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78話 廃屋
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予想の斜め上を行くような展開に言葉を出せずにいると、佐藤さんは当時のことを思い出しているのか、それとも尊敬している神に害を与えようとした彼らに対する怒りを思い出しているのか、眉を顰めてため息を吐く。
「そいつは神に等しい力を持つあやかしの血を受け継いでいた。当時、寺の管理をしていた大蛇様の子孫たちでもどうしようもなくて、大蛇様が直々に相手をすることになってしまった」
「大蛇様って物理的な戦闘は出来るんですか?」
「さあ……自警団が到着した時には負傷した大蛇様たちと子孫たちの姿しかなかったからなあ」
「……どういうことですか?」
意味が理解できず私は思わず問いを投げかける。
猫田さんも同様に理解出来なかった様子で首を傾げていて、そんな私たちを見て佐藤さんはハハハと笑って見せながら。
「大蛇様がそいつを食っちまったのさ。神に等しいとは言っても、本物の神には敵わなかったってことだ。まあ、おかげで警察にしつこく事情聴取されて大変だったんだけどな」
「な、なるほど」
なぜさっきまであんなに不愉快そうな顔をしていたのか分かって、彼らがそこまで酷い目に遭った訳では無いという安堵感からほっと息を吐く。
きっと村の人間が殺して山に埋めたとでも警察は思ったのだろう。少なくとも、私が警察の側だったらそう思うのは間違いない。
と、完全に怯え切った目をした猫田さんは引き攣った笑みを浮かべていて、粗相をしていたら食べられていたのでは、とでも思っていそうな雰囲気がある。
余程のことをしない限りそんな事にはならないだろうけど、怯えたくなる気持ちは分かる。
「とまあ、そんな感じで超が付くほど面倒な事が起きて、大蛇様に多大な迷惑を掛けることになったから、今後は伝説について他言無用となった」
「あ、あの……大蛇様が猫は好物だと仰っていたんですが本当なんですか?」
本当に考えていたらしい。
「さあ……果物や野菜を食べているところは見たことあるけど、動物を食べている所は見てないからなあ……」
「そ、そうでしたか!」
ホッと安心したように笑顔を見せた猫田さんが不思議と可愛らしく思えて笑っていると、さっきの廃屋が見え始める。
佐藤さんと出会ったのがここだった事を思い出し、疑問に思った私は問いを投げかける。
「佐藤さん、この廃屋は何なんですか? 村から離れてますし、幽霊みたいなのが出そうな雰囲気ありますけど……」
私の問いを笑った佐藤さんは廃屋に近寄って中を指差すと。
「大蛇様の覇気で幽霊は近寄って来ないから安心しなさい。それに、ここで人が死ぬような事は起きていないからな」
「というと、立地が悪くて引っ越したとかですか?」
「いや、結婚を機に引越したみたいだ。一応、大蛇様の子孫の一人だったみたいだな。まあ、ちょっと見ていくといい」
そう言って中へ入って行く佐藤さんの後に続いて中へ入ると、どうやら家具は必要なものだけ持って行ったようで、廊下には古びた棚が置かれていたり、引き戸が壊れて中が見えるリビングもちゃぶ台などが残っている。
家具の周囲には蛇たちがのほほんとした雰囲気で寝転がっている。
つぶらな瞳とチロチロしている小さな舌を見て癒しを感じ取り、撫で回してみたい気持ちが湧き上がっていると、後ろで猫田さんが「あっ」と声を上げた。
どうしたのだろうとそちらを振り返れば、ボロボロなポスターを指差した彼が手招きしていて。
「これ、桂里奈のお爺さんの名前じゃないか?」
「え?」
慌てて彼の元に駆け寄ると、元が何だったのか分からないほど色褪せ破けたポスターの隅っこに何やら文字が書かれている。
小さな穴が空いていたり、掠れていたりして読み難いが、どうやら相合傘でも書かれていたようで、深川竜二郎と深川和子の文字が辛うじて読める。
「……ここだったんだ」
「やっぱり、そうだった?」
猫田さんの問いに私は頷いて見せる。
紛れもない祖父母の名前を前に言葉を失っていると、蛇を抱っこしてやって来た佐藤さんが私たちの見ているものが何か分かった様子で。
「その名前に見覚えがあるのかい?」
「私の祖父です」
「ほおー、そんな事もあるものなんだなあ」
蛇の頭を指で撫でながらしみじみとそう言った彼からポスターの祖父母の名前に目を向ける。
かなり活発的なお爺ちゃんだったから若かった頃ならこういう事はやりそうだと思っていたけれど、こうして見ると微笑ましく感じる。
お爺ちゃんに見せてみようと思い付いてカメラを向けると同時、ポスターの裏側がもぞもぞと動き出す。
