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22話

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 楓に教えてもらったプランクの姿勢を維持する。
 腕とつま先で全体重を支えるこの姿勢は中々キツイもので、毎日十分程度やっていても、体がぷるぷると震えてしまう。
 と、スマホが一分経過したことを知らせ、カーペットの上に倒れ込む。

「疲れた……」

 思わず呟きながら寝転び、スマホで気分が乗るような動画を探していると、廊下の方から入っても良いかと声が掛かった。
 楓だとすぐに分かりながら返事をするとジュースの入ったコップを二つ、お盆に乗せて部屋へ入って来て、片方を私に差し出した。

「今日はお疲れさまでした。しばらくお休みなんですよね?」

「美農が今日からしばらく休みなさいって。優しいよね」

 ドローンの自動操縦が完了した褒美の一つとして、三日間の休みを貰えることになった。
 休日もやることが無かったためプログラミングをしていたのを、休日返上で働いていると勘違いされてしまったらしく、一日追加で休むように言われてしまったのである。
 しかし、休みになってもやることは筋力トレーニングとゲームくらいしか無く、暇になる事は容易に想像出来る。
 暇潰しに機械化へ向けて、もっと色々調べる事にしようか。

「そう言えば夏月さんって彼氏さんとかいらっしゃらないんですか?」

「年齢と彼氏いない歴が同じだからねえ。学校行ってた時は人見知りで男子と話したことも無いくらいだし」

「うーん……」
 
 唸りながら私の眼鏡を取った彼女は、ぼやけた視界でも分かる程度に首を傾ける。

「都会の人って見る目無いんですねー」

「お世辞なんて言ってもナデナデしか出ないよ?」

 真ん丸なたぬき耳を撫で回すと、彼女はくすぐったそうにしながら私へ眼鏡を返し、ぽふんと煙でその身を包んだ。
 それが晴れるとこの前に美農が抱き枕のようにしていたあのたぬきの姿があり、ひょいと私の膝の上に載ってお腹を見せる。

「可愛いねえ」

「ありがとうございます」

 たぬきの姿でも話せることに少し驚きながらお腹を撫でる。
 いつもお風呂でしっかり洗っているだけあってその毛並みは素晴らしく、ふかふかな体毛とふわふわなお腹の二つの感触が合わさり、顔を埋めたくなるほど心地良い。
 撫で回される彼女も気持ち良いのか、短い手足をぴーんと伸ばし、つぶらな瞳を細める。

 ふと、小学生の時の友達が飼っていた犬が下あごを撫でられて喜んでいたことを思い出し、試しにそこを撫でてみれば、もっともっとと前足でせがむ。
 可愛すぎるその仕草に癒されてもっと撫で回していると、満足したのか私の膝から降りて、人の姿に戻った。
 
「夏月さんのせいで撫でられるの好きになっちゃいました」

「また撫でてあげる」

「その時はよろしくお願いします」

「うん、任せて」

 冗談めかしてそんなことを言った彼女に頷いて見せると楽しそうに笑う。
 と、スマホが休憩の終わりを知らせるアラームを鳴らし、楓は不思議そうな顔をして覗き込む。

「あ、筋トレしてたんですか?」

「うん、プランクやってた。一緒にやる?」

「暇なのでやります!」

 即答した楓はすぐさまその体勢を取り、私もそれに続いて体勢を取る。
 そんなこんなでみっちり一時間も筋トレをすることになり、運動不足な体がピクリとも動かせなくなった。
 どうしたものかと悩みながらカーペットに寝そべっていると、楓はかなり余裕がある様子で微笑んで。

「まだまだですね。この程度でへこたれていてはダメですよ?」

「うぐぐ……」

 さっきまで私の膝の上でへそ天していたたぬきに言われるのは悔しく、しかし反論も出来ないため唸るしかない。
 ただ、彼女との距離を縮められたのを感じ取れて嬉しさもあり、微妙な感情に苛まれる。

「お風呂、入ろうか」

「ですね」

 にっこりと微笑んだ彼女に手を貸されながら立ち上がった私は、パジャマとタオルを持って部屋を出る。

「パジャマ取って来ますね」

「はーい」

 自室へ小走りで向かって行った楓を微笑ましく思いながら壁に背を預けていると、別の部屋の襖が開いた。
 そちらに目を向ければ畳まれた寝間着を片手に持つ千春の姿があり、こちらに気付くと明るい表情を浮かべて駆け寄って来た。

「お仕事、お疲れさまでした。たった二週間であそこまで進展させられるなんて思ってもみませんでした」

「千春もお金出す判断してくれてありがとね。良いドローンを買ってくれなかったらあんなに上手くいかなかったよ」

 安いものを選んでいたらこう上手くいかなかったのは間違いない。
 あの後、暇な時にネットを漁っていたら、SNSで安い農薬散布ドローンに関する愚痴がいくつも散見された。
 精度が悪くて隅の方に農薬を撒けていない、風で進路がズレる、通信が切れて明後日の方向へ勝手に飛んで行ってしまう……それらを見た時は千春と美農に感謝したものだ。

 と、お礼を言われたのが嬉しいのか頬を赤らめて俯き、尻尾が「やったー!」と叫ぶように激しくクネクネ揺れる。
 顔には感情があまり出ないのに彼女の気持ちがとても分かりやすく、何と可愛いのだろうかと感動していれば、タオルと寝間着を抱えた楓がやって来た。

「三人で行きますか?」

「うん、行こう」

「お、お邪魔なんじゃ……」

「良いから。ほら、行くよ」

 遠慮しようとした千春の手を握ると尻尾がぶんぶんと音を鳴らすほど左右に揺れ、それを見た楓が噴き出した。
 そんな二人を見てふと疑問が湧いた私は、ニヤニヤが止まらない楓に尋ねる。

「そう言えばさ、楓と千春ってどっちが年上なの?」

「ポコ葉……千春です。私が今年で七十八年で、千春は百五年になります」

「二人ともすごっ」

「と、年を重ねるだけなら誰でも出来ますから……」

 見た目も言動も私と同年代の女の子みたいなのに、年齢は何倍もの差がある。
 それなのにその事を誇らず、謙虚な言動をする彼女たちのためなら、明日からの休日でも働いたって構わないと思ってしまう。
 階段を降りながらそんなことを考えていると、ほぼ無意識に言葉が出た。

「全人類たぬきになれば良いのに」

「それって、夏月さんがたぬきになりたいだけじゃ……」

「まあね。私もふわふわなボディになって撫で回されたいもん」

「何を言っているのじゃ?」

 後ろから声が掛かって振り返れば、他のたぬき娘と共に風呂へ向かっている所だったらしき美農の姿があった。
 会話が聞こえていたらしいたぬき娘たちがおかしそうに笑う中、美農は呆れたような顔をして。

「そんなにたぬきになりたいのかの?」

「まあね。楽しそうじゃん?」

「よく分からん奴じゃの。ほれ、無理な話ばかりしてないで風呂入るぞ」

 そう言って先導する様に歩き出した美農をひょいと抱っこした私は、いつの間にか周囲をたぬきたちに囲まれた状態になっていることに気付く。
 オセロだったらたぬきになるところなのにと、アホな事を考えながら、お湯の香りがする方へ向けてのんびりと進んだ。
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