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15話
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ベッドに寝頃がりながらスマホでゲームをする。
ひと段落着いたところで私の枕に顔を埋めて寝息を立てる美濃の尻尾をナデナデする。
くすぐったいのか時々左右に揺れるそれは、見ているだけでニヤニヤしてしまう。
と、廊下を歩く音が聞こえ始め、私の部屋に近寄って来ているのが分かる。
「夏月様、入ってもよろしいですか?」
「いいよー」
どうやらたぬ子だったらしく、彼女の問いに二つ返事する。
襖をお上品な動作で開けて入って来た彼女は、ベッドですやすやと寝息を立てる美濃を見てクスクスと笑う。
「寝ちゃったんですね」
「私が来る前もこんな感じなの?」
「いつもこんな感じですよ。私の部屋で寝ちゃうこともありましたから」
「おこちゃまだねー」
もこもこな尻尾を撫でながら笑うと、尻尾が不服そうに私の顔をビンタした。
ふかふか過ぎて全く痛みが無いその攻撃に笑ってしまっていると、たぬ子は申し訳なさそうな顔をして。
「この前、良い運動を教えるようなこと言ってそのまま忘れていたんですが、今教えますか?」
「あー、そう言えばそんなこと話したね。じゃあ、折角だし教えてよ」
「任せて下さい!」
そう言ってベッドから立ち上がった彼女は、床に敷いてあるカーペットの上で腕立て伏せっぽい体勢を取った。
しかし、普通なら両手を付けるところなのだが肘を付け、頭から足までを一直線に揃えるように。
「一つ目は体幹トレーニングのプランクです。腕立て伏せでも似たようなことが出来ますが、腕と脚先だけで体を支え続けるというものです」
「おお……」
体全体に力が入っているようで、尻尾も天に向けてピンと立ちあがる。
真似してその隣で私もやってみると、体中の筋肉が刺激されているのを感じられ、体中がぷるぷると震えてしまう。
一方でたぬ子の方は微動だにせず、尻尾も一切動かない。
「こ、これ、いつまで続けるの?」
「初心者なら一分、慣れて来たら一分ずつ増やすと良いんじゃないかなって思います」
一分……。十秒だけでもキツイのに、この体勢を一分間も続けるというのか。
壁掛け時計をチラチラ見ながら頑張って姿勢を維持し続けてみるが、スマホを弄っていれば一瞬で過ぎ去るはずの三十秒が、一時間以上に感じられるほど長く感じられる。
「もう無理……」
何とか四十秒まで耐えたが、苦しくなって倒れ込んでしまった。
横ではたぬ子が強者の余裕を見せつけるようにふふふとお上品に笑って。
「まだまだですね。これが安定して出来るようになったら疲れにくい体を作れますから頑張って下さい」
「喋りながら出来るの凄いね」
そう、彼女は喋りながらもプランクの姿勢を維持しているのである。
喋る余裕なんて無いくらいキツかったのに、一体この子の体はどうなっているのだ。
「尻尾触って良い?」
「だめです」
むすっと頬を膨らませて見せた彼女に軽く謝罪していると、美農がむくりと起き上がった。
「何をしておるのじゃ?」
「筋トレ」
「むさくるしいのじゃ」
そうは言いながらも興味津々らしく、ぷるぷると震え始めたたぬ子の真似を始める。
短い手足で頑張る美農の尻尾もぴーんと立ち上がり、尻尾が生えていると力む時に尻尾が立ってしまうらしい事が伺える。
引っ越しの時に重たい荷物をひょいひょいと運んでいただけあって、彼女の体も綺麗な姿勢を容易に維持して見せた。
「えいっ」
「にゃむっ?!」
美農に負けたのが悔しく、尻尾にぎゅっと抱き着いてみるとヘンテコな声を出して崩れ落ちた。
お風呂で念入りに洗っていただけあってふわふわで心地良く、そしてシャンプーの良い香りがする。
