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93話 帰宅

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 家に入るとひんやりした空気が私たちを出迎えた。
 空港を出てからミワをずっと抱っこしていたのもあって体が熱く、それを心地良く感じながらリビングへ入る。
 明かりをつけお土産として買って来たお菓子や雑貨などの詰め込まれたリュックを降ろし、ソファにミワをそっと置く。
 帰りに買ってあげたぬいぐるみを抱き枕にして眠る彼女の姿は年相応で、中身は何千年も生きている神様だとは到底思えない。
 しっかりと写真に収めていると、心底疲れた様子の蒼馬が荷物を床に降ろして、大きなため息を吐いた。

「明日祝日で助かったぁ……」

「疲れちゃった?」

「あたぼうよ。筋肉痛確定だぞ、これ」

 そう言いながら腰を摩った彼は洗面台の方へ歩いて行き、ミワに毛布を掛けてあげてから私もそちらへ向かう。
 廊下を歩いて行く彼の背を見て、ふと大蛇村へ行った時のことを思い出す。
 彼に対して色々な不安を持っていたけれど全て杞憂に終わって安堵したなと、懐かしく感じていると、手を洗いながら鏡越しにこちらを見た蒼馬が。

「何でニヤけてんの? 俺を食っても美味しくないからな」

「食べるところ無いじゃん」

「その否定の仕方は人食い常習犯だろ」

 疲れていても蒼馬と話していると自然に笑ってしまう。

「んで? ミワになんか言われたか?」

「蒼馬が良い人で良かったって安堵してたところ。ミワはまだ寝てるよ」

「俺、あの会社で聖人って評判だからな」

「聞いたこと無いですけど」

 評判が良いのは確かなのだけど、今言うのは癪だし、また今度教えてあげるとしよう。
 そんなことを考えている間に手を洗い終え、風呂の準備を始める。
 浴槽を洗って自動湯沸かし器の操作パネルのボタンを押す。

 リビングに戻るとすやすや眠るミワのほっぺを指で突っついてニヤニヤする蒼馬の姿があった。
 なんだかんだで可愛がっているその姿は父親そのもので、結婚後の生活が何となく想像出来てしまう。

「……な、何すか」

「ミワのこと、可愛がってるんだなぁって」

「み、見せもんちゃうぞ!」

 照れたようにそう言うが、ほっぺを触る手はそのままで、ツンデレっぷりに笑わせられる。
 猫耳の生えた蒼馬を何となく想像してしまいながら、リュックから取り出したミワの鱗を、八岐大蛇の像を飾っている神棚に並べる。
 キラキラと光を反射する鱗は何度見ても美しく、宝石の一種だと言われたら信じてしまいそうだ。

「違う神様を並べるの良くないって言わないか?」

「うーん……お爺ちゃんたちならあまり気にしなさそうだけど、辞めといた方が良いかな?」

「並べるんなら挨拶しといた方が良いかもなあ。あそこまで行くの面倒くさいけどな」

 そう言って笑った蒼馬はミワのほっぺをむにむにする遊びを続ける。
 一緒にお風呂入った時は洗顔と称してたくさん触る事に決めつつ、埃を落とそうと像を手に取る。

『横にいるのは何だ?』

「え?」

 突然、頭に直接響くような声が聞こえ、廃屋で見つけた時のことを思い出す。
 横にいるのは大物主神の鱗であることを強く念じてみると、しばらくの無言の後、再び寅吉の声が聞こえた。

『そこで寝てるちびっ子か?』

「み、見えてる……」

『俺の肉が埋め込まれてっからな。にしても、散らかってる部屋だな、おい』

「布掛けたら怒る?」

『罰当たりだぞ』

 神様に直接言われる時が来るとは……。

『まあ、良いぜ。悪いやつじゃ無さそうだしよ』

「ミワは悪い子じゃありません。私の子供なんだから」

『神を子供扱いとはなぁ……。怖いもの知らずかよ』

 向こうで笑ったのが分かった。
 それと同時、繋がりが切れたような、不思議な感触を覚え、電話が切れたような状態なのだと察する。
 神棚へそれを戻した私はミワの鱗が見えるように蓋を使って箱が斜めになるよう調整し、蒼馬を鬱陶しそうにする彼女の元へ向かう。

「おはよう。目覚めた?」

「それよりこの鬱陶しい猫をどうにかしろ」

「お母さんとお父さんに向かってその言い方はいけません」

「鬱陶しいのが増えた……」

 眠そうながらも絶望した顔をするミワを見て吹き出してしまう。
 と、丁度良いタイミングでお風呂が沸き、それを聞き付けたミワは気怠げながらも起き上がる。

「お母さんと一緒にお風呂入ろうね!」

「母を名乗るのは止めないが、その話し方は辞めてもらおうか」

 ふしゃーと威嚇するミワを抱っこして風呂へ向かう。
 
「不服そうな割には大人しくするんだね」

「幸運なだけだ。いつもなら噛み殺してる」

「そんなことしたら蒼馬が保健所に連れてっちゃうよ?」

「やめろ」

 ちょっと怖かったらしく、ぶるると彼女の体が震える。
 この様子だと蒼馬が何か吹き込んでいそうだ。神であろうと動物の見た目をしていれば連れて行き、殺処分する場所……と言ったところだろうか。
 この前も会社とは人間を家畜化する場所だのと変なことを吹き込んでいたし、またやっていても何ら不思議ではない。
 
 後で色々と訂正してあげようと考えつつ服を脱いでお風呂へ入ると、ミワもちょっと遅れてやって来た。
 湯船に浸かるとドッと疲れが現れ、膝に乗っかるちみっ子を抱き締めながらため息を吐く。

「ミワってすごい神様なんだねー」

「当たり前だ」

「癒しの神様だと思ってたからちょっと意外だったなー」

「……馬鹿にしてるのか分からん事を言うな」

 ちょこっと嬉しかったようで、照れたように口元までを湯に沈める。
 ぷくぷくと泡が立つのをぼーっと見ていると、今度は彼女が口を開く。

「絵を描いて欲しいと打診が来た話はしたか?」

「ミワは凄いねえ……え?」

 ぼーっとしていた頭が徐々に働き始め、彼女が放ったとんでもない台詞の意味を数秒掛けて咀嚼し、思わず聞き返す。

「だ、打診ってどこかの会社から?」

「うむ。よく分からんが、何かの小説の表紙を描いて欲しいと頼まれた」

「子供の成長は早いって言うけど……そんなに早いことあるの?」

「吾輩は神だ。何だって出来るに決まっておろう?」

「流石、神ちゃま」

「馬鹿にしてるな?」

 不満げなジト目が下から突き刺さり、ごめんごめんと笑いながら一先ず抱き締める。
 飛行機の中で書いていた絵がやけに上手いのは知っていたけれど、まさか打診を受けるほどの知名度も手に入れていたのは予想外である。
 
「これで居候と揶揄うことは出来なくなるな?」

「蒼馬に言われたの?」

「うむ。あの生意気な猫又にはギャフンと言わせてやる」

「仲が良いんだか悪いんだか……」

 ゲームをしながら互いに煽りあっているのは見ているし、その流れで言われたことが引っかかっていたのだろう。
 とはいえ、この子がお金を稼げるとなれば、それはそれで蒼馬は喜びそうだ。
 
「ミワは偉いねえ」

「吾輩は偉いのだ」

「ほっぺもちもちだもんねえ」

「しょれは知らにゅ」

 私にほっぺをモミモミされているせいでちょっと間抜けな話し方になってしまっているのが面白い。
 ……こんな可愛い神様なら、何人でもいて欲しいものだ。
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