ向けて下降して行き、到着したらちょっと急ぎ目に降りる。
この会社のエレベーターは定員に達していると止まらずに降りていくように設定されているため、ノロノロしているとたくさんの人を待たせてしまうのだ。
四基設置されているが、定時が近付くと混み合うため、下の方の階層の人たちは階段で降りているらしい。
上階へ向かっていったエレベーターを横目にエントランスを歩いていると、入り口付近に設置されているソファに腰掛けてジュースを飲むミワの姿と、その隣で資料と睨めっこする亜由美さんの姿があった。
彼女はミワを引き渡すためいつもあそこで待機している人で、あやかしの研究家だと聞いている。
そんな彼女はこちらに気付いた様子で立ち上がり、ミワと手を繋いでやって来る。
「深川桂里奈さんですね?」
「はい、そうです。ミワを預かって頂きありがとうございます」
頭を下げると彼女は慌てたように手を振りながら。
「いえいえ、こんなに可愛い女の子の面倒ならお金払ってでも見たいですよ。それに、素敵な絵も一枚頂きましたから」
そう言って彼女が差し出したメモ帳には、花瓶に飾られた花と、それを手入れする彼女の姿が描かれていて、明らかに子どもが描けるものではない。
想像の何十倍も上達しているミワに驚愕していると、なぜか蒼馬が自慢げに鼻を鳴らして。
「うちの子、天才ですから」
「貴様を父親と思ったことはない」
「酷くね?」
バッサリと切られて彼はちょっと慌てる。
と、ミワの手を離した亜由美さんはその小さな背中を優しく押して。
「そんな事言って、楽しそうにお父さんのこと話してたじゃない」
「んな?!」
「ははーん? このツンデレめ、やっぱりパパが大好きか?」
「き、気色の悪い事を言うな!」
顔を赤く染めて言い返すが、私と蒼馬のニヤニヤは止まらず、ぐぬぬと押され気味な様子でミワは目を逸らした。
可愛らしい彼女を抱っこしてあげると気まずそうに目を逸らし、亜由美さんはニコニコと笑いながら。
「では、私はこれで失礼します。また明日、お会いしましょう」
「ありがとうございました」
もう一度頭を下げると彼女は「こちらこそ」と答えて去って行き、私はミワを抱き締めたまま会社を出る。
先輩たちと別れて通りに出ればちょうど良いところにタクシーがやって来て、蒼馬が手を挙げてそれを止めた。
普段なら電車で帰るところだが、ミワがいる時は電車に乗らないようにしている。普通の幼女と勘違いした人が変顔して笑わせようとしたり、赤ちゃん言葉で話しかけたりしてしまうことがあるためである。
「どちらまで?」
「ここお願いします」
蒼馬がスマホで地図を見せて場所を教えると、運転手はナビに住所を打ち込み、家の方へ向けて走り出す。
と、ミワはいつの間にやらタブレットでお絵描きを始めていて、後ろから覗き込めば見覚えのある犬を描いていた。
「この前戯れてたワンちゃん?」
「うむ、毛並みが良くて気に入った」
蒼馬と八岐大蛇について調べに行った日、波留から送られて来た写真に写っていたもふもふな白い犬。
実家の近所で最近飼われるようになったワンコで、実家でのんびりしていた時は何度か家を訪ねてやって来た。
仲良さそうに何か話していたようだったし、犬を飼ってみるのも良いかもしれない。
「この辺ですか?」
「あ、はい、あそこのマンションです」
問いかけて来た運転手に蒼馬が答え、窓の外に目を向ければ見慣れた景色が広がっていた。
蒼馬が代金を支払ったのを横目に停車したタクシーから降り、郵便受けを見るべく先に中へ入る。
どうでも良いチラシを取り出していると、財布をポケットに押し込みながらやって来た蒼馬が、横で退屈そうに欠伸をしていたミワを抱っこする。
