山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

文字の大きさ
上 下
235 / 247
楽園の涯

15 王太子の帰還 4

しおりを挟む
 二十年前、ヴィルヘルムとエーギルの兄弟は、次期王座をめぐる権力闘争のただ中にあった。年齢から言えばヴィルヘルムに王位の優先権があるものの、宮廷内では、英明えいめいで品格に優れるエーギルを推す声のほうが優勢だった。
 形勢不利と見たヴィルヘルムは、功名心を持て余し弓術に優れた青年を、暗殺者として差し向ける。暗殺者の放った矢はエーギルの頭部を貫いたかに見えたが、奇跡的に左目を失っただけで死はまぬがれた。
 だが手段を選ばぬヴィルヘルムを恐れたエーギル支持の一派は、エーギルの身を案じ、彼は死亡したと偽の情報を流す。そして武力を掌握しょうあくするまでの間、彼を一時的に地下監獄の特別室にかくまったのだが、そこでヴィルヘルム派に先を越されてしまった。
 エーギル派の大半が粛清しゅくせいや追放のき目に遭い、エーギル自身はそのまま、ヘルストランドの地下監獄に幽閉ゆうへいされて過ごすことになったのだ。
 エーギルの囚人としての日々は、二年前に監獄で起こった暴動の混乱に乗じて脱出し、リースベットに出会う日まで十八年続いた。
 その間に、彼がヴィルヘルムの弟であることに気付いた人物は一人だけ存在する。ノアの兄アウグスティンだ。彼が、叔父おじの残った右目を拷問ごうもんで奪っておきながら、なぜ生かしておいたのかは不明である。その理由を聞いていたかも知れない者は、皆すでにこの世を去った。あるいはヴィルヘルムを王座から引きずり下ろすため、王弟である彼を利用する算段があったのかも知れない。

「叔父上……」
 エーギルは一瞬ノアの方を向き、すぐにヴィルヘルムへ向き直った。
「つまらぬ冗談はさておき、……兄上?」
 ヴィルヘルムは口を半開きにしたまま、力なく椅子にもたれてくずおれている。驚きによってか恐怖によってか、どうやら気を失ってしまったようだ。
 ノアはその姿を見て、残念そうにうつむいて首を左右に振った。
 唐突な出来事に誰もが呆気あっけにとられ、わずかのあいだ、迎賓げいひん室は沈黙に包まれていた。
 やがてリードホルムの侍従じじゅうたちが、思い出したようにヴィルヘルムに駆け寄る。気絶した国王を二人がかりで肩に抱え、医者だ、寝室だ、と騒ぎ立てながら迎賓室を出ていった。
「やれやれ、本当に墓から蘇ったと思われたか」
「……どうやら明日からでも、叔父上に政務を代わっていただいた方が良さそうですね」
「そんな必要もなかろうが……まあよい。お前には必要だろう、わしの立場が」
「ノア様……?」
 腕組みをして渋面じゅうめんを向け合うノアとエーギルに、珍しい戸惑い顔のベアトリスが声をかけた。
「すまないなフローケン・ローセンダール。お騒がせしてしまったようだ」
「式典はこのまま終了、ということでよいだろう。どうぞ客室で休んでくれたまえ」
「そう、ですわね……」
「案内の者をよこしてくれ」
 ノアは従者に、ベアトリスは随伴ずいはんの役人たちに、それぞれ指示を出した。ベアトリスは役人たちを追い払うように部屋に返している。
 迎賓室から人が退出するに連れ、エーギルの登場によって巻き起こったざわめきも落ち着いてゆく。
「早くお戻りなさい。上司へ報告すべき話題もいただいたでしょう」
「さて、儂も戻るか。久々に晴れがましい場に出たせいか、少し疲れた」
「申し訳ありません、叔父上」
「気にするな。儂が二十年前に王座を取っておれば、斯様かような混乱もなかっただろうにな」
「それは……」
「ノア様、少しよろしいですか……?」
 ベアトリスが申し訳なさそうに、ノアに問いかける。
「何かな?」
「もしお手隙てすきでしたら……庭園の案内など、していただけないものかと……」
「……」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

