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ジュニエスの戦い

90 鎮魂 2

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「あいつは健気けなげに山賊の頭領カシラをこなしてたが、本心じゃたぶん、あんたと暮らしてた頃を忘れたくなかったんだろう。だから、過去の自分と決別するような刺青いれずみなんかは嫌ったんだ」
「そんな……」
 アウロラは驚きにふるえていた。
 リースベットは、アウロラには気丈な面しか見せていなかった。――そればかりか自分はリースベットに、強く理性的な指導者として振る舞うことを強いてさえいたかも知れない。リースベット自身がそう望んで振る舞っていたのだとしても、自分の存在自体が彼女を縛る鎖となってはいなかっただろうか――そんな関係性について、善悪という基準を持ち込むべきなのか、アウロラには判断できなかった。
「……そういう迷いを抱えて生きるってのは、両腕に大荷物を抱えたまま吊橋を渡るような危うさがある。バランスを取らなきゃいけないときに、情がどっちかを優先しちまうんだ」
 頭を強く殴られたような衝撃に、ノアは絶句していた。
 負けたら逃げようか、あたしと一緒に――そのリースベットの言葉に、どれほどの本心が含まれていたのかは分からない。
 二人でリードホルムのくびきから逃れ、安息のうちに生きる、という未来――彼女はそんな甘い想像を振り払い、次期リードホルム王であるノアの勝利のため、命をして戦っていたのだ。
 ノアはリースベットの遺体にすがり、人目をはばからず声を上げて泣き伏した。

 もしも生者による死者の鎮魂ということが可能なのだとしたら。それは死者を忘失ぼうしつしないこと、語り継ぐことによってのみ為し得るのかもしれない。

 アウロラたちはノアとともに、ヘルストランドへと退却するリードホルム増援軍に同行した。ソルモーサン砦の守備には、レイグラーフ率いる主力軍が当たるようだ。
 ヘルストランド城門での別れ際、誰よりも先にカールソンが口を開く。
「あんた王子様のくせにいい奴だな! 気に入ったぜ!」
「カールソン」
 フェルディンがたしなめ、ヨンソンが舌打ちをした。
「リースベットは置いていく。連れ戻しに来たわけじゃねえからな。……墓の場所は後で教えてくれ」
「わかった。約束する」
「……リースベットは山賊団を家だと言ってた。けど、家と魂の置き場が違うことは、たぶんそれほど不思議なことじゃないと思う」
晩年ばんねんを共に過ごした君たちがそう思うなら、おそらくそれがリースの意思に最も近いはずだ。私はそれに従おう」
「じゃあな、王子様」
 バックマンは軽く手を振り、ヘルストランドの城門から歩き去った。親しげな握手などはしない。リースベットの死について、ノアに対するわだかまりは未だに残っている。それで構わない、とバックマンは思った。
――誰がどう見たって俺とあの王子様は、単純に好悪こうおを割り切れる関係じゃない。今後あいつが、リースベットが憎んだような下衆げすな権力者になるなら、その時は暗殺のひとつも企てるかも知れない。そうでなければ、そのうち握手くらいはしてもいいかもな。
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