「今日の晩飯どうする?」
「……家に何あったっけ」
「パンくらいしか無いぞ」
「もう食べに行く?」
「吾輩は魚が良いな」
ミワが目を輝かせて言うと、蒼馬は考える素振りを見せる。
「そういや、ちょっと歩いたところに寿司屋出来たんだよな。行ってみるか?」
「うむ、行こう。今すぐ行こう」
「そんなにお腹空いてたんだ……」
目をキラキラ輝かせるミワのお腹がぎゅるるとお間抜けな音を鳴らし、笑ってしまいながら、チラシなどをカバンに詰めてエントランスを出る。
すると、蒼馬の腕の中からするりと抜け出したミワは、小さな体をめいいっぱい空へ向けて伸ばし、私たちの前へ躍り出る。
「我輩の弟はいつ出来る?」
「こ、こら!」
唐突なその揶揄い言葉に驚いて変な声が出る。
蒼馬にチラと目を向ければ何とも言えない顔で笑っていて、何か思うところがあったらしい。
何とも言えない気まずい雰囲気が流れる中、イタズラっぽく笑ったミワは、何かに気付いた様子でトテテと駆け出した。
その後を付いて行ってみると段ボールがぽつんと置いてあった。
「それがどうしたの?」
「……臭う」
そう言って近付いて行った彼女は上部に張られているガムテープを剥がし、蓋をパカリと開いた。
「きゅーん……」
聞いていて悲しくなるような鳴き声が中から聞こえ、驚きながら一緒に覗き込めば、蹲っているふわふわな生き物の姿があった。
もこもこな毛並みに触れてみればぴくりと体を震わせ、つぶらな瞳をこちらに向けて来る。
「可愛そうな奴め」
そう言いながらミワが持ち上げた子犬のような生き物は街灯に照らされ、雪のように白い毛並みが露となった。
サモエドを彷彿とさせるふかふかでちみっちゃいその姿に思わず微笑んでしまっていると、ミワが目をうるうるさせながらこちらを振り返る。
「飼わないか?」
「けっ、そんな泣き落としが通用すると思ってんのか?」
蒼馬が目を逸らしながらそんなことを言う。
がっつり通用していそうなその様子に笑ってしまいながら、ミワから子犬を受け取ってみると、つぶらな瞳が助けて欲しそうに見つめて来る。
「しょうがないなー。飼ってあげる」
「ふつつかものですがよろしくお願いします」
「喋った……」
可愛らしい姿からは想像もつかない渋い声が飛び出し、私のみならずミワと蒼馬も硬直した。
あと十分で定時を迎えようとしていて、今日の夕ご飯は何にしようかと考えながら、パソコンの画面に目を戻す。
ほぼ完成している資料の添削だけして帰ることにして、内容を読んで誤字脱字や間違いが無いか確認していると、蒼馬の方は仕事が終わったらしく、達成感と疲労が入り混じった顔をして伸びをした。
と、私の画面を覗き込んで。
「お、もう出来てんじゃん。そろそろ定時だし、ちゃちゃっと帰っちゃおう」
「添削してからじゃダメ?」
キリの良いところまでやりたい思いもあってそう尋ねてみると、向かいのデスクで帰り支度を始めていた七海が答えた。
「定時過ぎて仕事するとお叱りのメール届くよ?」
「そうなの?」
「見せてあげよっか」
そう言ってスマホを取り出した彼女はこちらへやって来て、一件のメールを開いて見せてくれる。
確かにそこには三十分の残業をしたことに対するお叱りと、残業理由を提出するよう書かれていて、断りを入れて七海の返信を見る。
「……寝てたの?」
「まあ、そういうこともあるよねーって感じ?」
「このせいで私が怒られマシタ」
いつの間にやら近くにいた傘部長に、私と七海が揃って驚きの声を上げる。
蒼馬と近くで聞いていた先輩たちが笑い、部長もつられて笑いながら。
「仕事が早く終わったからとお昼寝するのは良いデスが、定時を過ぎるのはダメデスヨ」
「気を付けます」
