青の境界、カナタの世界

紺乃 安

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12 カナタの世界Ⅱ

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 半袖ではまだ肌寒い六月の夜の空気は、レンガ積みの小屋と農園に育つ植物たちを静かな眠りにいざなう。その小屋は、背面を山の斜面に覆われた簡素な物置だった。ドアのレバーには鎖が巻かれており、鎖は地面に固く打ち込まれた杭に繋がれている。物々しい厳重さは、日常と隔てられた異質さの境界線だ。
 黒い背広を着た長身の男と、革のジャンパーを着たサングラスの男、二人がドアに歩み寄り、太いゴムが引き千切られたような鈍い音が響く。ボルトカッターで切断された金属の鎖が、擦れ合う音を立てて地に落ちた。ジャンパーの男はドアレバーに手をかけるが、施錠されていてびくともしない。長身の男が鍵穴に溝の刻まれていないキーを差し込み、掌で強く叩いて強引に右に回す。ドアをロックしていたデッドボルトを動かすシリンダー錠内部のピンが折れ、鍵としての機能を失った。力ずくのオープン・セサミだ。
「お前はここで待っていろ」
 原始的だが厳重な防護を難なくこじ開けると、長身の男は小屋へ足を踏み入れた。室内の空気は乾燥していて、照明は見当たらない。懐中電灯で照らしてみると、床と壁面はモルタルで塗り固めてあり、外から見るよりも奥行きがあった。山の斜面を掘り進めて、内部の空間を確保しているようだ。質の悪いリンネル布で覆われた荷物がいくつもあり、鉄と油の強い匂いが漂っている。男は手近な布のひとつを掴み、勢い良く剥ぎとった。
「ついにこの時が来た。やっと見つけたぞ」
 鈍色に輝く銃身と、茶褐色の銃床。世界中の紛争地帯で猛威を奮っている、AK‐四七アサルトライフルだ。亜麻色のヴェールの下には、木製の簡素な台座に据えられた凶器が十二丁一組で整然と、かつ無数に並べられている。男は一丁を手に取り、慣れた手つきでセーフティレバーを跳ね上げ、トリガーを引いたりストックを外したりといったリハーサルを独演した。
 男は満足気な表情で銃を戻すと、目算で銃を数え始める。まだ露わになっていない小山は幾つもあり、総数は数百丁に達するだろう。入口付近を数え終えて奥へ向かおうとすると、軋む音を立ててドアが開いた。
「栗栖、外で待てと言っただろう!」
 長身の男が抑えた声で叱責するが、応えたのは栗栖と呼ばれた者ではなかった。開け放たれたドアから強い光が室内を照らし、長身の男の前に別のシルエットを形作る。室内からは逆光で姿がよく見えない。ひとつ分かるのは、革のジャンパーを着た栗栖が、うつ伏せで地面に倒れていることだ。
「勝手に入ったんだ。栗栖のことは許してやってくれ」
 シルエットがそう言い、右手を上げた。投光機の強い光に慣れてきた男の目に、見知った人物のかおが像を結んだ。
「お前は……蓮見かなた! なぜ今日だとバレた?!」
「缶詰のチキンヌードルは好きじゃないんだがな。賞味期限が今日では味も落ちてる」
「毛利め、しくじったな」
「次はもう少し気の利いたメッセージを考えることだ。次があれば、だが……」
 かなたの右手に握られたベレッタ九六Dの銃口は、まっすぐに長身の男の額を捉えていた。

 以上は、蓮見かなたが六月七日早朝に見た夢である。
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