さらばブラック企業、よろしくあやかし企業

星野真弓

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蛇の留守番

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 扉が閉められ、この狭い部屋に静寂が戻る。
 今まで必ず誰かが傍にいた吾輩にとって、この静けさは慣れないものであるが、今日はこのパソコンなる不思議な道具を使える。
 昨日のようにネズミを探し回るだけというつまらない一日に比べれば幾分マシだ。

「それにしても……」

 小娘から貰った鏡で自分を見てみれば、やはりそこには見慣れぬ幼い女の顔が映る。
 古い体から新しい体に変えたのだから顔や体格が多少変わるのは覚悟していたが、まさか性別まで変わってしまうとは吾輩も驚いた。
 今世こそ吾輩を恐れぬ美しい娘を手に入れるつもりだったというのに、これでは来世に期待するしか無くなってしまった。
 ――理想の娘がすぐそこに居ると言うのに。

「はぁ……」

 思わず大きな溜息を吐きながらベッドに腰掛け、昨日説明された通りの手順でパソコンの電源を入れる。
 ラテン文字が短い間表示され、すぐに日本では無いどこかの風景写真が映し出される。
 吾輩もいつか海を越えた先の国に行ってみるのも良いかもしれぬ。何千年も生きていながら、この島から出たことが無いともなると、あの小娘に笑われそうだ。
 
「む?」

 昨日の夜に教えられた通り操作をしていると、ベランダ側から何やらコソコソとした人間の足音がする事に気が付いた。
 盗人か、そう察した吾輩は立ち上がり、開け忘れていたカーテンを開けると――

「あっ」

 黒い服装で全身を包んだ間抜けな顔をした男と目が合い、想像通りだったことに思わず笑う。
 このまま喰らえば、盗人から家を守ったとしてあの小娘も喜ぶに違いない。そうなれば、からかわれる事はなくなるはずだ。
 そう考えて窓を開けようとカギに手を伸ばすが、その前に盗人はまるで誤魔化すかのように笑みを浮かべて手を振ると、慌てた様子で逃げて行った。
 
 どうやら現代の盗人は相手が子どもでも見られたら逃げる程度の臆病者になったらしい。良いことであるが……これでは自慢話が出来ない。
 思わず溜息を吐きながらカーテンを閉めてパソコンの前に戻り、昨日勧められた動画投稿者のページを開く。

 そうして少し寂しさも感じながら動画を楽しみながら時間を過ごし、何となく時間を見れば既に六時を過ぎていた。
 そろそろあの小娘が帰って来る、そう思うと今まで生きて来て一度も感じた事の無い特殊な感情が芽生え、体がウズウズしてしまう。
 これは恐らく、体が子どもであるが故に、通常の倍以上に寂しさを覚えているのだ。絶対にそうだ。

 と、玄関の方から小娘の足音がする事に気付き、吾輩は動画を止めて玄関に向かう。
 ゴソゴソと何かを取り出す音と共に扉が開かれ、少し疲れた様子の小娘は笑顔を浮かべて。

「ただいま」

「うむ、ご苦労であった」

 生肉の良い匂いがする荷物を持つ小娘に、吾輩は昨日と同じ様に腕を組んで胸を張る。
 それと同時、吾輩と小娘の腹の虫が鳴り、何とも言えぬ空気になったのはすぐのことだった。
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