「反省してます」
七海が申し訳なさそうに目を逸らし、それを見て蒼馬がゲラゲラと笑い、彼女は悔しそうに睨み付ける。
と、傘部長は手を叩いて全員の注目を集めながら。
「さて、そろそろ定時なので、皆さん帰る準備をしてクダサイ。急ぎのものは無いはずなので、残ってる仕事は明日やりマショウ」
その一言に全員が緩い返事をしてエレベーターの方へ向かって歩き始め、私はちょっと焦りながらパソコンを閉じる。
そばでスマホをいじりながら私を待ってくれている蒼馬に申し訳無く思いながら急いでいると、彼は「おっ」と声を出す。
「土日、ここ行こうぜ」
見せつけられた画面には絶景スポットを紹介する記事があり、場所は家から車で十分程度の位置にある事も分かる。
「山登りならミワも連れて行こっか。山の神様だし、何かあっても守ってくれそう」
「だな、どっちかといえばアウトドア派らしいし、連休ある日にはキャンプでも連れて行ってやろうか」
しょっちゅう罵り合って言うところを見かけるが、何だかんだでミワのことを思っていたらしい。
猫又の血がツンデレにさせているのだろうかと考えつつ仕事道具を片付けた私は、みんなの待つエレベータの方へ向かう。
軽く謝りながら乗り込むとすぐに扉が閉まり、止まる事なく一階へ向けて下降して行き、到着したらちょっと急ぎ目に降りる。
この会社のエレベーターは定員に達していると止まらずに降りていくように設定されているため、ノロノロしているとたくさんの人を待たせてしまうのだ。
四基設置されているが、定時が近付くと混み合うため、下の方の階層の人たちは階段で降りているらしい。
上階へ向かっていったエレベーターを横目にエントランスを歩いていると、入り口付近に設置されているソファに腰掛けてジュースを飲むミワの姿と、その隣で資料と睨めっこする亜由美さんの姿があった。
彼女はミワを引き渡すためいつもあそこで待機している人で、あやかしの研究家だと聞いている。
そんな彼女はこちらに気付いた様子で立ち上がり、ミワと手を繋いでやって来る。
「深川桂里奈さんですね?」
「はい、そうです。ミワを預かって頂きありがとうございます」
頭を下げると彼女は慌てたように手を振りながら。
「いえいえ、こんなに可愛い女の子の面倒ならお金払ってでも見たいですよ。それに、素敵な絵も一枚頂きましたから」
そう言って彼女が差し出したメモ帳には、花瓶に飾られた花と、それを手入れする彼女の姿が描かれていて、明らかに子どもが描けるものではない。
想像の何十倍も上達しているミワに驚愕していると、なぜか蒼馬が自慢げに鼻を鳴らして。
「うちの子、天才ですから」
「貴様を父親と思ったことはない」
「酷くね?」
バッサリと切られて彼はちょっと慌てる。
と、ミワの手を離した亜由美さんはその小さな背中を優しく押して。
「そんな事言って、楽しそうにお父さんのこと話してたじゃない」
「んな?!」
「ははーん? このツンデレめ、やっぱりパパが大好きか?」
「き、気色の悪い事を言うな!」
顔を赤く染めて言い返すが、私と蒼馬のニヤニヤは止まらず、ぐぬぬと押され気味な様子でミワは目を逸らした。
可愛らしい彼女を抱っこしてあげると気まずそうに目を逸らし、亜由美さんはニコニコと笑いながら。
「では、私はこれで失礼します。また明日、お会いしましょう」
「ありがとうございました」
もう一度頭を下げると彼女は「こちらこそ」と答えて去って行き、私はミワを抱き締めたまま会社を出る。
先輩たちと別れて通りに出ればちょうど良いところにタクシーがやって来て、蒼馬が手を挙げてそれを止めた。
