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91話 本体
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ロープウェイに乗り込むと、ミワが大きなため息を吐く。
「吾輩の本体を見ても驚いたりするでないぞ」
「ミワはそんなに自分の本体見られるの嫌なの?」
「まあ、トラウマあるもんなあ?」
「黙っておけ」
ニヤニヤしている大国主に対して、ミワは不機嫌なのを隠そうともしない。
そんなに見られたくない本体の姿が一体どんなものなのか、興味がふつふつと湧き上がっていると、山頂にまで到着した。
「足元にご注意ください」
扉を開けながらそう言った彼は先に降り、ドアマンのように出口横に立つ。
ミワを抱っこして降りると下にあった豪邸よりも更に大きい豪華な建物が顔を出し、疑問に思ったことを大国主に尋ねる。
「こんなに大きな建物あったら、下から見えませんか?」
「知らん。神様パワーってやつで隠してんじゃね?」
チラリとミワに目を向ければ、何も知らなさそうな様子で私を見上げる。
「吾輩は知らんぞ」
「そういう顔してた」
予想通りな言葉が出てきて、私は笑ってしまう。
ネットでこの山について調べてみたが大きい建物が見えるなんて情報はどこにも無かったし、神社へやって来た時もそれらしきものは見えなかった。
大国主の言う通り、神様パワーで見えないようにでもしているのだろう。
「ほら、ついて来い。すやすや寝てる本体のところまで連れてってやる」
「は、はい」
ここへ来るのは初めてではない様子の彼の後に続いて、巨大な和風の門を潜り、広い庭園を歩く。
手入れが行き届いているのがよく分かる光景を前に、写真でも撮りたくなるがグッと堪え、不安そうな表情を浮かべるミワをぎゅっと抱きしめる。
大国主の言うトラウマが何かは分からないが、それを払拭させてあげられるように努めよう。
「入るぞー」
蛇の意匠が施された巨大な門扉を大国主が押し開けると、体育館のように広い和室が広がり、中央には大国主と似た服装をする四人の男女の姿があった。
僧侶たちは全員坊主であったが、その四人は髪型に関しては自由らしく、男はツーブロック、女は長髪を後ろで結っている。
音頭を取ってこちらにやって来た長身でガタイの良い男は、ミワを抱く私の前で跪くと。
「お待ちしておりました、大物主様。私は八十二代目守護隊隊長、糸巻杉吉と申します」
「うむ、ご苦労」
相変わらず偉そうである。
怖そうな人たちの前でも態度が変わらないミワに呆れてしまいながら下ろしてあげると、彼女は問いを彼らに投げかけた。
「吾輩の体に変化はあったか?」
「翼が三対になりました」
「翼?」
思わず聞き返してしまった私に、糸巻と名乗った彼は丁寧なお辞儀をして見せる。
「百聞は一見にしかずと言います。説明して理解出来るほど簡単な見た目をしておりませんので、見てしまいましょう」
「は、はい」
目が山羊と似ている事に気付きながら返事をする。どうやら、彼もまた何かの妖の血を継いでいるらしい。
他三人もよく見れば角が生えていたり、鋭い犬歯が顔を覗かせていたりと、普通ではない事が伺える。
「では、心の準備はよろしいですね」
「はい、出来てます。ミワは大丈夫?」
「うむ」
ちょっと嫌そうではあるが、コクリと頷いた。
すると、糸巻さんは付いてくるよう言って広間の最奥へ向けて歩き出し、入り口にあったものよりもずっと大きな扉の前で立ち止まる。
「大物主様、失礼致します」
守護者四人はその場で綺麗なお辞儀をして扉を押し開ける。
ゆっくりと姿が見え始め、それと同時に杉の香りが漂い始める。
「はえー……」
明らかとなった全貌を前に、私は言葉を失った。
「何だその反応は」
「思ってたより大きいんだもん」
「怖くないのか?」
「まあ、中身はミワだし……」
「舐めてるな?」
ムスッとした態度を取るミワにごめんごめんと謝りながら頭を撫でる。
サラサラな白い頭髪の感触が手に伝わる中、空間の中央に鎮座する巨大な生物に再び目を向ける。
例えるのなら……白い竜だろうか。
元は蛇だったことは辛うじて分かるが、恐竜のそれよりもずっと太くて頑丈そうな脚、美しくも頑強そうな二対の腕、三対の巨大な翼、そして蛇の面影のある真っ白な頭。
「強そう」
「小学生並の感想だな」
横で蒼馬が揶揄うように言うが、反論は出来ない。
神々しいと共にどことなく可愛らしさもあり、体全体がふかふかとした体毛に覆われていて、お腹に飛び込んでみたいとすら思う。
「元は蛇だったんだよね?」
「うむ。知らぬ間に手足と翼も生えてしまっただけだ」
「だけって言うにはオーバーな気がするけど……」
