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94話 報告
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家の前にやって来た一台の高級外車。
それは鬼塚社長が創立記念日に購入し、社長専用車として使っている代物であるが、何度か乗せてもらっていることもあって私はすっかり慣れてしまった。
しかし、横では蒼馬がガチガチに緊張していて、ミワに呆れられている。
「お待たせいたしました。さあ、乗ってください」
「いつもありがとうございます。今日もよろしくお願いします」
社長の秘書であり、ボディーガードである天狗木さんがまるで高級タクシーの運転手のように振る舞い、恐縮なあまりこちらも丁寧な対応を自然と心がけてしまう。
客では無いのだからもうちょっと雑でも良いのにと思ってしまいながら乗り込むと、助手席に座った蒼馬が一人ですげえすげえと呟き、天狗木さんがおかしそうに笑う。
ミワをチャイルドシートに座らせていると、彼女は不満気につぶやく。
「なぜ吾輩の椅子だけ子供っぽいのだ?」
「体が小さいとシートベルトの意味が無くなっちゃうの。それに、特別仕様みたいで良くない?」
「よくない」
露骨な溜息を吐きながらも大人しくベルトを締めさせてくれた彼女は、どこからともなくペンとタブレットを取り出してお絵描きを始める。
チラと覗き込めば一昨日話していた小説の挿絵を描いているようで、迫力ある戦闘シーンのようなものが描かれていた。
しかし、既視感のようなものを感じ取り、何だろうと記憶を掘り返しーー
「ねえミワ、その人のポーズって私をモデルにしてる?」
「うむ、あのマヌケを殴り飛ばした貴様をモデルにしておる」
「そんなムキムキな人と私を重ねるのやめて欲しいんだけど」
「こやつも貴様も大して変わらにゅ」
私にほっぺを引っ張られ、ミワはうにゅーんと変な声を出す。
「私ってそんなに男っぽいかなあ?」
「……これのモデルはあの鬼だ」
「よろしい」
こちょこちょの構えを見て目を逸らしながらそう答えたミワは不満そうにしながらもペンを動かし、大男の頭に『桂里奈』と私の名前を書いた。
再びほっぺたをむにーっと引っ張っていると車は動き出し、緊張した様子の蒼馬が「おおっ」と歓声を上げる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「は、はい……この車って限定ですよね?」
「よくご存知ですね。株を持っていたとかで優先的に購入させてもらえたそうですよ」
「……やばいっすね」
ますます緊張する蒼馬を鼻で笑ったミワは私の名前を消して作業の続きを始める。
それを見て私も社長に発表するための資料を見返してミスが無いか確認していると、天狗木さんが興味のある様子で尋ねて来る。
「お嬢さんのこと、調べに行っていたのですよね? どんな神様でした?」
「すごく人気のある神社のかわいい神様でした」
「舐めおって……」
横からジト目が刺さる。
すると、ミラー越しにこちらを見ていたらしい天狗木さんは楽しげに笑って。
「先祖が可愛いらしい神様だったという話はよくあります。稀に恐ろしい思想や能力を持っていらっしゃいますが、基本的には優しくて接しやすい方が多いのですよ」
「……ミワの本体って何か怖い力あるの?」
見た目は清廉潔白を体現したかのように美しかったが、何か恐ろしいものを持っていそうな雰囲気はあった。
少しドキドキしていると、ミワは思い出そうとする素振りを見せて。
「無いこともないが……殴った方が早い」
「脳筋なのはどうかと思うの」
私の体よりも大きくて太いあの腕で殴られたら車だろうと簡単に潰してしまいそうではあるが、ロマンもへったくれもないのはいかがなものだろうか。
と、天狗木さんは楽しそうに笑って。
「強い神様は物理的な攻撃を得意にしますからね。特殊な攻撃をされたところで、殴って殺してしまえば終わりですから」
