さらばブラック企業、よろしくあやかし企業

星野真弓

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8話 二口食堂

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 会社から出て十分程度の距離で、人通りの少ない狭い道に位置している二口食堂。
 その外観は少し古さを感じさせるもので、建物の壁には小さいひびやツタなどが生えている。

「見た目はアレだけど中は綺麗だから安心してね」

「う、うん」

 狐塚さんの言葉に私は頷いたが、本当はその外観に不安を覚えている訳では無い。
 単純にこういった古い外観の店に入るのが始めてで、どんな料理が出て来るのか少し楽しみなのである。
 というのも、こういった古い店が今も尚続いているのはそれだけ料理が美味しい証拠だからだ。

 建物へ入って行く猫田さんたちの後を追うようにして私も中へと入ると、途端に良い香りが鼻腔を通り抜け、空腹がさらに刺激される。
 腹の虫が鳴りながら屋内を軽く見回すと昔ながらな印象を持たせる内装で、狐塚さんの言う通り清潔感がある。

「あらいらっしゃい。よく来たねぇ」

「今日もオススメをお願いします」

 店の奥から出て来た割烹着を着た老婆に猫田さんは会釈してそう言うと、彼女は「はいよ」とだけ言って奥へ戻って行った。
 近くの席に座り始めた皆に倣って私もそこへ座ると、隣に狐塚さんが座った。
 と、対面に腰掛けたかなり痩せた体をしている木綿谷もめたに先輩が興味津々な様子で。

「そう言えば深川さんってあやかし枠で入社したんだよね? 何のあやかしと関係があるの?」

 あやかし枠とはあやかしの血を受け継いでいたり、何らかの関りがある人が勧誘を受けて入社することらしい。

「はい、一応そうなんですが……何のあやかしかは分からないんです」

「お、君もだったか。俺もなんだよ」

 私の言葉に少し嬉しそうな反応を見せたのは相撲取りのような大柄な体格だが、優し気な雰囲気のある矢壁やかべ先輩だ。
 ここまで来る途中で聞かされたのだが、ここの部署で自分に宿るあやかしの正体が分からない人は矢壁さんしかいないらしい。
 と、全員分の水をコップに注いでくれた猫田さんはそれを配ると。

「じゃあ、全員自己紹介しとこうか。俺もまだ名前しか教えて無いからな」

 その言葉に全員が頷き、私は感謝の言葉を掛ける。 
 猫田さんは「気にするな」とだけ言い、自己紹介を始めた。

「俺は猫田蒼馬。苗字に猫って入ってるから察してるかもしれないけど、俺の先祖には猫又がいるらしい。受け継いでるのは気まぐれな性格だけだろうな」

 そのどこか猫っぽい雰囲気の正体が猫又だったことに驚きと共に納得していると、矢壁先輩が「次は俺だな」と呟いて。

「俺は入社四年目の矢壁遥斗だ。あやかし枠で入社したんだけど、未だに何の妖怪なのか分かってない。もしこれかなって思い付くものがあったら教えてくれると助かる」

 その言葉でじいっと矢壁先輩を見てみるが、その体格からなのか壁しか連想出来ず、私はその失礼な想像を振り払う。
 と、次は木綿谷先輩が自己紹介を始める。

「一反木綿が先祖、木綿谷徹だ。本物みたいに浮かぶことは出来ないけど存在は浮いてるってよく言われる」

 自嘲気味に笑いながら彼がそう言うと、横で猫田さんと矢壁先輩はブフッと吹き出し、私は笑って良いのか分からず苦笑する。
 
「話してるとこ悪いけど、料理出来たよ」

 その声に目を向けるとさっきの老婆と料理を乗せたワゴンがあり、いつの間に来たのだと内心驚く。
 ワゴンからテーブルに広げられたのは鰺の炭火焼き定食のようで、その良い匂いで薄れていた空腹が再び蘇る。
 するとそれは皆も同じだったらしく、自己紹介は後回しにして食べる事となり。
 私は久々に食べるその美味しい料理によって自然と頬が綻んだ。
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