横で猫田さんが「ひぇ」と情けない声を上げる中、ボスッと音と共にポスターを突き破って蛇が現れた。
チロチロと舌を出していたその子は物音を立てずにゆっくりとした動作で降りて行き、そのままリビングの方へと去って行き。
ポスターの奥の空間に目をやれば、ボロボロの神棚があり、中央には蛇を模した小さな木製の像が見える。
何だろうと取り出してみれば、それはただの蛇ではなく頭と尻尾が八つあるもので、間違いなく八岐大蛇を模しているものだと分かる。
「佐藤さん、これ何か分かりますか?」
「……ほお、これはさっき話した事件の後に大蛇様が子孫へ渡したお守りだな。大切に保管したまま忘れていったのかもしれないし、お爺さんたちに渡してあげなさい」
佐藤さんがそう言ってにっこり笑う。
何となく運命的なものを感じて像を見やると、長い間放置されていた割には少し埃を被っているだけでこれといった傷は無く、匂いを嗅いでみると木の良い香りがする。
これが本物のお守りかと少し感動していると猫田さんが怯えきっていることに気付き、どうしたのか目で問う。
「いや……なんか……その像すっごく怖い」
「かわいいのに?」
「威圧感っていうか、殺気っていうか……」
後退りながら言う彼の顔は真っ青で、ただごとでは無いと察して像と向き合う。
敵だと誤認しているのでは無いかと考えて、心の中でこの人は敵じゃ無いよと強く強く念じてみると、『仕方ねえなあ』と寅吉によく似た声が聞こえた気がした。
猫田さんに目を向ければ壁にもたれかかって大きな溜息を吐いていて、何かが解けたのだと分かる。
「もしかして君、何かあやかしの血を継いでいるのかい?」
「は、はい、猫又です」
「猫……蛇は天敵だよな?」
「だから怖いんすよ」
涙目でそう答えた彼に佐藤さんは吹き出し、抱き抱えていた蛇を地面に下ろし、こちらへ歩いてきて。
「本能的に苦手なのに蛇を見せちゃって悪かったね。明日来る時はなるべく蛇は見せないようにするよ」
「ありがとうございます」
そんなやりとりをしている二人を眺めていると、不意に廃屋の中が暗くなり始めたことに気付いて時間を確認する。
腕時計は十八時五十分を指していて、私は少し焦りながら猫田さんの手を引いて。
「後十分でバスが来ちゃいます! 早く行かないと!」
「えっ」
再び顔を青ざめさせた彼は佐藤さんに「ありがとうございました」と言いながら頭を下げ、私の手を取ってバス停へ向かって駆け出す。
後ろから「また来なー!」と声が聞こえ、私は「はい!」とだけ返事して猫田さんの後に続いた。
「そいつは神に等しい力を持つあやかしの血を受け継いでいた。当時、寺の管理をしていた大蛇様の子孫たちでもどうしようもなくて、大蛇様が直々に相手をすることになってしまった」
「大蛇様って物理的な戦闘は出来るんですか?」
「さあ……自警団が到着した時には負傷した大蛇様たちと子孫たちの姿しかなかったからなあ」
「……どういうことですか?」
意味が理解できず私は思わず問いを投げかける。
猫田さんも同様に理解出来なかった様子で首を傾げていて、そんな私たちを見て佐藤さんはハハハと笑って見せながら。
「大蛇様がそいつを食っちまったのさ。神に等しいとは言っても、本物の神には敵わなかったってことだ。まあ、おかげで警察にしつこく事情聴取されて大変だったんだけどな」
「な、なるほど」
なぜさっきまであんなに不愉快そうな顔をしていたのか分かって、彼らがそこまで酷い目に遭った訳では無いという安堵感からほっと息を吐く。
きっと村の人間が殺して山に埋めたとでも警察は思ったのだろう。少なくとも、私が警察の側だったらそう思うのは間違いない。
と、完全に怯え切った目をした猫田さんは引き攣った笑みを浮かべていて、粗相をしていたら食べられていたのでは、とでも思っていそうな雰囲気がある。
余程のことをしない限りそんな事にはならないだろうけど、怯えたくなる気持ちは分かる。
「とまあ、そんな感じで超が付くほど面倒な事が起きて、大蛇様に多大な迷惑を掛けることになったから、今後は伝説について他言無用となった」
「あ、あの……大蛇様が猫は好物だと仰っていたんですが本当なんですか?」
本当に考えていたらしい。
「さあ……果物や野菜を食べているところは見たことあるけど、動物を食べている所は見てないからなあ……」
「そ、そうでしたか!」
ホッと安心したように笑顔を見せた猫田さんが不思議と可愛らしく思えて笑っていると、さっきの廃屋が見え始める。
佐藤さんと出会ったのがここだった事を思い出し、疑問に思った私は問いを投げかける。
「佐藤さん、この廃屋は何なんですか? 村から離れてますし、幽霊みたいなのが出そうな雰囲気ありますけど……」
