上 下
28 / 38

28話

しおりを挟む
「詩音ちゃーん」

 上の階に響かない程度の声量で彼女の名を呼ぶ。
 さっきのお菓子が貯蓄されている部屋は確認したがその姿は無く、他にお菓子などの食べ物がありそうな部屋にもいなかった。
 そのため、今はしらみつぶしに部屋を開けて捜索を続けている。千春はカメラに映っていないかの確認、逃がしてしまったたぬき娘の二人と私ははそれぞれ分かれて屋敷内を捜索している。

「どこ行ったんだろ……」
 
 思わず呟きながら襖を開けると、部屋の奥に置かれている箱から尻尾がひょっこりとはみ出ていた。
 頭隠して尻隠さずなその有様に苦笑してしまいながら近付き、驚かせてしまわないようにゆっくりと開ける。

「やっぱり」

「な、なんで?」

「お姉さんには丸分かりなの」

「うー」

 悔しそうに呻いた彼女だが、見つけて貰えたのが嬉しいのか、尻尾はご機嫌そうに揺れて、ぎゅーっと抱き着く。
 スマホで発見したことを千春に伝えながら彼女の小さな背中を摩り、疑問を投げかける。

「どうして隠れたりなんてしたの? みんな詩音ちゃんのこと心配してたんだよ?」

「あそびたかったんだもん……」

「それならお日様が出てるうちの方が良いんじゃないかな?」

「みんなかまってくれないし……」

 悪い事をした自覚はあるようでしょんぼりと目を伏せる彼女を見て、この屋敷に同じ年頃の女の子がいないことに気付いた。
 遊び相手がいない故に彼女はいつも独りぼっちで寂しかったのだろうと察しが悪い私でもすぐに分かり、なんだか私まで寂しくなってしまいながら彼女のちみっちゃい体を抱き締める。

「そっか、寂しかったんだね。詩音ちゃんの気持ちわかるよ」

「おねえちゃん、好き!」

 むぎゅーっと抱き着きながら尻尾を振り回す詩音を見ていると、高校で初めて友達が出来た時のことを思い出す。
 寂しさから解放された時は嬉しかったなと思い出すと同時に、友達に彼氏が出来てから私と関わろうとしなくなった悲しみで血を吐きそうになる。

「詩音ちゃん、そろそろ――」

 声を掛けようとした時には抱き着いたまま寝息を立てていて、その自由奔放っぷりを見ていると千春たちも苦労しているのが伺える。
 と、詩音の体がぽんと音を立てて子どものたぬきの姿になり、もこもこでふわふわでちびっこい体をむぎゅと抱き締めながら立ち上がる。
 まるでぬいぐるみのように可愛らしく、湯たんぽのように温かく、たぬきはどうしてこんなに可愛いのだろうと考えてしまう。
 と、後ろでドタドタと足音が聞こえて来た。

「夏月さん、ありがとうございます……もしかして寝ちゃいました?」

「うん、寝ちゃった。寂しかったんだって」

「……なるほど」

 大体察した様子で静かに呟いた彼女は、すやすやと眠る詩音の頭を撫でる。
 耳がピクピクと反応するものの、全く目覚める様子は無く、その無防備っぷりは清々しさがある。
 
「この子、部屋に戻したら休憩入りましょうか」

「そうだね、休憩しよっか」

 詩音を抱っこし直した私は立ち上がり、二階の彼女の部屋へ向かう。
 途中でたぬき娘二人を回収しつつ彼女の部屋へ向かい、子供用ベッドにポンと乗せて布団を掛ける。
 
「いい夢見てね」

 頭をヨシヨシしてあげるとむにゃむにゃ言いながら寝返りを打ち、枕元にあったぬいぐるみに頭が乗っかる。
 この光景を見たらどちらがぬいぐるみなのか分からなくなる。ネットでシェアしてみたいものだが……屋敷の決まりでそれが出来ないのが悲しいところだ。
 
「とりあえず、警備員室戻りましょっか」

「だね。二人もお疲れ様」

「「ご迷惑をおかけしました……」」

 心底申し訳なさそうに頭を下げた二人に気にしないよう言って部屋を出た私と千春は真っ直ぐ警備員室へと向かう。
 正直なところ、何も起きないのでは暇だったし、ちょっとしたイベントが発生してくれた方が楽しいというものだ。
 
 それにしても、あれだけ屋敷の中を歩き回ったと言うのにまだ二時か。
 広いお屋敷の中を歩き回るのは楽しかったけれど、脚はあんまり鍛えてないこともあって少し疲れて来てしまった。
 モニター前のパイプ椅子に腰掛けながら疲労の溜まった足を伸ばしていると、千春はテーブル上に放置されていたトランプを手に取りシャッフルしながら。

「どうすればあの子が寂しくならないんでしょうね」

「うーん……同い年くらいの子ってこの辺にいないの?」

「あ、猫又様のところに幼い猫がいた覚えがあります。あちらの屋敷を訪問した時、可愛らしい猫がお出迎えしてくださいました」

「じゃあその子と遊ばせてみるのもアリかもね。私しばらく暇だから、明日か明後日にでも話してみようかな」

「その時はご一緒します。私も暇なので」

 そう言いながら私と自分の元にトランプを配り始めた千春に礼を言いつつ、チラとモニターに目を向ける。
 するとそこには眠たげな目を擦りながらトイレの方へ歩く美農の姿が映し出されていた。

「そう言えばさ、なんで美農と一緒に住んでるのはたぬきなの?」

「詳しいことは私も知りませんが、妖狐様が生まれたばかりの頃、化けるたぬきと仲良くなったから……と聞いたことがあります」

「そっか……あの子ってずっと昔から生きてるんだもんね」

 思えば美濃については知らないことばかりだ。
 いつの日か、彼女の持つ歴史を教えてもらえる時が来るのだろうか。
 
「じゃ、ババ抜きでもしましょっか」

「うん」

 返事しながらいらないカードをポイポイ捨てて手持ちを整える。
 さて、明日はちょこっとだけ忙しくなりそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー

ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
T-4ブルーインパルスとして生を受けた#725は専任整備士の青井翼に恋をした。彼の手の温もりが好き、その手が私に愛を教えてくれた。その手の温もりが私を人にした。 機械にだって心がある。引退を迎えて初めて知る青井への想い。 #725が引退した理由は作者の勝手な想像であり、退役後の扱いも全てフィクションです。 その後の二人で整備員を束ねている坂東三佐は、鏡野ゆう様の「今日も青空、イルカ日和」に出ておられます。お名前お借りしました。ご許可いただきありがとうございました。 ※小説化になろうにも投稿しております。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

処理中です...