「セクハラお化けめ」
「何ですと?」
「ほれほれー」
セクハラだのと言ってきた割に尻尾を動かして挑発して来る美農に、負けじとこちょこちょをする。
するとたぬ子も参戦してきてキャッキャと歓声が上がり――
「……あれ?」
気付けば窓の外では朝日が昇っていた。
床で寝ていたせいで体中がガチガチで、軽く体を解しながら起き上がれば、私のベッドの上では美農ともふもふなたぬきを抱き締めて寝息を立てていた。
見た目はただのたぬきなのに既視感があり、試しに背中を撫でてみると。
「うぅ?」
美農の抱き枕だったのが一転、ぽふんと音を立ててたぬ子が現れ、今度は美農を抱き枕にした。
変身している姿も十分なほど可愛らしいのに、その正体は毛むくじゃらの愛らしいたぬきとは、可愛がられるために生まれて来たのではないだろうか。
「おあようございます」
「呂律回って無いね」
「……あれ、もしかして夏月様を床で寝かせてしまいましたか?」
「まあね。でも、二人が心地良く眠れたんなら良かった」
「も、申し訳ありません」
慌てて謝罪した彼女に気にしないよう言っていると、たぬ子の腕の中で寝息を立てていた美農も薄っすらと瞼を開けた。
ふわふわほっぺを指でぷにぷにしていると、彼女は大きな欠伸をして。
「おはようなのじゃ……何で童はここにおるのじゃ?」
「部屋から拉致って来たからって言ったらどうする?」
「地下室に閉じ込めるのじゃ」
「怖いこと言わないでよ」
というか、この屋敷に地下室なんてあったんだ。地図にそれらしきものは無かった気がするのだけれど……。
どうでも良いところに疑問を感じているとたぬ子が壁掛け時計に目を向けて。
「そろそろ朝ご飯の時間ですね。行きましょうか」
「あ、そうだね。行こうか」
バッキバキに固まった体を解しながら立ち上がった私は、まだまだ眠たそうな美農を抱っこして立ち上がり、朧気に感じる空腹を満たすべく部屋を出た。
ひと段落着いたところで私の枕に顔を埋めて寝息を立てる美濃の尻尾をナデナデする。
くすぐったいのか時々左右に揺れるそれは、見ているだけでニヤニヤしてしまう。
と、廊下を歩く音が聞こえ始め、私の部屋に近寄って来ているのが分かる。
「夏月様、入ってもよろしいですか?」
「いいよー」
どうやらたぬ子だったらしく、彼女の問いに二つ返事する。
襖をお上品な動作で開けて入って来た彼女は、ベッドですやすやと寝息を立てる美濃を見てクスクスと笑う。
「寝ちゃったんですね」
「私が来る前もこんな感じなの?」
「いつもこんな感じですよ。私の部屋で寝ちゃうこともありましたから」
「おこちゃまだねー」
もこもこな尻尾を撫でながら笑うと、尻尾が不服そうに私の顔をビンタした。
ふかふか過ぎて全く痛みが無いその攻撃に笑ってしまっていると、たぬ子は申し訳なさそうな顔をして。
「この前、良い運動を教えるようなこと言ってそのまま忘れていたんですが、今教えますか?」
「あー、そう言えばそんなこと話したね。じゃあ、折角だし教えてよ」
「任せて下さい!」
そう言ってベッドから立ち上がった彼女は、床に敷いてあるカーペットの上で腕立て伏せっぽい体勢を取った。
しかし、普通なら両手を付けるところなのだが肘を付け、頭から足までを一直線に揃えるように。
「一つ目は体幹トレーニングのプランクです。腕立て伏せでも似たようなことが出来ますが、腕と脚先だけで体を支え続けるというものです」
「おお……」
体全体に力が入っているようで、尻尾も天に向けてピンと立ちあがる。
真似してその隣で私もやってみると、体中の筋肉が刺激されているのを感じられ、体中がぷるぷると震えてしまう。
一方でたぬ子の方は微動だにせず、尻尾も一切動かない。