スキルガチャで異世界を冒険しよう

つちねこ
ファンタジー
異世界に召喚されて手に入れたスキルは「ガチャ」だった。 それはガチャガチャを回すことで様々な魔道具やスキルが入手できる優れものスキル。 しかしながら、お城で披露した際にただのポーション精製スキルと勘違いされてしまう。 お偉いさん方による検討の結果、監視の目はつくもののあっさりと追放されてしまう事態に……。 そんな世知辛い異世界でのスタートからもめげることなく頑張る主人公ニール(銭形にぎる)。 少しずつ信頼できる仲間や知り合いが増え、何とか生活の基盤を作れるようになっていく。そんなニールにスキル「ガチャ」は少しづつ奇跡を起こしはじめる。

3年F組クラス転移 帝国VS28人のユニークスキル~召喚された高校生は人類の危機に団結チートで国を相手に無双する~

代々木夜々一
ファンタジー
高校生3年F組28人が全員、召喚魔法に捕まった! 放り出されたのは闘技場。武器は一人に一つだけ与えられた特殊スキルがあるのみ!何万人もの観衆が見つめる中、召喚した魔法使いにざまぁし、王都から大脱出! 3年F組は一年から同じメンバーで結束力は固い。中心は陰で「キングとプリンス」と呼ばれる二人の男子と、家業のスーパーを経営する計算高きJK姫野美姫。 逃げた深い森の中で見つけたエルフの廃墟。そこには太古の樹「菩提樹の精霊」が今にも枯れ果てそうになっていた。追いかけてくる魔法使いを退け、のんびりスローライフをするつもりが古代ローマを滅ぼした疫病「天然痘」が異世界でも流行りだした! 原住民「森の民」とともに立ち上がる28人。圧政の帝国を打ち破ることができるのか? ちょっぴり淡い恋愛と友情で切り開く、異世界冒険サバイバル群像劇、ここに開幕! ※カクヨムにも掲載あり

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

獣人のよろずやさん

京衛武百十
ファンタジー
外宇宙惑星探査チーム<コーネリアス>の隊員六十名は、探査のために訪れたN8455星団において、空間や電磁波や重力までもが異常な宙域に突入してしまい探査船が故障、ある惑星に不時着してしまう。 その惑星は非常に地球に似た、即移住可能な素晴らしい惑星だったが、探査船は航行不能。通信もできないという状態で、サバイバル生活を余儀なくされてしまった。 幸い、探査船の生命維持機能は無事だったために隊員達はそれほど苦労なく生き延びることができていた。 <あれ>が現れるまでは。 それに成す術なく隊員達は呑み込まれていく。 しかし――――― 外宇宙惑星探査チーム<コーネリアス>の隊員だった相堂幸正、久利生遥偉、ビアンカ・ラッセの三人は、なぜか意識を取り戻すこととなった。 しかも、透明な体を持って。 さらに三人がいたのは、<獣人>とも呼ぶべき、人間に近いシルエットを持ちながら獣の姿と能力を持つ種族が跋扈する世界なのであった。     筆者注。 こちらに搭乗する<ビアンカ・ラッセ>は、「未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます(Ver.02)」に登場する<ビアンカ>よりもずっと<軍人としての姿>が表に出ている、オリジナルの彼女に近いタイプです。一方、あちらは、輪をかけて特殊な状況のため、<軍人としてのビアンカ・ラッセ>の部分が剥がれ落ちてしまった、<素のビアンカ・ラッセ>が表に出ています。 どちらも<ビアンカ・ラッセ>でありつつ、大きくルート分岐したことで、ほとんど別人のように変化してしまっているのです。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜

みおな
ファンタジー
 私の名前は、瀬尾あかり。 37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。  そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。  今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。  それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。  そして、目覚めた時ー

処理中です...