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37話
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上司がやって来た日から二週間が経った。
最初の三日間は再び来るのではないかと警戒していたのだけれど、結局二度目の来訪はなかった。
一回で諦めるほど諦めは良く無い人だけど、三人の神様が守ってくれると話してくれたし、安心しても大丈夫なはずだ。
そんなことを頭の片隅で考えながらキーボードをカタカタと打ち込む。
何をしているのかといえば、農作物の管理ソフトを製作しているのである。
全て紙での管理であるため必要としている情報を探し出すのが面倒で仕方無く、効率も悪くて仕方ない。
と、軽い足音が廊下を歩いて来るのが聞こえ、美農だと察しながら後ろを振り返れば、外側から襖が開けられた。
「どうじゃ、進んでおるか?」
「うん、今のところは順調。前に作ったのをもう一回作って、ちょっと改造するだけだからね」
前の職場でも仕事の効率化のために使っていたソフト。
あれはネット上で拾ったものに、より業務へ特化した改造を加えたもので、そこに使用したコードは粗方覚えている。
そのおかげで一からの作り直しなのに、二日で七割は復元している。
後は農業により特化させる必要があるから、もう四日程度で完成させられるだろう。
「頑張っておるのう。コーラ持って来たのじゃ」
「ありがと」
わざわざコップにコーラを汲んで持って来てくれた美農にお礼を言いながら、お盆に載せられているそれを受け取る。
自分用も持って来ているあたり、ちょっとだけ見ていくつもりなのだろう。
「いつもよく働いておるのう」
「美農もみんなも頑張ってるじゃん。だからお互い様だよ」
コーラの入ったコップを傾けると、口の中でシュワシュワと炭酸が弾け、集中の切れかけていた頭がシャッキリする。
デスク脇の私のベッドにちょこんと腰掛けた美農は、尻尾をご機嫌そうに揺らしながら、自分もコーラを口にする。
「前職は技術系では無かったのじゃろう? なぜプログラミングがそんなに出来るのじゃ?」
「大学の授業でプログラミング系の科目があってね。段々ハマっちゃって、自分で色々と作るのが楽しくなったの。お小遣い稼ぎも出来たしさ」
自分で作ったソフトをネット上で販売してみたところ、意外と需要があったようで、バイト程度には稼ぐことが出来たのも大きい。
「童も出来るようにならねばならないな。いつまでも夏月一人に任せるわけにはいかぬ」
「確かにそうだね。私はそのうち死んじゃうし、代わりに出来る人がいないといけないもんね」
「悲しいこと言わないで欲しいのじゃ」
耳と尻尾をしゅんと垂れ下げる彼女に、ごめんごめんと謝りながら撫で回す。
ふわふわな毛並みを堪能させてもらって癒されたところで、作業を再開する。
「今は何を作っている所なのじゃ?」
「ある程度、複雑な計算ができる機能って言えば良いのかな。色々な条件を付けて計算したり、保存した数字を簡単に呼び起せるみたいな」
「ふむ、おおよそは分かったのじゃ」
普通の電卓でも出来る事ではあるのだけれど、やはりそう言った機能の付いている方が効率的となるのは間違いない。
……もしかして、上司がわざわざ私を探し出してまでやって来たのは、あのソフトの使い方を教えて欲しかったからなのだろうか。
ふとそんなことを考え付いてしまって、面倒ごとを起こされるくらいなら説明書でも残しておくべきだったと、ちょっとだけ後悔してしまう。
カタカタとキーボードを叩く音に加えてパタパタと尻尾の揺れる音が混ざった少しだけ賑やかな部屋。
モフモフさせてもらうためにも真剣に手を動かしていると、再び廊下を歩いて来る音が聞こえ始める。
「お邪魔しますー」
間の抜けた声と共に襖が開けられ、振り返ると湯気立つ茶飲みを三つ乗せた楓と千春の姿があった。