普段なら電車で帰るところだが、ミワがいる時は電車に乗らないようにしている。普通の幼女と勘違いした人が変顔して笑わせようとしたり、赤ちゃん言葉で話しかけたりしてしまうことがあるためである。
「どちらまで?」
「ここお願いします」
蒼馬がスマホで地図を見せて場所を教えると、運転手はナビに住所を打ち込み、家の方へ向けて走り出す。
と、ミワはいつの間にやらタブレットでお絵描きを始めていて、後ろから覗き込めば見覚えのある犬を描いていた。
「この前戯れてたワンちゃん?」
「うむ、毛並みが良くて気に入った」
蒼馬と八岐大蛇について調べに行った日、波留から送られて来た写真に写っていたもふもふな白い犬。
実家の近所で最近飼われるようになったワンコで、実家でのんびりしていた時は何度か家を訪ねてやって来た。
仲良さそうに何か話していたようだったし、犬を飼ってみるのも良いかもしれない。
「この辺ですか?」
「あ、はい、あそこのマンションです」
問いかけて来た運転手に蒼馬が答え、窓の外に目を向ければ見慣れた景色が広がっていた。
蒼馬が代金を支払ったのを横目に停車したタクシーから降り、郵便受けを見るべく先に中へ入る。
どうでも良いチラシを取り出していると、財布をポケットに押し込みながらやって来た蒼馬が、横で退屈そうに欠伸をしていたミワを抱っこする。
「今日の晩飯どうする?」
「……家に何あったっけ」
「パンくらいしか無いぞ」
「もう食べに行く?」
「吾輩は魚が良いな」
ミワが目を輝かせて言うと、蒼馬は考える素振りを見せる。
「そういや、ちょっと歩いたところに寿司屋出来たんだよな。行ってみるか?」
「うむ、行こう。今すぐ行こう」
「そんなにお腹空いてたんだ……」
目をキラキラ輝かせるミワのお腹がぎゅるるとお間抜けな音を鳴らし、笑ってしまいながら、チラシなどをカバンに詰めてエントランスを出る。
すると、蒼馬の腕の中からするりと抜け出したミワは、小さな体をめいいっぱい空へ向けて伸ばし、私たちの前へ躍り出る。
「我輩の弟はいつ出来る?」
「こ、こら!」
唐突なその揶揄い言葉に驚いて変な声が出る。
蒼馬にチラと目を向ければ何とも言えない顔で笑っていて、何か思うところがあったらしい。
何とも言えない気まずい雰囲気が流れる中、イタズラっぽく笑ったミワは、何かに気付いた様子でトテテと駆け出した。
その後を付いて行ってみると段ボールがぽつんと置いてあった。
「それがどうしたの?」
「……臭う」
そう言って近付いて行った彼女は上部に張られているガムテープを剥がし、蓋をパカリと開いた。
「きゅーん……」
聞いていて悲しくなるような鳴き声が中から聞こえ、驚きながら一緒に覗き込めば、蹲っているふわふわな生き物の姿があった。
もこもこな毛並みに触れてみればぴくりと体を震わせ、つぶらな瞳をこちらに向けて来る。
「可愛そうな奴め」
そう言いながらミワが持ち上げた子犬のような生き物は街灯に照らされ、雪のように白い毛並みが露となった。
サモエドを彷彿とさせるふかふかでちみっちゃいその姿に思わず微笑んでしまっていると、ミワが目をうるうるさせながらこちらを振り返る。
「飼わないか?」
「けっ、そんな泣き落としが通用すると思ってんのか?」
蒼馬が目を逸らしながらそんなことを言う。
がっつり通用していそうなその様子に笑ってしまいながら、ミワから子犬を受け取ってみると、つぶらな瞳が助けて欲しそうに見つめて来る。
「しょうがないなー。飼ってあげる」
「ふつつかものですがよろしくお願いします」
「喋った……」
可愛らしい姿からは想像もつかない渋い声が飛び出し、私のみならずミワと蒼馬も硬直した。
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