「脳筋すぎる……」
蒼馬がちょっと呆れた様子を見せ、ミワが鼻で笑いながらペンを動かす。
殴り合う大男二人が段々と出来上がっていく様は見ていて面白く、眺めている間に会社が見えて来た。
「ミワ、そろそろだから降りる用意してね」
「用意なぞ一秒もかからん」
そう言うなり音も無くペンタブは消え去り、初めて見たその能力に目を丸くする。
「その能力、いつから使えるようになったの?」
「本体に戻った時だな。使い方を思い出せた」
「っていうことは、他の記憶とかも戻ったの?」
「いらん記憶は置いて来た」
どうやら小生意気な幼女なのはまだまだ変わることはないらしい。
ちょっと安心している間に車は会社の前で停車し、ミワのチャイルドシートを外す。
「では、報告頑張ってください。社長が心待ちにしていらっしゃいましたから」
「はい! 頑張ります!」
なるべく元気よく答えると、彼は鏡越しに柔らかい笑みを見せ、反対に蒼馬は緊張を露わにする。
前半の報告は蒼馬がやることになっているのだけど、私が先にやった方が良いだろうか。
……ダメそうだったら私が最初にやれば良いか。
不安を覚えながら会社へと入り、エレベーターで最上階の社長室へ向かう。
普通の出勤時間よりも早く到着した事もあって途中で止まることなく到着し、廊下に出ればガラス張りの壁から素晴らしい眺めを見られる。
蒼馬は高いところが苦手なだけあって廊下の内側を通り、反対にミワは興味津々な様子で外を眺める。
「ミワは高いところ好き?」
「うむ、見ていて飽きない。そこの猫とは違って落ちたところで死なないしな」
「うっせ」
仲が良いのか悪いのか分からないのは困りものだ。
と、社長室の扉が見え始め、蒼馬はますます緊張した様子で蒼褪め、対照的にミワはどこか楽しそうにする。
入った途端に気絶しそうな彼の様子に不安を覚えつつ、扉をノックすると低い声で返事が聞こえた。
「失礼します」
部屋へ入るとアロマの香りが鼻腔を通り抜け、強張っていた体から自然と力が抜ける。
席に腰掛けている鬼塚社長は相変わらずの強面であるが、その目には隠せない好奇心を宿している。
「待ってたぞ。そのプロジェクター使え」
「はい」
持って来たノートパソコンを社長の指差したプロジェクターに繋げようとして、それが八岐大蛇の神社にあったそれと同じなことに気付き、あそこにあったものが割と最新型だったことに少し驚いてしまう。
作成した資料を映し出していると、社長はコーヒーを啜りながら。
「それ、百万するから落とさないように気を付けてな」
「えっ」
ということは、あの神社にあるのもその程度はしているはずだ。
一体どこからそんな金が出たのだと内心で驚きながら社長に返事をしていると、ミワがソファにぴょんと腰掛け、絵描き作業を再開した。
すると、社長は興味津々な様子で彼女の隣へ座り、端末を覗き込む。
「上手くなったな。俺のポーズが役立ったか?」
「うむ、大柄な男を描く時にはとても役立っておる」
「み、ミワ? もしかして凄いこと頼んでる?」
「暇そうだったからポーズを取らせただけだ」
眩暈がしそうになるが社長はガハハと大袈裟に笑って見せる。
「気にするな。本当に暇だったからな」
「ご迷惑をおかけして申し訳ないです……」
確かに社長は中々見られないほど筋骨隆々で、身長も百九十センチ以上ある。
バトル系の絵を描くのであれば、良いモデルになるのは間違いないが、変なことを頼むのは辞めて欲しいものだ。
余計にドキドキさせられながら準備を終えると、顔面が真っ青に染まった蒼馬と目が合う。
「大丈夫?」
「あのバカのせいで死にそう……」
「私が先にやるから、蒼馬はちょっと深呼吸してて」
「ごめんな」
申し訳なさそうにそう言った彼を見ていると不思議なことに笑ってしまう。
緊張が少し解れたところで社長の方を向けば、既に聞く姿勢を取っていて、その横でミワは無言で作業に没頭している。
「それでは、ミワ改め美和之大物主神についてご報告致します」
「おう、頼んだ」
