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67話 倒産

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 斐伊川に沿って伸びる道をゆっくりとバスは進む。
 猫田さんはバスに乗ってからすぐ寝てしまい、私も窓の外を眺めること以外やることは無くて暇な状態だ。
 何をして暇を潰そうかと悩んでいると、マナーモードにしていたスマホがブルブルと震えていることに気付き、手に取ってみると鬼塚社長から電話が掛かって来ていた。
 少しドキッとしながら電話に出ると、電話の向こう側は特に怒っているような雰囲気はなく、少し安心していると鬼塚社長が口を開いた。

『鬼塚だ。今、ちょっと大丈夫か?』

「はい、大丈夫です。一応バスの中なので、手短に伝えて頂けると嬉しいですが……」

 答えながらバスの中を見回してみるが、前の方の席に寝ているおばあさんがいるだけで、それ以外は誰もいない。
 もしかしたら、そこまで気にする必要は無いのかもしれない。

『そうか。ならとっとと話しちまうか』

「お願いします」

 訂正する必要は無いと判断して短く答えると、鬼塚社長はゴホンと咳ばらいをして、電話越しにも伝わる真面目な雰囲気を醸し出す。
 思わず居住まいを正していると、横で何かを感じ取った様子で猫田さんがハッと起きたのが視界の端で見えた。

『単刀直入に言おう。大村が倒産することになった』

「……倒産、ですか?」

 完全に忘れ去っていた会社の名前ととんでもない言葉が出て来て、思わず私は聞き返した。
 
『大村の酷すぎる労働環境で辞める人間が続出してな。しかも、その労働環境も労基に目を付けられるダブルパンチだ。まあ、こうなるのは時間の問題だったな』

「そんな事になってたんですね……」

 もう関わることは無いと勝手に思っていたが、まさか本当に二度と関わることが無くなるとは驚いた。
 ぼんやりとそんな事を考えていると、社長は少し声を抑えて。

『それでな、ちょっと面白い噂がネットで流れてんだ』

「噂ですか?」

 鳩山の狂人っぷりが噂になっているのだろうか。
 
『その噂ってのは……とても優秀な女性社員一人が退職した結果、倒産に至ったって噂だ』

「そんな人がいたんですね」

 そんなに優秀な人がいたのなら、是非とも一緒に仕事をして欲しかったものだ。
 きっと、その人が同じ部署にいてくれれば私が倒れることにもならなかったのだろうに。
 すると、社長は「あれ」と呟いて。

『その社員って深川じゃないのか? 時期的にも被ってるしな』

「それは無いと思いますけど……」

 思わず否定すると、電話の向こう側で笑っているのが分かり、冗談だったのだと察して私も少し笑う。
 きっと、その優秀な人も私みたいに仕事を沢山押し付けられて、他の会社に行くことにしたのだろう。
 ――もしかしたら、この会社に来るなんて事もあるかもしれない。

 そんな事を考えていると、気を使ってくれたらしい鬼塚社長が電話を切り、何となく猫田さんの方を見ると、少し顔色を悪くしてこちらを見ていた。
 バス酔いしたのかと心配するが、猫田さんの口から飛び出た言葉は――

「会社、倒産したのか?」

「倒産したのは大村なので安心して下さい」

 私がそう言うと猫田さんはほっと一安心した様子で背もたれに身体を預け。
 意外とポンコツなその様子に思わず笑いながら、再び窓の外の景色に視線を戻した。
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