私の問いを笑った佐藤さんは廃屋に近寄って中を指差すと。
「大蛇様の覇気で幽霊は近寄って来ないから安心しなさい。それに、ここで人が死ぬような事は起きていないからな」
「というと、立地が悪くて引っ越したとかですか?」
「いや、結婚を機に引越したみたいだ。一応、大蛇様の子孫の一人だったみたいだな。まあ、ちょっと見ていくといい」
そう言って中へ入って行く佐藤さんの後に続いて中へ入ると、どうやら家具は必要なものだけ持って行ったようで、廊下には古びた棚が置かれていたり、引き戸が壊れて中が見えるリビングもちゃぶ台などが残っている。
家具の周囲には蛇たちがのほほんとした雰囲気で寝転がっている。
つぶらな瞳とチロチロしている小さな舌を見て癒しを感じ取り、撫で回してみたい気持ちが湧き上がっていると、後ろで猫田さんが「あっ」と声を上げた。
どうしたのだろうとそちらを振り返れば、ボロボロなポスターを指差した彼が手招きしていて。
「これ、桂里奈のお爺さんの名前じゃないか?」
「え?」
慌てて彼の元に駆け寄ると、元が何だったのか分からないほど色褪せ破けたポスターの隅っこに何やら文字が書かれている。
小さな穴が空いていたり、掠れていたりして読み難いが、どうやら相合傘でも書かれていたようで、深川竜二郎と深川和子の文字が辛うじて読める。
「……ここだったんだ」
「やっぱり、そうだった?」
猫田さんの問いに私は頷いて見せる。
紛れもない祖父母の名前を前に言葉を失っていると、蛇を抱っこしてやって来た佐藤さんが私たちの見ているものが何か分かった様子で。
「その名前に見覚えがあるのかい?」
「私の祖父です」
「ほおー、そんな事もあるものなんだなあ」
蛇の頭を指で撫でながらしみじみとそう言った彼からポスターの祖父母の名前に目を向ける。
かなり活発的なお爺ちゃんだったから若かった頃ならこういう事はやりそうだと思っていたけれど、こうして見ると微笑ましく感じる。
お爺ちゃんに見せてみようと思い付いてカメラを向けると同時、ポスターの裏側がもぞもぞと動き出す。
横で猫田さんが「ひぇ」と情けない声を上げる中、ボスッと音と共にポスターを突き破って蛇が現れた。
チロチロと舌を出していたその子は物音を立てずにゆっくりとした動作で降りて行き、そのままリビングの方へと去って行き。
ポスターの奥の空間に目をやれば、ボロボロの神棚があり、中央には蛇を模した小さな木製の像が見える。
何だろうと取り出してみれば、それはただの蛇ではなく頭と尻尾が八つあるもので、間違いなく八岐大蛇を模しているものだと分かる。
「佐藤さん、これ何か分かりますか?」
「……ほお、これはさっき話した事件の後に大蛇様が子孫へ渡したお守りだな。大切に保管したまま忘れていったのかもしれないし、お爺さんたちに渡してあげなさい」
佐藤さんがそう言ってにっこり笑う。
何となく運命的なものを感じて像を見やると、長い間放置されていた割には少し埃を被っているだけでこれといった傷は無く、匂いを嗅いでみると木の良い香りがする。
これが本物のお守りかと少し感動していると猫田さんが怯えきっていることに気付き、どうしたのか目で問う。
「いや……なんか……その像すっごく怖い」
「かわいいのに?」
「威圧感っていうか、殺気っていうか……」
後退りながら言う彼の顔は真っ青で、ただごとでは無いと察して像と向き合う。
敵だと誤認しているのでは無いかと考えて、心の中でこの人は敵じゃ無いよと強く強く念じてみると、『仕方ねえなあ』と寅吉によく似た声が聞こえた気がした。
猫田さんに目を向ければ壁にもたれかかって大きな溜息を吐いていて、何かが解けたのだと分かる。
「もしかして君、何かあやかしの血を継いでいるのかい?」
「は、はい、猫又です」
「猫……蛇は天敵だよな?」
「だから怖いんすよ」
涙目でそう答えた彼に佐藤さんは吹き出し、抱き抱えていた蛇を地面に下ろし、こちらへ歩いてきて。
「本能的に苦手なのに蛇を見せちゃって悪かったね。明日来る時はなるべく蛇は見せないようにするよ」
「ありがとうございます」
そんなやりとりをしている二人を眺めていると、不意に廃屋の中が暗くなり始めたことに気付いて時間を確認する。
腕時計は十八時五十分を指していて、私は少し焦りながら猫田さんの手を引いて。
「後十分でバスが来ちゃいます! 早く行かないと!」
「えっ」
再び顔を青ざめさせた彼は佐藤さんに「ありがとうございました」と言いながら頭を下げ、私の手を取ってバス停へ向かって駆け出す。
後ろから「また来なー!」と声が聞こえ、私は「はい!」とだけ返事して猫田さんの後に続いた。
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