上 下
7 / 106

7話 お昼時

しおりを挟む
 時刻はお昼の十二時。
 大村に居た頃は食べる時間も惜しくてゼリーやカロリーメイトなどで済ませていたのだが、仕事の少なさもあって時間にはかなり余裕がある。
 どこかに食べに行こうかなんて考えていると、丁度区切りの良い所まで仕事が終わった様子の猫田さんが。

「良かったら食べに行かない? ここら辺の美味しい店知ってるからさ」

「良いんですか? で、では、お言葉に甘えて……」

 社会人になってからは初めて食事に誘われた事による嬉しさから声が上擦ってしまったが猫田さんは気にする様子無く立ち上がり、他の先輩たちを誘い始める。
 私はPCの画面を閉じてから立ち上がり、財布とスマホをポケットに入れてエレベータの方へと向かう猫田さんの後を追う。
 すると彼はエレベーター前の自販機で飲み物を買おうとしていて、私に気付くと自販機を指差して。

「何か欲しいのあるか? 新入りってことで、何か買って上げるよ」

「じゃ、じゃあ、お茶をお願いします」

 猫田さんはコーラとお茶のボタンを押してそれらを取り出し、私はお礼を言いながら受け取る。
 そう言えば大村ではお茶を買って良いのは上司だけという暗黙の決まりがあったせいで、忙しい日はエナドリ以外飲めなかった記憶がある。
 嫌な記憶のせいで思わず溜息を吐くと、猫田さんは何かを思い出したように。

「そう言えば大村にはお茶とジュースは上司しか買えない決まりあったっけ」

「ありましたね。おかげで忙しい日なんてエナドリしか飲めなかったですから」

 あの部署だけの決まりだと思っていたのだが、大村ではどこでもこの決まりがあったらしい。
 今思えば、あの会社は昭和の高校を引きずっていたのかもしれない。
 その頃のことを思い出したらしい猫田さんは呆れたような笑みを浮かべて。

「ここにはそんな決まりないから、普通に飲みたいもの飲んでな。もし足りなくなった部長に」

「分かりました」

 そう答えつつ自販機を見ると、大村のそれとは違ってエナドリは二つしか無く、ジュースやお茶、コーヒーなどの普通のものが並んでいる。
 これはつまり、エナドリが必要になるような残業が少ないと言う事なのだろうか。

「猫田お待たせー。それじゃ行こうか」

 何か準備をしていたらしい他の先輩たちの言葉で、猫田さんはいじってたスマホをポケットに仕舞いながら。

「おう、今日は二口ふたくち食堂で良いよな?」

「良いよー」

 聞いた事の無い料理店の名前に私は首を傾げると、狐っぽい雰囲気を持ち、私と同い年である狐塚こづかさんが私の横に並んで。

「二口女の子孫が代々営業してる定食屋なの。凄く美味しいから安心してね」

「そうなんだ……ちょっと楽しみかも」

 敬語は使わないで欲しいと言われたため、ため口でそう言うと彼女は「楽しみにしてて」と笑う。
 そうして下から上がって来たエレベーターに乗り込んだ私たちは一階へと降り、お昼時なこともあって少し賑やかなロビーを通り抜け、二口食堂を目指して会社を出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。

香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー 私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。 治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。 隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。 ※複数サイトにて掲載中です

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

じいちゃんから譲られた土地に店を開いた。そしたら限界集落だった店の周りが都会になっていた。

ゆうらしあ
ファンタジー
死ぬ間際、俺はじいちゃんからある土地を譲られた。 木に囲まれてるから陽当たりは悪いし、土地を管理するのにも金は掛かるし…此処だと売ったとしても買う者が居ない。 何より、世話になったじいちゃんから譲られたものだ。 そうだ。この雰囲気を利用してカフェを作ってみよう。 なんか、まぁ、ダラダラと。 で、お客さんは井戸端会議するお婆ちゃんばっかなんだけど……? 「おぉ〜っ!!? 腰が!! 腰が痛くないよ!?」 「あ、足が軽いよぉ〜っ!!」 「あの時みたいに頭が冴えるわ…!!」 あ、あのー…? その場所には何故か特別な事が起こり続けて…? これは後々、地球上で異世界の扉が開かれる前からのお話。 ※HOT男性向けランキング1位達成 ※ファンタジーランキング 24h 3位達成 ※ゆる〜く、思うがままに書いている作品です。読者様もゆる〜く呼んで頂ければ幸いです。カクヨムでも投稿中。

処理中です...