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15話 呼び出し

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 仕事に一区切りついたところで時計を見てみれば時刻は既に昼時が近い十一時。
 夢中になって仕事を進めていたのもあって、時間の経過がとても早く感じる。
 老いると一年が一週間と同じ程度に感じるようになると聞いた事があったが、知らぬ間に老いてしまったのだろうか。
 そんなどうでも良いことを考えながら書類を提出するべくまとめているとエレベーターが止まる音がした事に気付いた。
 傘部長に提出する書類をまとめながら後ろを振り返ると、そこには見覚えのある長身の男の姿があり、その独特な雰囲気から何となく誰かを察する。

「お久しぶりです、深川さん。昼休憩に入りましたら、社長室へ来てください。お話があるそうです」

「分かりました」

 昨日、社長のSPのように行動していた天狗木さんの言葉に私は頷きながらそう答えた。
 兄なのか弟なのかは分からないが彼は「よろしくお願いします」とだけ言うと去って行き。
 それを横で見ていた狐塚さんはからかうように。

「社長に呼び出されるなんてすごいね。秘書になれるかもよ?」

「もしなれたら今日のお昼は奢ってあげる」

 おかしそうに笑った狐塚さんはコピー機の方へと歩いて行き、私はまとめた書類を片手に部長の元へ足早に向かう。
 何か書類仕事をしていた傘部長は私に気付くと書類を受け取りながら。

「社長の秘書に出世、おめでとうございマス」

「き、聞いてたんですか」

「地獄耳なので」

 そう言って笑った傘部長は私の書類に一通り目を通すと不備が無かったらしく、一つ頷くと私を見て。

「これと言ってミスは無いようデスので、社長の元へ行って来ても構いませんよ。そろそろ昼休憩デスからね」

「では行って来ます」

 私は軽く頭を下げてその場を離れ、念のためデスクに置いておいたスマホを片手にエレベーターへ乗り込む。
 最上階であり社長室がある三十階のボタンを押しながら、一体どんな話をされるのだろうかと考える。
 あやかしが遂に特定出来たとか、そんな話だったりするのだろうか。もしそうだったら御礼の品を用意しなければならない。

 そんな事を考えながら最上階で停止したエレベーターから降りた私はすぐ近くの案内板を見てから社長室の方へと向かう。ここへ来るのが初めてだからである。
 そこそこ複雑な道順を辿って社長室の前に着いた私は一度深呼吸をして扉をノックする。

「先ほど呼び出しを受けました、深川桂里奈です」

「入れ」

 怒気を孕んだ返事でビクリと体が震え、私は途端に緊張と不安に苛まれながら室内へ入る。
 デスクに腰掛けたままイラついた雰囲気を見せる鬼塚社長に怯えていると私を見据えて。

「とりあえず、そこのソファにでも座ってくれや」

「は、はい」

 取って食われるのでは無いかという恐怖に襲われながら部屋の中央に置かれたソファに腰掛けると、溜息を吐きながら立ち上がった社長も対面のソファに腰掛ける。
 何か悪いことや失敗をしたのかと記憶内を探し回っていると彼は少し落ち着いた様子で。

「さっき大村と業務提携して技術開発を行う会議をしたんだがな……深川を返さないなら協力しないと言い始めた」

「えっ」


 予想の斜め上を行く話に言葉を失っていると社長は疲れた様子で溜息を吐いて。

「まあ、そんな事言い出すような企業と業務提携なんてムリだなと考えて断ったが……もし戻れと言われたら戻るか?」

「絶対にいやです。死んだ方がマシです」

「だそうだ、大村さん?」

 そう言って社長がデスクの方を向くと脇に立っていた天狗木さんがノートパソコンの画面をこちらへと向ける。
 そこには何度か見たことがある株式会社大村の社長である大村義一の不機嫌そうな顔が映し出され、全て聞かれていたのだと察する。
 すると鬼塚社長は申し訳無さそうな顔をして。

「悪いな、あんた本人の声が無いと引き下がらないとか言い始めてな」

「か、構いませんけど……」

 私はそう言いながら再び画面に映っている大村社長に目を向けると、深々と不快な溜息を吐いて。

「一体何がそんなに嫌なんだ? 給料はちゃんと払っているだろ」

「過労で倒れるまで扱き使っておいてよく言えますね」

 思わず言い返すと彼は青筋を浮かべ、私を睨み付けながら。

「それはお前の精神が弱いからだ! それなのに俺の会社のせいに――」

 そこまで言いかけたところで天狗木さんが会議用アプリを停止させ、パソコンをそっと閉じた。
 
「さて、そろそろ昼休憩だな。これであいつらと美味い飯でも食って来い」

 鬼塚社長はポケットから一万円札を取り出して私の手に握らせる。

「ありがとうございます。……その、私のせいでご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「迷惑掛けてるのはあのクソ野郎だから気にすんな」

 そう言って笑いかけてくれた社長に、私は少し泣きそうになりながら再び感謝の言葉を口にして部屋を出た。
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