前傾姿勢になった強面から若干目を逸らしながら、三輪山で分かった事の報告を始めた。
それは鬼塚社長が創立記念日に購入し、社長専用車として使っている代物であるが、何度か乗せてもらっていることもあって私はすっかり慣れてしまった。
しかし、横では蒼馬がガチガチに緊張していて、ミワに呆れられている。
「お待たせいたしました。さあ、乗ってください」
「いつもありがとうございます。今日もよろしくお願いします」
社長の秘書であり、ボディーガードである天狗木さんがまるで高級タクシーの運転手のように振る舞い、恐縮なあまりこちらも丁寧な対応を自然と心がけてしまう。
客では無いのだからもうちょっと雑でも良いのにと思ってしまいながら乗り込むと、助手席に座った蒼馬が一人ですげえすげえと呟き、天狗木さんがおかしそうに笑う。
ミワをチャイルドシートに座らせていると、彼女は不満気につぶやく。
「なぜ吾輩の椅子だけ子供っぽいのだ?」
「体が小さいとシートベルトの意味が無くなっちゃうの。それに、特別仕様みたいで良くない?」
「よくない」
露骨な溜息を吐きながらも大人しくベルトを締めさせてくれた彼女は、どこからともなくペンとタブレットを取り出してお絵描きを始める。
チラと覗き込めば一昨日話していた小説の挿絵を描いているようで、迫力ある戦闘シーンのようなものが描かれていた。
しかし、既視感のようなものを感じ取り、何だろうと記憶を掘り返しーー
「ねえミワ、その人のポーズって私をモデルにしてる?」
「うむ、あのマヌケを殴り飛ばした貴様をモデルにしておる」
「そんなムキムキな人と私を重ねるのやめて欲しいんだけど」
「こやつも貴様も大して変わらにゅ」
私にほっぺを引っ張られ、ミワはうにゅーんと変な声を出す。
「私ってそんなに男っぽいかなあ?」
「……これのモデルはあの鬼だ」
「よろしい」
こちょこちょの構えを見て目を逸らしながらそう答えたミワは不満そうにしながらもペンを動かし、大男の頭に『桂里奈』と私の名前を書いた。
再びほっぺたをむにーっと引っ張っていると車は動き出し、緊張した様子の蒼馬が「おおっ」と歓声を上げる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「は、はい……この車って限定ですよね?」
「よくご存知ですね。株を持っていたとかで優先的に購入させてもらえたそうですよ」
「……やばいっすね」
ますます緊張する蒼馬を鼻で笑ったミワは私の名前を消して作業の続きを始める。
それを見て私も社長に発表するための資料を見返してミスが無いか確認していると、天狗木さんが興味のある様子で尋ねて来る。
「お嬢さんのこと、調べに行っていたのですよね? どんな神様でした?」
「すごく人気のある神社のかわいい神様でした」
「舐めおって……」
横からジト目が刺さる。
すると、ミラー越しにこちらを見ていたらしい天狗木さんは楽しげに笑って。
「先祖が可愛いらしい神様だったという話はよくあります。稀に恐ろしい思想や能力を持っていらっしゃいますが、基本的には優しくて接しやすい方が多いのですよ」
「……ミワの本体って何か怖い力あるの?」
見た目は清廉潔白を体現したかのように美しかったが、何か恐ろしいものを持っていそうな雰囲気はあった。
少しドキドキしていると、ミワは思い出そうとする素振りを見せて。
「無いこともないが……殴った方が早い」
「脳筋なのはどうかと思うの」
私の体よりも大きくて太いあの腕で殴られたら車だろうと簡単に潰してしまいそうではあるが、ロマンもへったくれもないのはいかがなものだろうか。
と、天狗木さんは楽しそうに笑って。
「強い神様は物理的な攻撃を得意にしますからね。特殊な攻撃をされたところで、殴って殺してしまえば終わりですから」
「脳筋すぎる……」
蒼馬がちょっと呆れた様子を見せ、ミワが鼻で笑いながらペンを動かす。
殴り合う大男二人が段々と出来上がっていく様は見ていて面白く、眺めている間に会社が見えて来た。
