246 / 247
楽園の涯
26 山賊王女 3
しおりを挟む
かつて、私利私欲から実弟エーギルの命さえ奪おうとしたヴィルヘルムについて、当人は多くを語ろうとしない。少なくとも個人的な復讐のためにヘルストランドに舞い戻ったのでないことは、その動向から伺い知れる。
そのエーギルが、ヴィルヘルムの暗殺者であるユーホルトとわずかながら繋がりがあったことは、当人たちさえ与り知らぬことだったのだから。
ヴィルヘルム暗殺事件のあと、ノアはひとつ気がついたことがある。和平記念式典でのヴィルヘルムとの顔合わせを提案してきたのは、当のエーギル自身だった。それを受けたノアも、彼なりに思うところがあればこそ、露悪的とは思いつつも受諾したのだ。
だが、ノルドグレーンの者たちの前で兄に醜態を晒させることが、あるいは、エーギルにとっての復讐だったのかもしれない。
命を奪われかけ、二十年近くにわたって囚人としての生活を余儀なくされたことに比べれば、極めてささやかな復讐ではある。その程度の報復を受け入れれば平和的に隠棲できていたのなら、ヴィルヘルムは弟の寛大さに感謝しなければいけなかっただろう。ヴィルヘルムの声なき声を聞こうと望む者は、悲しいかな一人として存在しなかった。
ノアはリードホルムの王となった。リースベットの命を賭した望みは果たされた。それも結果として、ノアは弑逆や悪辣な謀略などで己の手を汚すこともなく王座についた。
だがその清浄な経緯とは裏腹に、ノアは自分がずいぶん血塗られた椅子に座っている、という心のつかえがとれずにいた。それは幻想とも言えるが、罪の意識から立ちのぼった、あるべき幻想である。
その中心に立っているのがリースベットだ。ジュニエスの戦いで死んだ者たちや近衛兵、奴隷部隊の兵士たちやアウグスティンの姿までもが、彼女を通して立ち現れてくる。ノアの足元のその血溜まりは、なんのために流されたものだろうか。それは少数の者が享楽にふける楽園を維持するために生まれた、世界のゆがみからにじみ出た、声なき者たちの血だ。
その血を浴び、みずからも血を流したリースベットが呼びかける。楽園を終わらせて。
その声が、リースベットが死者として存在し続けるというかたちで、ノアを戒め続けるだろう。
ジュニエスの戦いから三年の時が過ぎ、ノーラント世界は変容の時を迎えていた。
異国からもたらされた新たな武器、銃とそれを用いた戦術が戦争を一変させ、戦場を駆け名を馳せる英雄たちの時代は終わりを迎えた。
既存の軍事力に基づいた勢力図は、大きく塗り替えられようとしている。その変革によって、各国がこれまで以上に確保に血道を上げなければならなくなった資源が、鉄である。銃で武装した俄仕込みの兵が、槍を持った練兵のちからを容易に上回るという不均衡が生まれ、鉄鉱の産出量は国の軍事力を大きく左右する要素となった。
まだ国と国、領土と領土とが線ではなく、統治者たちの曖昧な自己意識によって分かたれている時代、その境界はしばしば重複することがある。とくに新しい鉱山が発見された場合など、統治者たちはその自意識をとつぜん拡張し、鉱山の所有権をめぐって二国、あるいはそれ以上の国々が対立することも珍しくなかった。
そのエーギルが、ヴィルヘルムの暗殺者であるユーホルトとわずかながら繋がりがあったことは、当人たちさえ与り知らぬことだったのだから。
ヴィルヘルム暗殺事件のあと、ノアはひとつ気がついたことがある。和平記念式典でのヴィルヘルムとの顔合わせを提案してきたのは、当のエーギル自身だった。それを受けたノアも、彼なりに思うところがあればこそ、露悪的とは思いつつも受諾したのだ。
だが、ノルドグレーンの者たちの前で兄に醜態を晒させることが、あるいは、エーギルにとっての復讐だったのかもしれない。
命を奪われかけ、二十年近くにわたって囚人としての生活を余儀なくされたことに比べれば、極めてささやかな復讐ではある。その程度の報復を受け入れれば平和的に隠棲できていたのなら、ヴィルヘルムは弟の寛大さに感謝しなければいけなかっただろう。ヴィルヘルムの声なき声を聞こうと望む者は、悲しいかな一人として存在しなかった。
ノアはリードホルムの王となった。リースベットの命を賭した望みは果たされた。それも結果として、ノアは弑逆や悪辣な謀略などで己の手を汚すこともなく王座についた。
だがその清浄な経緯とは裏腹に、ノアは自分がずいぶん血塗られた椅子に座っている、という心のつかえがとれずにいた。それは幻想とも言えるが、罪の意識から立ちのぼった、あるべき幻想である。
その中心に立っているのがリースベットだ。ジュニエスの戦いで死んだ者たちや近衛兵、奴隷部隊の兵士たちやアウグスティンの姿までもが、彼女を通して立ち現れてくる。ノアの足元のその血溜まりは、なんのために流されたものだろうか。それは少数の者が享楽にふける楽園を維持するために生まれた、世界のゆがみからにじみ出た、声なき者たちの血だ。
その血を浴び、みずからも血を流したリースベットが呼びかける。楽園を終わらせて。
その声が、リースベットが死者として存在し続けるというかたちで、ノアを戒め続けるだろう。
ジュニエスの戦いから三年の時が過ぎ、ノーラント世界は変容の時を迎えていた。
異国からもたらされた新たな武器、銃とそれを用いた戦術が戦争を一変させ、戦場を駆け名を馳せる英雄たちの時代は終わりを迎えた。
既存の軍事力に基づいた勢力図は、大きく塗り替えられようとしている。その変革によって、各国がこれまで以上に確保に血道を上げなければならなくなった資源が、鉄である。銃で武装した俄仕込みの兵が、槍を持った練兵のちからを容易に上回るという不均衡が生まれ、鉄鉱の産出量は国の軍事力を大きく左右する要素となった。
まだ国と国、領土と領土とが線ではなく、統治者たちの曖昧な自己意識によって分かたれている時代、その境界はしばしば重複することがある。とくに新しい鉱山が発見された場合など、統治者たちはその自意識をとつぜん拡張し、鉱山の所有権をめぐって二国、あるいはそれ以上の国々が対立することも珍しくなかった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!
犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。
そして夢をみた。
日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。
その顔を見て目が覚めた。
なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。
数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。
幼少期、最初はツラい状況が続きます。
作者都合のゆるふわご都合設定です。
1日1話更新目指してます。
エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。
お楽しみ頂けたら幸いです。
***************
2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます!
100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!!
2024年9月9日 お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます!
200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!
追放令嬢の叛逆譚〜魔王の力をこの手に〜
ノウミ
ファンタジー
かつて繁栄を誇る国の貴族令嬢、エレナは、母親の嫉妬により屋敷の奥深くに幽閉されていた。異母妹であるソフィアは、母親の寵愛を一身に受け、エレナを蔑む日々が続いていた。父親は戦争の最前線に送られ、家にはほとんど戻らなかったが、エレナを愛していたことをエレナは知らなかった。
ある日、エレナの父親が一時的に帰還し、国を挙げての宴が開かれる。各国の要人が集まる中、エレナは自国の王子リュシアンに見初められる。だが、これを快く思わないソフィアと母親は密かに計画を立て、エレナを陥れようとする。
リュシアンとの婚約が決まった矢先、ソフィアの策略によりエレナは冤罪をかぶせられ、婚約破棄と同時に罪人として国を追われることに。父親は娘の無実を信じ、エレナを助けるために逃亡を図るが、その道中で父親は追っ手に殺され、エレナは死の森へと逃げ込む。
この森はかつて魔王が討伐された場所とされていたが、実際には魔王は封印されていただけだった。魔王の力に触れたエレナは、その力を手に入れることとなる。かつての優しい令嬢は消え、復讐のために国を興す決意をする。
一方、エレナのかつての国は腐敗が進み、隣国への侵略を正当化し、勇者の名のもとに他国から資源を奪い続けていた。魔王の力を手にしたエレナは、その野望に終止符を打つべく、かつて自分を追い詰めた家族と国への復讐のため、新たな国を興し、反旗を翻す。
果たしてエレナは、魔王の力を持つ者として世界を覆すのか、それともかつての優しさを取り戻すことができるのか。
※下記サイトにても同時掲載中です
・小説家になろう
・カクヨム
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
金髪エルフ騎士(♀)の受難曲(パッション)
ももちく
ファンタジー
ここはエイコー大陸の西:ポメラニア帝国。賢帝と名高い 第14代 シヴァ帝が治めていた。
しかし、かの|帝《みかど》は政変に巻き込まれ、命を落としてしまう。
シヴァ帝亡き後、次に|帝《みかど》の玉座に座ったのは、第1皇女であったメアリー=フランダール。
彼女もまた、政変に巻き込まれ、命の危機にあったのだが、始祖神:S.N.O.Jがこの世に再降臨を果たし、彼女を危機から救うのであった。
ポメラニア帝国はこの政変で、先代のシヴァ帝だけでなく、宰相:ツナ=ヨッシー、大将軍:ドーベル=マンベルまでもが儚く命を散らす。
これはポメラニア帝国にとって痛手であった。ポメラニア帝国は代々、周辺国をまとめ上げる役目を担ってきた。
そのポメラニア帝国の弱体は、すなわち、エイコー大陸の平和が後退したことでもあった。
そんな情勢もあってか、本編のヒロインであるアキヅキ=シュレインが東国のショウド国との国境線近くの砦に配置転換される辞令が宮廷から下されることになる。
渋々ながら辞令を承諾したアキヅキ=シュレインはゼーガン砦に向かう。だがその砦に到着したこの日から、彼女にとっての『受難』の始まりであった……。
彼女は【運命】と言う言葉が嫌いだ。
【運命】の一言で片づけられるのを良しとしない。
彼女は唇を血が滲むほどに噛みしめて、恥辱に耐えようとしている時、彼女の前に見慣れぬ甲冑姿の男が現れる……。
のちにポメラニア帝国が属するエイコー大陸で『|愛と勝利の女神《アフロディーテ》』として多くの人々に讃えられる女性:アキヅキ=シュレインの物語が今始まる!
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる