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11話 帰路にて

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 あやかしデジタル本社を出た私はのんびりとした足取りで地下鉄へと向かう。
 久々の仕事なこともあって少し疲れたが大村で働いていた頃に比べればずっと楽なことには違いない。あの会社なら上手くやって行けそうな気がする。

 そんな事を考えながら地下鉄の入り口近くまで来ると、猫田さんが階段を降りて行こうとしている事に気付いた。
 どこか寄って行くところがあるとかで会社の前で別れたのだが、どうやら私よりも早く地下鉄に付いていたらしい。
 私は声を掛けるべきか迷いながら階段を下っていると、視線を感じたのか彼はこちらを振り返った。
 それによって目が合うと猫田さんは少し驚いた様子で立ち止まって。

「深川さんもこっちだったの?」

「そうなんです」

 私は少し急ぎ足で猫田さんの元へ向かうと、待ってくれていた彼は私に会わせるようにして歩き始める。
 と、スマホを取り出した彼は地図のアプリを開いて私に見せる。

「どの辺に住んでる? 俺はこの辺なんだけど」

 そう言って指差したのは私の家からそう遠く無い場所に位置する住宅群の中央だった。 
 想像の数十倍近い上に、高級住宅街が並ぶ場所である事に気付き、驚きながら私の家を教えると、やはり猫田さんもそこまで近いとは思っていなかったらしく、驚く素振りを見せた。
 
「こんなに近かったんなら、もしかしたらどこかで会ってるかもな」

「かもしれないですね。猫っぽい人を見かけた気がしますし」

 冗談めかして言うと猫田さんは「じゃあ会ってるじゃん」と笑い、ポケットから定期券を取り出す。
 それを見てハッとしながら私も定期券を取り出し、改札口を通って駅構内へと向かう。

「どうかした?」

「帰宅ラッシュを見るの久し振りだなって……」

 いつも帰る時間は帰宅ラッシュを大きく過ぎた二十四時から後で、いつもまばらに人が居る程度だった。
 しかし、定時なのもあってか人はかなり多く、その光景を見ていると物珍しさと違和感の混ざった何とも表現し難い感情が湧き上がる。
 と、猫田さんは察した様子で目を逸らして。

「そう言えば大村は定時で返してくれないもんな。忘れてたよ」

「そうなんです。本当に嫌になりますよ」

 思わず愚痴ると猫田さんもその頃を思い出したのか、げんなりとした様子で深いため息を吐いた。
 暗い雰囲気を作ってしまった事に少し後悔していると彼は作っているのが分かる笑みを浮かべて。

「ちょっと飲みに行かないか? 大村の愚痴でも吐いてスッキリしよう」

「そうしましょうか」

「そう来なくちゃな。近くて美味い店知ってるから、店選びは俺に任せとけ」

 頼もしいことを言ってくれる猫田さんに有難く思いながら、私は人生で初めての可能性がある帰宅ラッシュの電車に乗り込み。
 猫田さんの言う近くて美味しい店とやらに向かった。
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