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私が第一王子のフロイデン殿下と婚約したのは十五歳だった頃だ。
今になって考えれば王族ですら容易に手出しが出来ない公爵家の令嬢だから婚約せざるを得なかったのかもしれないが、幼かった私には本当に愛し合っているからこそ結ばれたのだと本気で思っていた。
だからこそ、私は一生あなたのそばに居たい、あなたのためなら何でもする、そんなとんでもない事を易々と口にしていた記憶が鮮明に思い出される。
しかし、三年も経った今では――
「おはようございます、フロイデン殿下」
「……ああ」
おざなりな返事をして廊下を歩いていく彼の後姿を見て、やはり私への愛なんて物は冷めきっているのだと察せる。
婚約してから二年後、フロイデン殿下が十九歳の誕生日を迎えた頃から、その態度は明らかに嫌いな人に対するものへ変わって行ってしまった。
無論、そんな冷たい態度ばかり取られていては、太陽のように燃えていた私の恋心も冷め切るというもので、最近は必要最低限しか関わらないように気を付けるようにまでなった。
誰かに相談が出来れば良いのだが、領地の運営で忙しい両親に心配をかける訳にもいかないし、兄妹たちも見合いや勉学で忙しくてそんな事を相談されても困るだろう。
どうしたものかと思わず溜息を吐きながら、歴史の授業が行われる教室へ入ると、私の友人である伯爵令嬢のエルケとクラーラが教科書を開いて教え合っているのが見えた。
いつになく真面目な二人を見てどうしてしまったのだろうとそちらへ近付くと、こちらに気付いた様子の二人が早くおいでとばかりに手招きを始め、いつもと変わらないらしい二人に何だか安心しながら駆け寄る。
するとエルケが自分の隣の席を後ろに引きながら。
「おっはよー、今日は遅かったね」
「色々考え事してたら部屋を出るのが遅れちゃっただけだから気にしないで。それで、何で急に真面目に勉強なんて始めたの?」
問いを投げかけるとエルケの前の席に座っていたクラーラが楽し気な笑みを浮かべながら教科書を私に見せる。
「勉強してたわけじゃないですよ。ほら、これ見て下さい」
「……落書きしてただけ?」
「そうだよ。このおっさんとか中々出来良くない?」
そう言って指差すのは過去の偉人として知られるカールの肖像画なのだが、目元をペンで落書きされたせいでエロ親父のようにしか見えず、私は思わず噴き出した。
相変わらず下らない事に全力なエルケたちを見て、さっきまで真剣に思い悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えて来る。
「お、楽しんでくれた?」
「これは笑うしか無いじゃん。もしかして私たちを笑わせるために描いたの?」
「そうそう、イルメラが殿下と上手くいってないって聞いたから笑わせて上げようと思ったの」
「エルケ……」
どうやら私は本当に素晴らしい友達を持ったらしい。
感動すら覚えていると呆れたような目をエルケに向けたクラーラが。
「それ後付け設定って言ってませんでした?」
「言わなきゃバレ無かったのに!」
「……少しでもいい友達を持ったって思った私を殴りたい」
そうだ、こいつはそういうやつだった。後でくすぐり地獄にでも遭わせてやろう。
確固たる復讐心を持ちながらも、しかし自分の中でもやもやしていたものが和らいだのも事実で、本当に少しではあるが感謝の気持ちも湧き上がった。
今になって考えれば王族ですら容易に手出しが出来ない公爵家の令嬢だから婚約せざるを得なかったのかもしれないが、幼かった私には本当に愛し合っているからこそ結ばれたのだと本気で思っていた。
だからこそ、私は一生あなたのそばに居たい、あなたのためなら何でもする、そんなとんでもない事を易々と口にしていた記憶が鮮明に思い出される。
しかし、三年も経った今では――
「おはようございます、フロイデン殿下」
「……ああ」
おざなりな返事をして廊下を歩いていく彼の後姿を見て、やはり私への愛なんて物は冷めきっているのだと察せる。
婚約してから二年後、フロイデン殿下が十九歳の誕生日を迎えた頃から、その態度は明らかに嫌いな人に対するものへ変わって行ってしまった。
無論、そんな冷たい態度ばかり取られていては、太陽のように燃えていた私の恋心も冷め切るというもので、最近は必要最低限しか関わらないように気を付けるようにまでなった。
誰かに相談が出来れば良いのだが、領地の運営で忙しい両親に心配をかける訳にもいかないし、兄妹たちも見合いや勉学で忙しくてそんな事を相談されても困るだろう。
どうしたものかと思わず溜息を吐きながら、歴史の授業が行われる教室へ入ると、私の友人である伯爵令嬢のエルケとクラーラが教科書を開いて教え合っているのが見えた。
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問いを投げかけるとエルケの前の席に座っていたクラーラが楽し気な笑みを浮かべながら教科書を私に見せる。
「勉強してたわけじゃないですよ。ほら、これ見て下さい」
「……落書きしてただけ?」
「そうだよ。このおっさんとか中々出来良くない?」
そう言って指差すのは過去の偉人として知られるカールの肖像画なのだが、目元をペンで落書きされたせいでエロ親父のようにしか見えず、私は思わず噴き出した。
相変わらず下らない事に全力なエルケたちを見て、さっきまで真剣に思い悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えて来る。
「お、楽しんでくれた?」
「これは笑うしか無いじゃん。もしかして私たちを笑わせるために描いたの?」
「そうそう、イルメラが殿下と上手くいってないって聞いたから笑わせて上げようと思ったの」
「エルケ……」
どうやら私は本当に素晴らしい友達を持ったらしい。
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「それ後付け設定って言ってませんでした?」
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「……少しでもいい友達を持ったって思った私を殴りたい」
そうだ、こいつはそういうやつだった。後でくすぐり地獄にでも遭わせてやろう。
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