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楽園の涯

26 山賊王女 3

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 かつて、私利私欲から実弟エーギルの命さえ奪おうとしたヴィルヘルムについて、当人は多くを語ろうとしない。少なくとも個人的な復讐のためにヘルストランドに舞い戻ったのでないことは、その動向からうかがい知れる。
 そのエーギルが、ヴィルヘルムの暗殺者であるユーホルトとわずかながら繋がりがあったことは、当人たちさえ与り知らぬことだったのだから。

 ヴィルヘルム暗殺事件のあと、ノアはひとつ気がついたことがある。和平記念式典でのヴィルヘルムとの顔合わせを提案してきたのは、当のエーギル自身だった。それを受けたノアも、彼なりに思うところがあればこそ、露悪的ろあくてきとは思いつつも受諾じゅだくしたのだ。
 だが、ノルドグレーンの者たちの前で兄に醜態しゅうたいさらさせることが、あるいは、エーギルにとっての復讐だったのかもしれない。
 命を奪われかけ、二十年近くにわたって囚人としての生活を余儀なくされたことに比べれば、極めてささやかな復讐ではある。その程度の報復を受け入れれば平和的に隠棲いんせいできていたのなら、ヴィルヘルムは弟の寛大かんだいさに感謝しなければいけなかっただろう。ヴィルヘルムの声なき声を聞こうと望む者は、悲しいかな一人として存在しなかった。

 ノアはリードホルムの王となった。リースベットの命をした望みは果たされた。それも結果として、ノアは弑逆しいぎゃく悪辣あくらつ謀略ぼうりゃくなどで己の手を汚すこともなく王座についた。
 だがその清浄な経緯とは裏腹に、ノアは自分がずいぶん血塗られた椅子に座っている、という心のつかえがとれずにいた。それは幻想とも言えるが、罪の意識から立ちのぼった、あるべき幻想である。
 その中心に立っているのがリースベットだ。ジュニエスの戦いで死んだ者たちや近衛兵、奴隷部隊の兵士たちやアウグスティンの姿までもが、彼女を通して立ち現れてくる。ノアの足元のその血溜まりは、なんのために流されたものだろうか。それは少数の者が享楽きょうらくにふける楽園を維持するために生まれた、世界のゆがみからにじみ出た、声なき者たちの血だ。
 その血を浴び、みずからも血を流したリースベットが呼びかける。楽園を終わらせて。
 その声が、リースベットが死者として存在し続けるというかたちで、ノアをいましめ続けるだろう。

 ジュニエスの戦いから三年の時が過ぎ、ノーラント世界は変容の時を迎えていた。
 異国からもたらされた新たな武器、銃とそれを用いた戦術が戦争を一変させ、戦場を駆け名を馳せる英雄たちの時代は終わりを迎えた。
 既存の軍事力に基づいた勢力図は、大きく塗り替えられようとしている。その変革によって、各国がこれまで以上に確保に血道ちみちを上げなければならなくなった資源が、鉄である。銃で武装したにわか仕込みの兵が、槍を持った練兵れんぺいのちからを容易に上回るという不均衡ふきんこうが生まれ、鉄鉱の産出量は国の軍事力を大きく左右する要素となった。
 まだ国と国、領土と領土とが線ではなく、統治者たちの曖昧あいまいな自己意識によって分かたれている時代、その境界はしばしば重複することがある。とくに新しい鉱山が発見された場合など、統治者たちはその自意識をとつぜん拡張し、鉱山の所有権をめぐって二国、あるいはそれ以上の国々が対立することも珍しくなかった。
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