二人は私のベッドで寛ぐ美農に気付くと少し驚いた顔をして。
「どこにもいないと思ったらここにいたんですね! 何人か探してましたよ?」
「なぬ? 呆けている場合では無かったか」
そう呟いた彼女は、空になったコップを盆に乗せ、「また後でな」とだけ言って部屋を後にした。
そんな彼女と入れ替わるようにして私のベッドに腰掛けた二人は、興味津々な様子でもこもこ尻尾を振り振りする。
「お仕事どうですか? 手伝えることあったら何でも言ってくださいね」
「ありがとう。お茶汲んでくれるだけでも十分嬉しいよ」
本音を言えばこの作業を手伝ってもらいたいのだけれど、そんな無理を頼むわけにはいかない。
美農から許可が出て、今の仕事が終わったら、暇している子にプログラミングを教えて、一緒に仕事を出来る環境を作るのも考えた方が良いかもしれない。
今後の予定を頭の中で組み立てながら淹れたてのお茶を口にしていると、楓が何やら嬉しそうな顔をして。
「来週の四連休は旅行に行こうって話が出てるんです。ご一緒にどうですか?」
「行きたい……けど、人里に出て大丈夫なの?」
祝日と土日が重なったところに、美農の独断で入られた休みによって作り上げられた四連休。
屋敷で暇するよりはその方が楽しそうであるが、人里に出て化けているたぬきだとバレてしまうのではないかと不安がある。
すると千春がハッとした顔をして。
「話していませんでしたが、山を越えた先に天狗様が経営しているホテルがあるんです。人間も少なからずやって来ますが、あやかしと関わりがある人だけなので問題はありません」
「そっか、なら安心だね。それまでに仕事片付けられるかな……」
「そんなに張り詰めなくて大丈夫だと思います! 妖狐様は時間にとてもルーズですから」
それは一ヶ月程度働いている事もあって分かっている。
ただ、仕事が終わる前に長期休暇に入ってしまうともやもやしてしまって、折角の旅行なのに楽しさが半減してしまいそうだ。
――ここは、みんなと楽しめるように、今週の土日を返上して仕事するとしようか。
最初の三日間は再び来るのではないかと警戒していたのだけれど、結局二度目の来訪はなかった。
一回で諦めるほど諦めは良く無い人だけど、三人の神様が守ってくれると話してくれたし、安心しても大丈夫なはずだ。
そんなことを頭の片隅で考えながらキーボードをカタカタと打ち込む。
何をしているのかといえば、農作物の管理ソフトを製作しているのである。
全て紙での管理であるため必要としている情報を探し出すのが面倒で仕方無く、効率も悪くて仕方ない。
と、軽い足音が廊下を歩いて来るのが聞こえ、美農だと察しながら後ろを振り返れば、外側から襖が開けられた。
「どうじゃ、進んでおるか?」
「うん、今のところは順調。前に作ったのをもう一回作って、ちょっと改造するだけだからね」
前の職場でも仕事の効率化のために使っていたソフト。
あれはネット上で拾ったものに、より業務へ特化した改造を加えたもので、そこに使用したコードは粗方覚えている。
そのおかげで一からの作り直しなのに、二日で七割は復元している。
後は農業により特化させる必要があるから、もう四日程度で完成させられるだろう。
「頑張っておるのう。コーラ持って来たのじゃ」
「ありがと」
わざわざコップにコーラを汲んで持って来てくれた美農にお礼を言いながら、お盆に載せられているそれを受け取る。
自分用も持って来ているあたり、ちょっとだけ見ていくつもりなのだろう。
「いつもよく働いておるのう」
「美農もみんなも頑張ってるじゃん。だからお互い様だよ」
コーラの入ったコップを傾けると、口の中でシュワシュワと炭酸が弾け、集中の切れかけていた頭がシャッキリする。
デスク脇の私のベッドにちょこんと腰掛けた美農は、尻尾をご機嫌そうに揺らしながら、自分もコーラを口にする。
「前職は技術系では無かったのじゃろう? なぜプログラミングがそんなに出来るのじゃ?」