全盛期のお爺ちゃんたちと戦ったらどっちが勝つのだろうかと疑問が湧き上がっていると、ミワはどこか安心した様子でため息を吐いた。
「トラウマ克服できた?」
「……知らん」
照れたようにそっぽを向いたのを見て、一先ず彼女にとって良い結果となったらしい。
気恥ずかしそうに目を逸らす彼女が可愛らしく、思わずつやつやな白髪を撫でていると、本体の方がびくりと少しだけ動いた。
蒼馬もビクッと飛び跳ね、少し怯えた様子で糸巻さんに尋ねる。
「う、動きましたよね?」
「ええ、時々動きます。原因は今まで分かりませんでしたが……そういうことだったんですね」
「気持ちの悪い目を向けるな」
心底嫌そうな目をして行ったミワに、守護者たちは笑ってしまいながらも頭を下げた。
昔から扱いはこんな感じだったのだろうかと気になる中、ふと疑問に思った私は問いかける。
「ミワはこの体の中に戻ろうとは思わないの?」
「山から出られん体になぞ用は無い」
「自分の体なのに……」
バッサリと言ってのけたミワに驚きから言葉を詰まらせていると、糸巻さんがミワの本体を指差して。
「大物主様は大国主様との契約によって、この山に神として祀られました。そのため、この体と三輪山は繋がっており、もしも離れてしまった時は神の力を失ってしまいます。それはつまり……死を意味します」
「そうだったんですか……」
こんなに強そうな見た目をしていながら、森から出たら死んでしまうとは驚きである。
と、蒼馬が小さく挙手して。
「あの、何でおチビちゃんの体は山から出られてるんですか?」
「本体で取って食うぞ」
ミワがそう言うと同時、本体の閉じていた瞼がぎろりと開き、巨大な椅子から立ち上がった。
それを見た彼は慌てた様子で私の後ろに隠れ、「冗談だって!」と震え声で叫ぶ。
「ガハハ! 吾輩に調子の良いことばかり言うからだ!」
本体もミワもケラケラ笑い、やっぱり中身は同じらしい事が伺えて、そうすると段々そっちの方も可愛らしく見えて来てしまう。
のっしのっしと鈍重な音を立てて椅子に座り直した巨体は再び瞼を閉じ、ミワはちょっと疲れた様子でため息を吐く。
「ちびるかと思ったぜ」
大国主がぼそりと後ろで呟き、蒼馬はほっと安堵したようにため息を吐いた。
と、守護者同士で何やら話していることに気付き、耳を澄ましてみると。
「百二十年守護者やってますが……動いてるところ初めて見ました」
「俺もだ。ラジコンみたいに操作出来るとはなあ」
「やっぱ、神様って何でもアリっすね」
「俺らの言えたことじゃないだろ」
どうやら、私は随分と幸運らしい。
「吾輩の本体を見ても驚いたりするでないぞ」
「ミワはそんなに自分の本体見られるの嫌なの?」
「まあ、トラウマあるもんなあ?」
「黙っておけ」
ニヤニヤしている大国主に対して、ミワは不機嫌なのを隠そうともしない。
そんなに見られたくない本体の姿が一体どんなものなのか、興味がふつふつと湧き上がっていると、山頂にまで到着した。
「足元にご注意ください」
扉を開けながらそう言った彼は先に降り、ドアマンのように出口横に立つ。
ミワを抱っこして降りると下にあった豪邸よりも更に大きい豪華な建物が顔を出し、疑問に思ったことを大国主に尋ねる。
「こんなに大きな建物あったら、下から見えませんか?」
「知らん。神様パワーってやつで隠してんじゃね?」
チラリとミワに目を向ければ、何も知らなさそうな様子で私を見上げる。
「吾輩は知らんぞ」
「そういう顔してた」
予想通りな言葉が出てきて、私は笑ってしまう。
ネットでこの山について調べてみたが大きい建物が見えるなんて情報はどこにも無かったし、神社へやって来た時もそれらしきものは見えなかった。
大国主の言う通り、神様パワーで見えないようにでもしているのだろう。
「ほら、ついて来い。すやすや寝てる本体のところまで連れてってやる」
「は、はい」
ここへ来るのは初めてではない様子の彼の後に続いて、巨大な和風の門を潜り、広い庭園を歩く。
手入れが行き届いているのがよく分かる光景を前に、写真でも撮りたくなるがグッと堪え、不安そうな表情を浮かべるミワをぎゅっと抱きしめる。
大国主の言うトラウマが何かは分からないが、それを払拭させてあげられるように努めよう。
「入るぞー」
蛇の意匠が施された巨大な門扉を大国主が押し開けると、体育館のように広い和室が広がり、中央には大国主と似た服装をする四人の男女の姿があった。
僧侶たちは全員坊主であったが、その四人は髪型に関しては自由らしく、男はツーブロック、女は長髪を後ろで結っている。
音頭を取ってこちらにやって来た長身でガタイの良い男は、ミワを抱く私の前で跪くと。
「お待ちしておりました、大物主様。私は八十二代目守護隊隊長、糸巻杉吉と申します」
「うむ、ご苦労」
相変わらず偉そうである。
怖そうな人たちの前でも態度が変わらないミワに呆れてしまいながら下ろしてあげると、彼女は問いを彼らに投げかけた。
「吾輩の体に変化はあったか?」
「翼が三対になりました」
「翼?」
思わず聞き返してしまった私に、糸巻と名乗った彼は丁寧なお辞儀をして見せる。
「百聞は一見にしかずと言います。説明して理解出来るほど簡単な見た目をしておりませんので、見てしまいましょう」
「は、はい」
目が山羊と似ている事に気付きながら返事をする。どうやら、彼もまた何かの妖の血を継いでいるらしい。
他三人もよく見れば角が生えていたり、鋭い犬歯が顔を覗かせていたりと、普通ではない事が伺える。
「では、心の準備はよろしいですね」
「はい、出来てます。ミワは大丈夫?」
「うむ」
ちょっと嫌そうではあるが、コクリと頷いた。
すると、糸巻さんは付いてくるよう言って広間の最奥へ向けて歩き出し、入り口にあったものよりもずっと大きな扉の前で立ち止まる。
「大物主様、失礼致します」
守護者四人はその場で綺麗なお辞儀をして扉を押し開ける。
ゆっくりと姿が見え始め、それと同時に杉の香りが漂い始める。
「はえー……」
明らかとなった全貌を前に、私は言葉を失った。
「何だその反応は」
「思ってたより大きいんだもん」
「怖くないのか?」
「まあ、中身はミワだし……」
「舐めてるな?」
ムスッとした態度を取るミワにごめんごめんと謝りながら頭を撫でる。
サラサラな白い頭髪の感触が手に伝わる中、空間の中央に鎮座する巨大な生物に再び目を向ける。
例えるのなら……白い竜だろうか。
元は蛇だったことは辛うじて分かるが、恐竜のそれよりもずっと太くて頑丈そうな脚、美しくも頑強そうな二対の腕、三対の巨大な翼、そして蛇の面影のある真っ白な頭。
「強そう」
「小学生並の感想だな」
横で蒼馬が揶揄うように言うが、反論は出来ない。
神々しいと共にどことなく可愛らしさもあり、体全体がふかふかとした体毛に覆われていて、お腹に飛び込んでみたいとすら思う。
「元は蛇だったんだよね?」
「うむ。知らぬ間に手足と翼も生えてしまっただけだ」
「だけって言うにはオーバーな気がするけど……」
全盛期のお爺ちゃんたちと戦ったらどっちが勝つのだろうかと疑問が湧き上がっていると、ミワはどこか安心した様子でため息を吐いた。
「トラウマ克服できた?」
「……知らん」
照れたようにそっぽを向いたのを見て、一先ず彼女にとって良い結果となったらしい。
気恥ずかしそうに目を逸らす彼女が可愛らしく、思わずつやつやな白髪を撫でていると、本体の方がびくりと少しだけ動いた。
蒼馬もビクッと飛び跳ね、少し怯えた様子で糸巻さんに尋ねる。
「う、動きましたよね?」
「ええ、時々動きます。原因は今まで分かりませんでしたが……そういうことだったんですね」
「気持ちの悪い目を向けるな」
心底嫌そうな目をして行ったミワに、守護者たちは笑ってしまいながらも頭を下げた。
昔から扱いはこんな感じだったのだろうかと気になる中、ふと疑問に思った私は問いかける。
「ミワはこの体の中に戻ろうとは思わないの?」
「山から出られん体になぞ用は無い」
「自分の体なのに……」
バッサリと言ってのけたミワに驚きから言葉を詰まらせていると、糸巻さんがミワの本体を指差して。
「大物主様は大国主様との契約によって、この山に神として祀られました。そのため、この体と三輪山は繋がっており、もしも離れてしまった時は神の力を失ってしまいます。それはつまり……死を意味します」
「そうだったんですか……」
こんなに強そうな見た目をしていながら、森から出たら死んでしまうとは驚きである。
と、蒼馬が小さく挙手して。
「あの、何でおチビちゃんの体は山から出られてるんですか?」
「本体で取って食うぞ」
ミワがそう言うと同時、本体の閉じていた瞼がぎろりと開き、巨大な椅子から立ち上がった。
それを見た彼は慌てた様子で私の後ろに隠れ、「冗談だって!」と震え声で叫ぶ。
「ガハハ! 吾輩に調子の良いことばかり言うからだ!」
本体もミワもケラケラ笑い、やっぱり中身は同じらしい事が伺えて、そうすると段々そっちの方も可愛らしく見えて来てしまう。
のっしのっしと鈍重な音を立てて椅子に座り直した巨体は再び瞼を閉じ、ミワはちょっと疲れた様子でため息を吐く。
「ちびるかと思ったぜ」
大国主がぼそりと後ろで呟き、蒼馬はほっと安堵したようにため息を吐いた。
と、守護者同士で何やら話していることに気付き、耳を澄ましてみると。
「百二十年守護者やってますが……動いてるところ初めて見ました」
「俺もだ。ラジコンみたいに操作出来るとはなあ」
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