上 下
22 / 28

決戦前夜

しおりを挟む
 ──だが。

「うぎゃあ!?」

 後ろに立っていたのは、巨大な石の人形──いや、ゴーレムだ。

 光太郎は後退り、慌てて扉を開け放つ。中に飛び込むと、そこには小柄な教諭、ミトン先生がいた。

 彼女はのんびりと植木鉢に水をやっている。

「……すまんの、あれは我が造ったゴーレムじゃ」

「ゴ、ゴーレム!? あんた何してんだよ!」

「ふむ、ザクナの無礼に怒っておるな。我も様子を見ておったのじゃ」

「……え、どうやって?」

「このゴーレムよ。お主を遠巻きにつけておった。さっきの会話も聞いておったよ」

 さらりと衝撃的な事実を告げると、ミトン先生は手際よく土いじりを続ける。水やりを終えると、植木鉢を愛おしそうに見つめた。

「……何をしてるんですか?」

「品種改良じゃ。もっと実るように、もっと病気に強くなるようにな」

「……なんの?」

「野菜じゃよ、食堂の野菜はすべてわしの手で育てたものじゃよ。美味かったじゃろ?」

「あれ、先生が……? ああ、美味かったです!」

 光太郎の反応に満足そうに笑みを浮かべるミトン先生。

「むー……むーん……!」

 だがその直後、壁に掛けられた大きな斧に手を伸ばし始めた。どう考えても彼女の体格では届かない高さにある。

「先生、それ無理ですよ」

 光太郎は思わずミトン先生を抱え上げた。その軽さに少し驚きつつ、斧を取る手伝いをする。

「おお、すまんの。恩に着るぞ」

 ミトン先生が斧を取ると、光太郎は彼女を下ろした。その動作を終えると、ミトン先生は斧を差し出す。

「これをお主にやろう」

「え!? 俺に?」

「ドワーフ族が鍛えた斧じゃ。運が良ければ天使でも倒せるかもしれん」

 重々しく語るその瞳に真剣さが宿る。光太郎は戸惑いつつも、斧を受け取った。

「……ありがとうございます」

「礼などいらん。お主に渡すべきものじゃ」

 その時、ミトン先生は部屋の奥へと進み、厚手のカーテンを開け放つ。そこに現れたのは、巨大なメイス。彼女の体格に似つかわしくないほどの凶悪な武具だった。

「これは我が杖じゃ。天使なぞこれで叩き潰してやるわ……校長が決意を固めたのじゃ。我も後に続こう。無論、他の教諭も同じ思いじゃ」

 その一言に、光太郎は目を見張る。

「少年よ。決して最後まで諦めてはならんぞ」

 ミトン先生の静かな声が、心の奥深くに染み入った。どこかで聞いたことがある気がするその言葉が、胸を締め付けるようだった。

(……最後まで……)