「大学の授業でプログラミング系の科目があってね。段々ハマっちゃって、自分で色々と作るのが楽しくなったの。お小遣い稼ぎも出来たしさ」
自分で作ったソフトをネット上で販売してみたところ、意外と需要があったようで、バイト程度には稼ぐことが出来たのも大きい。
「童も出来るようにならねばならないな。いつまでも夏月一人に任せるわけにはいかぬ」
「確かにそうだね。私はそのうち死んじゃうし、代わりに出来る人がいないといけないもんね」
「悲しいこと言わないで欲しいのじゃ」
耳と尻尾をしゅんと垂れ下げる彼女に、ごめんごめんと謝りながら撫で回す。
ふわふわな毛並みを堪能させてもらって癒されたところで、作業を再開する。
「今は何を作っている所なのじゃ?」
「ある程度、複雑な計算ができる機能って言えば良いのかな。色々な条件を付けて計算したり、保存した数字を簡単に呼び起せるみたいな」
「ふむ、おおよそは分かったのじゃ」
普通の電卓でも出来る事ではあるのだけれど、やはりそう言った機能の付いている方が効率的となるのは間違いない。
……もしかして、上司がわざわざ私を探し出してまでやって来たのは、あのソフトの使い方を教えて欲しかったからなのだろうか。
ふとそんなことを考え付いてしまって、面倒ごとを起こされるくらいなら説明書でも残しておくべきだったと、ちょっとだけ後悔してしまう。
カタカタとキーボードを叩く音に加えてパタパタと尻尾の揺れる音が混ざった少しだけ賑やかな部屋。
モフモフさせてもらうためにも真剣に手を動かしていると、再び廊下を歩いて来る音が聞こえ始める。
「お邪魔しますー」
間の抜けた声と共に襖が開けられ、振り返ると湯気立つ茶飲みを三つ乗せた楓と千春の姿があった。
二人は私のベッドで寛ぐ美農に気付くと少し驚いた顔をして。
「どこにもいないと思ったらここにいたんですね! 何人か探してましたよ?」
「なぬ? 呆けている場合では無かったか」
そう呟いた彼女は、空になったコップを盆に乗せ、「また後でな」とだけ言って部屋を後にした。
そんな彼女と入れ替わるようにして私のベッドに腰掛けた二人は、興味津々な様子でもこもこ尻尾を振り振りする。
「お仕事どうですか? 手伝えることあったら何でも言ってくださいね」
「ありがとう。お茶汲んでくれるだけでも十分嬉しいよ」
本音を言えばこの作業を手伝ってもらいたいのだけれど、そんな無理を頼むわけにはいかない。
美農から許可が出て、今の仕事が終わったら、暇している子にプログラミングを教えて、一緒に仕事を出来る環境を作るのも考えた方が良いかもしれない。
今後の予定を頭の中で組み立てながら淹れたてのお茶を口にしていると、楓が何やら嬉しそうな顔をして。
「来週の四連休は旅行に行こうって話が出てるんです。ご一緒にどうですか?」
「行きたい……けど、人里に出て大丈夫なの?」
祝日と土日が重なったところに、美農の独断で入られた休みによって作り上げられた四連休。
屋敷で暇するよりはその方が楽しそうであるが、人里に出て化けているたぬきだとバレてしまうのではないかと不安がある。
すると千春がハッとした顔をして。
「話していませんでしたが、山を越えた先に天狗様が経営しているホテルがあるんです。人間も少なからずやって来ますが、あやかしと関わりがある人だけなので問題はありません」
「そっか、なら安心だね。それまでに仕事片付けられるかな……」
「そんなに張り詰めなくて大丈夫だと思います! 妖狐様は時間にとてもルーズですから」
それは一ヶ月程度働いている事もあって分かっている。
ただ、仕事が終わる前に長期休暇に入ってしまうともやもやしてしまって、折角の旅行なのに楽しさが半減してしまいそうだ。
――ここは、みんなと楽しめるように、今週の土日を返上して仕事するとしようか。
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