「こ、これ、いつまで続けるの?」
「初心者なら一分、慣れて来たら一分ずつ増やすと良いんじゃないかなって思います」
一分……。十秒だけでもキツイのに、この体勢を一分間も続けるというのか。
壁掛け時計をチラチラ見ながら頑張って姿勢を維持し続けてみるが、スマホを弄っていれば一瞬で過ぎ去るはずの三十秒が、一時間以上に感じられるほど長く感じられる。
「もう無理……」
何とか四十秒まで耐えたが、苦しくなって倒れ込んでしまった。
横ではたぬ子が強者の余裕を見せつけるようにふふふとお上品に笑って。
「まだまだですね。これが安定して出来るようになったら疲れにくい体を作れますから頑張って下さい」
「喋りながら出来るの凄いね」
そう、彼女は喋りながらもプランクの姿勢を維持しているのである。
喋る余裕なんて無いくらいキツかったのに、一体この子の体はどうなっているのだ。
「尻尾触って良い?」
「だめです」
むすっと頬を膨らませて見せた彼女に軽く謝罪していると、美農がむくりと起き上がった。
「何をしておるのじゃ?」
「筋トレ」
「むさくるしいのじゃ」
そうは言いながらも興味津々らしく、ぷるぷると震え始めたたぬ子の真似を始める。
短い手足で頑張る美農の尻尾もぴーんと立ち上がり、尻尾が生えていると力む時に尻尾が立ってしまうらしい事が伺える。
引っ越しの時に重たい荷物をひょいひょいと運んでいただけあって、彼女の体も綺麗な姿勢を容易に維持して見せた。
「えいっ」
「にゃむっ?!」
美農に負けたのが悔しく、尻尾にぎゅっと抱き着いてみるとヘンテコな声を出して崩れ落ちた。
お風呂で念入りに洗っていただけあってふわふわで心地良く、そしてシャンプーの良い香りがする。
「セクハラお化けめ」
「何ですと?」
「ほれほれー」
セクハラだのと言ってきた割に尻尾を動かして挑発して来る美農に、負けじとこちょこちょをする。
するとたぬ子も参戦してきてキャッキャと歓声が上がり――
「……あれ?」
気付けば窓の外では朝日が昇っていた。
床で寝ていたせいで体中がガチガチで、軽く体を解しながら起き上がれば、私のベッドの上では美農ともふもふなたぬきを抱き締めて寝息を立てていた。
見た目はただのたぬきなのに既視感があり、試しに背中を撫でてみると。
「うぅ?」
美農の抱き枕だったのが一転、ぽふんと音を立ててたぬ子が現れ、今度は美農を抱き枕にした。
変身している姿も十分なほど可愛らしいのに、その正体は毛むくじゃらの愛らしいたぬきとは、可愛がられるために生まれて来たのではないだろうか。
「おあようございます」
「呂律回って無いね」
「……あれ、もしかして夏月様を床で寝かせてしまいましたか?」
「まあね。でも、二人が心地良く眠れたんなら良かった」
「も、申し訳ありません」
慌てて謝罪した彼女に気にしないよう言っていると、たぬ子の腕の中で寝息を立てていた美農も薄っすらと瞼を開けた。
ふわふわほっぺを指でぷにぷにしていると、彼女は大きな欠伸をして。
「おはようなのじゃ……何で童はここにおるのじゃ?」
「部屋から拉致って来たからって言ったらどうする?」
「地下室に閉じ込めるのじゃ」
「怖いこと言わないでよ」
というか、この屋敷に地下室なんてあったんだ。地図にそれらしきものは無かった気がするのだけれど……。
どうでも良いところに疑問を感じているとたぬ子が壁掛け時計に目を向けて。
「そろそろ朝ご飯の時間ですね。行きましょうか」
「あ、そうだね。行こうか」
バッキバキに固まった体を解しながら立ち上がった私は、まだまだ眠たそうな美農を抱っこして立ち上がり、朧気に感じる空腹を満たすべく部屋を出た。
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