 どこか懐かしい響きに、光太郎はそっと斧を見つめた。

 ──光太郎は、風呂場でさっぱりと汗を流し、リリーの部屋へと戻る。扉を開けると、そこにはリリーだけでなくセリオンとティエラの姿もあった。

「ただいま、リリー……セリオン、に……ティエラさん、だっけ?」

 光太郎が少し戸惑いながら挨拶をすると、リリーは柔らかく微笑みながら出迎えた。

「おかえりなさいコタロー。……その斧はどうしたんですの?」

 光太郎はリリーの視線を追い、手にした見事な斧を見下ろす。なんとなく、セリオンとティエラの顔がどこか硬いことに気づきつつ、軽く肩をすくめた。

「ああ、これ?ミトン先生がくれたんだ。リリー、斧の使い方、教えてくんない?」

「……いいですわよ」

 リリーの笑顔は少しぎこちなかったが、光太郎にはそれ以上問いただす理由もなく、その場を収めようとした。

「やめろ」

 ティエラの冷静な声が場を切り裂くように響く。

「こんな時間にカンコンやられたら、他の生徒たちに迷惑だろう」

「真面目ですのね、ティエラさんは」

 リリーが皮肉を込めた笑みを浮かべると、ティエラはため息をついた。

 そんな空気の中、セリオンが震え始めた。その瞳に浮かぶ涙が零れ落ちるのを光太郎は見逃さなかった。

「う……うぇ……」

「セリオン……!?おい、どうした」

 驚いた光太郎が声をかけると、セリオンは嗚咽混じりに叫ぶ。

「こんな酷い話があるかよぅ……!ボクたち友達だって……握手したばっかりなのに……!なのに、明日……天使が来るなんて……!」

 その言葉に、光太郎は彼らがすべてを知っていると悟った。

「やっぱり……知ってたのか」

 呟く光太郎に、ティエラが一歩前に出る。

「ストラングス、やはり無理だ。この学校は周囲を広場と森に囲まれていて、ほぼ逃げ場がない。森に紛れ込んだとしても、天使にはすぐ見つかるだろう」

「何が言いたいのかしら?」

 リリーが鋭く問い返す。

「巡礼者になってくれ……!そうすれば助かるんだ!調べたんだが、今までこの学校でイレギュラーが発生したとき、皆、ルミア教国へ巡礼の旅を選んで生き延びている。命より家柄が大事か……?」

 ティエラの声は熱を帯びていたが、リリーの目は冷たく決意に満ちていた。

「おくどい、これで何度目ですか、ティエラさん。私に改宗しろと仰るの?私はあくまでエルデ信者ですわ」

 静かなリリーの言葉が、部屋の中に重く響く。その場にいた全員が、それ以上何も言えず、黙り込んでしまうのだった。

 ──全員が重苦しい沈黙の中にいる中、ティエラが静かに口を開いた。

「ストラングス、天使が降臨する正確な時刻は?」

 その冷静な問いかけに、リリーは扇子を閉じながら答えた。

「明日の正午ですわ」

「ストラングス軍の到着予定時刻は?」

「……わかりません」

 ティエラは小さく息をつきながら続けた。

「概算でいい。いつになる?」

「午後2時頃かと……」

 その答えを聞くと、ティエラの眉間に一瞬、皺《しわ》が寄った。

「2時間も稼がなければならないのか……!それで、来るのか、リフォー閣下は?」

 ティエラの鋭い視線がリリーに向けられる。リリーはわずかに顎《あご》を上げ、毅然《きぜん》とした態度で応じた。

「リフォーお兄様には、お父様とは別に直接伝書を送りましたわ」

 その一言に、場の空気が少しだけ変わった。

「なら、完全に望みがないわけじゃない……か」

 ティエラが呟くように言うと、セリオンが突然息を呑み、瞳を輝かせた。

「え……!り、リフォー軍団長閣下が来るのか!?」

 その声には期待と高揚が滲み出ていた。

「誰なんだ?そのリフォーって」

 光太郎が首をかしげながら尋ねる。

「閣下をつけろよコタロー!!リリーの一番上のお兄さんだよ!世界最強の雷属性使いなんだぞ!」

 セリオンは身を乗り出すようにして説明する。その熱のこもった口調に、光太郎はさらに興味を引かれた。

「と同時に、もっとも危険なイレギュラーとも言われている。その力で、今まで天使の粛清を三度も単独で撃退することに成功している。まさしく鬼才だな」

 ティエラが補足するように言う。その冷静な説明とは裏腹に、その言葉の一つ一つに感じられるリフォーの異常な存在感に、光太郎はごくりと唾を飲んだ。

「リフォー閣下が来てくだされば怖いもんなしだ!」

 セリオンは拳を握り締め、まるで勝利を確信しているかのように言い放つ。

 しかし、ティエラは鋭い視線を光太郎に向け、低い声で言った。

「2時間、保てばいいがな……」

 その言葉には、誰も反論できなかった。リフォー到着までの時間。その間に何が起こるのか、誰も予測できなかったからだ。

 その日の夜は、全員リリーの部屋で過ごした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~

トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。 旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。 この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。 こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...