「ミワ、そろそろだから降りる用意してね」
「用意なぞ一秒もかからん」
そう言うなり音も無くペンタブは消え去り、初めて見たその能力に目を丸くする。
「その能力、いつから使えるようになったの?」
「本体に戻った時だな。使い方を思い出せた」
「っていうことは、他の記憶とかも戻ったの?」
「いらん記憶は置いて来た」
どうやら小生意気な幼女なのはまだまだ変わることはないらしい。
ちょっと安心している間に車は会社の前で停車し、ミワのチャイルドシートを外す。
「では、報告頑張ってください。社長が心待ちにしていらっしゃいましたから」
「はい! 頑張ります!」
なるべく元気よく答えると、彼は鏡越しに柔らかい笑みを見せ、反対に蒼馬は緊張を露わにする。
前半の報告は蒼馬がやることになっているのだけど、私が先にやった方が良いだろうか。
……ダメそうだったら私が最初にやれば良いか。
不安を覚えながら会社へと入り、エレベーターで最上階の社長室へ向かう。
普通の出勤時間よりも早く到着した事もあって途中で止まることなく到着し、廊下に出ればガラス張りの壁から素晴らしい眺めを見られる。
蒼馬は高いところが苦手なだけあって廊下の内側を通り、反対にミワは興味津々な様子で外を眺める。
「ミワは高いところ好き?」
「うむ、見ていて飽きない。そこの猫とは違って落ちたところで死なないしな」
「うっせ」
仲が良いのか悪いのか分からないのは困りものだ。
と、社長室の扉が見え始め、蒼馬はますます緊張した様子で蒼褪め、対照的にミワはどこか楽しそうにする。
入った途端に気絶しそうな彼の様子に不安を覚えつつ、扉をノックすると低い声で返事が聞こえた。
「失礼します」
部屋へ入るとアロマの香りが鼻腔を通り抜け、強張っていた体から自然と力が抜ける。
席に腰掛けている鬼塚社長は相変わらずの強面であるが、その目には隠せない好奇心を宿している。
「待ってたぞ。そのプロジェクター使え」
「はい」
持って来たノートパソコンを社長の指差したプロジェクターに繋げようとして、それが八岐大蛇の神社にあったそれと同じなことに気付き、あそこにあったものが割と最新型だったことに少し驚いてしまう。
作成した資料を映し出していると、社長はコーヒーを啜りながら。
「それ、百万するから落とさないように気を付けてな」
「えっ」
ということは、あの神社にあるのもその程度はしているはずだ。
一体どこからそんな金が出たのだと内心で驚きながら社長に返事をしていると、ミワがソファにぴょんと腰掛け、絵描き作業を再開した。
すると、社長は興味津々な様子で彼女の隣へ座り、端末を覗き込む。
「上手くなったな。俺のポーズが役立ったか?」
「うむ、大柄な男を描く時にはとても役立っておる」
「み、ミワ? もしかして凄いこと頼んでる?」
「暇そうだったからポーズを取らせただけだ」
眩暈がしそうになるが社長はガハハと大袈裟に笑って見せる。
「気にするな。本当に暇だったからな」
「ご迷惑をおかけして申し訳ないです……」
確かに社長は中々見られないほど筋骨隆々で、身長も百九十センチ以上ある。
バトル系の絵を描くのであれば、良いモデルになるのは間違いないが、変なことを頼むのは辞めて欲しいものだ。
余計にドキドキさせられながら準備を終えると、顔面が真っ青に染まった蒼馬と目が合う。
「大丈夫?」
「あのバカのせいで死にそう……」
「私が先にやるから、蒼馬はちょっと深呼吸してて」
「ごめんな」
申し訳なさそうにそう言った彼を見ていると不思議なことに笑ってしまう。
緊張が少し解れたところで社長の方を向けば、既に聞く姿勢を取っていて、その横でミワは無言で作業に没頭している。
「それでは、ミワ改め美和之大物主神についてご報告致します」
「おう、頼んだ」
前傾姿勢になった強面から若干目を逸らしながら、三輪山で分かった事の報告を始めた。
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