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39話 懐柔

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「へえ、本当に蛇なんだー」

 私が朝食を食べている横で、蛇の姿に戻ったミワを波留が興味津々な様子で眺める。
 当のミワはと言えば、容赦なく抱き締めて可愛がってくる波留に抗う事を諦めた様子でとぐろを巻いている。
 
「人に化ける蛇なんているんだな。こいつ研究機関に売ったら金に――」

「それ以上言ったら蹴り上げるから」

 相変わらず金の事しか考えていない水樹に睨み付けながら言うと、過去のトラウマを思い出した様子で黙り込む。
 そんな会話をしている私たちを気にする様子無くミワを愛でていた波留が、物欲しそうな目をしてこちらを見るなり。

「この子、家に連れ帰って良いかな。ちゃんとお世話するから」

「私のペットだからダメ」

 即答した私に波留は不満そうなジト目を向けて来る。
 もちろんそんな目を向けたって絶対にあげない。私が飼うと決めたのだし、何よりも――

「あのね、私は一人暮らしでミワがいないと寂しいの。分かる?」

「じゃあ男作れば良いじゃん」

「お黙り」

 それが出来たら苦労しないというものだ。私は波留のようにそう簡単にモテない。
 思わず溜息を吐いていると大人しく頭を撫でられていたミワが呆れたようにこちらを向いて。

「そんなにゆっくりしていて良いのか?」

「え? ……やっば」

 その言葉で時計を見てみれば、いつもならスーツに着替えている頃で、私は慌ててジャムを塗ったパンを食べ切り、まだ熱いコーヒーを一気飲みする。
 チリチリと少しの火傷で舌が痛みを覚えるがそれを無視して洗面所に駆け込み、いつもの数倍の速さの動きで歯磨きをする。

 少し雑だったせいで違和感が残っていて、もう少しちゃんと歯磨きをしたかったと考えながらリビングに戻る。
 ハンガーに掛けているスーツを取り出し、目線に気付いた私は後ろを振り返ると。

「……もしかして私の着替えガン見するつもり?」

「はいはい、出て行きますよ」

 私がさっき出した菓子を食べていた水樹は慣れた様子でベランダへ出て行き、波留がカーテンを閉めて外から見えないようにしてくれた。
 何だかんだで仲の良さそうな二人に若干の羨ましさを覚えながらテキパキと着替えていると、波留がミワを抱き枕のようにしながら。

「私も蛇が欲しいなー」

「実家の周り歩いとけばその辺にいるじゃん」

「あれでも良いんだけどさー、撫でようとすると嫌がるからなー」

「吾輩も嫌がってるんだが?」

 ここぞとばかりに口を出したミワだったが、ニッコリと笑った波留に下顎を撫でられ、くすぐったそうにしっぽをビタビタと動かす。
 明らかに懐柔されているその様子に、取られてしまうという焦りを覚える。
 しかし、家を出ないといけない時間が刻々と迫っているため、奪い返すだのなんだのとやっていられる時間は全く無い。
 
 帰ったらいっぱいナデナデして持って行かれないようにしようなんて考えながら、鞄を片手に持った私は玄関へ向かう。
 すると幼女の姿になったミワと波留が見送るように現れて。

「気を付けてねー。私はミワちゃんのこといっぱい可愛がるからー」

「懐柔しようったって無駄だからね」

「吾輩を犬みたいに言うな」

 不愉快そうに顔を顰めるミワだが、波留に頭を撫でられると少し嬉しそうな雰囲気を見せ、本当に懐柔されかけている事実に鳥肌が立つ。
 取られてしまう前に今日も美味しい料理を食べさせて胃袋を掴むとしよう。

 私はそんな事を考えながら家を出て。
 数分後、水樹をベランダに追放したままな事に気付き、慌ててメールを波留に送った。
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