217 / 247
ジュニエスの戦い
90 鎮魂 2
しおりを挟む
「あいつは健気に山賊の頭領をこなしてたが、本心じゃたぶん、あんたと暮らしてた頃を忘れたくなかったんだろう。だから、過去の自分と決別するような刺青なんかは嫌ったんだ」
「そんな……」
アウロラは驚きにふるえていた。
リースベットは、アウロラには気丈な面しか見せていなかった。――そればかりか自分はリースベットに、強く理性的な指導者として振る舞うことを強いてさえいたかも知れない。リースベット自身がそう望んで振る舞っていたのだとしても、自分の存在自体が彼女を縛る鎖となってはいなかっただろうか――そんな関係性について、善悪という基準を持ち込むべきなのか、アウロラには判断できなかった。
「……そういう迷いを抱えて生きるってのは、両腕に大荷物を抱えたまま吊橋を渡るような危うさがある。バランスを取らなきゃいけないときに、情がどっちかを優先しちまうんだ」
頭を強く殴られたような衝撃に、ノアは絶句していた。
負けたら逃げようか、あたしと一緒に――そのリースベットの言葉に、どれほどの本心が含まれていたのかは分からない。
二人でリードホルムの軛から逃れ、安息のうちに生きる、という未来――彼女はそんな甘い想像を振り払い、次期リードホルム王であるノアの勝利のため、命を賭して戦っていたのだ。
ノアはリースベットの遺体にすがり、人目をはばからず声を上げて泣き伏した。
もしも生者による死者の鎮魂ということが可能なのだとしたら。それは死者を忘失しないこと、語り継ぐことによってのみ為し得るのかもしれない。
アウロラたちはノアとともに、ヘルストランドへと退却するリードホルム増援軍に同行した。ソルモーサン砦の守備には、レイグラーフ率いる主力軍が当たるようだ。
ヘルストランド城門での別れ際、誰よりも先にカールソンが口を開く。
「あんた王子様のくせにいい奴だな! 気に入ったぜ!」
「カールソン」
フェルディンが窘め、ヨンソンが舌打ちをした。
「リースベットは置いていく。連れ戻しに来たわけじゃねえからな。……墓の場所は後で教えてくれ」
「わかった。約束する」
「……リースベットは山賊団を家だと言ってた。けど、家と魂の置き場が違うことは、たぶんそれほど不思議なことじゃないと思う」
「晩年を共に過ごした君たちがそう思うなら、おそらくそれがリースの意思に最も近いはずだ。私はそれに従おう」
「じゃあな、王子様」
バックマンは軽く手を振り、ヘルストランドの城門から歩き去った。親しげな握手などはしない。リースベットの死について、ノアに対するわだかまりは未だに残っている。それで構わない、とバックマンは思った。
――誰がどう見たって俺とあの王子様は、単純に好悪を割り切れる関係じゃない。今後あいつが、リースベットが憎んだような下衆な権力者になるなら、その時は暗殺のひとつも企てるかも知れない。そうでなければ、そのうち握手くらいはしてもいいかもな。
「そんな……」
アウロラは驚きにふるえていた。
リースベットは、アウロラには気丈な面しか見せていなかった。――そればかりか自分はリースベットに、強く理性的な指導者として振る舞うことを強いてさえいたかも知れない。リースベット自身がそう望んで振る舞っていたのだとしても、自分の存在自体が彼女を縛る鎖となってはいなかっただろうか――そんな関係性について、善悪という基準を持ち込むべきなのか、アウロラには判断できなかった。
「……そういう迷いを抱えて生きるってのは、両腕に大荷物を抱えたまま吊橋を渡るような危うさがある。バランスを取らなきゃいけないときに、情がどっちかを優先しちまうんだ」
頭を強く殴られたような衝撃に、ノアは絶句していた。
負けたら逃げようか、あたしと一緒に――そのリースベットの言葉に、どれほどの本心が含まれていたのかは分からない。
二人でリードホルムの軛から逃れ、安息のうちに生きる、という未来――彼女はそんな甘い想像を振り払い、次期リードホルム王であるノアの勝利のため、命を賭して戦っていたのだ。
ノアはリースベットの遺体にすがり、人目をはばからず声を上げて泣き伏した。
もしも生者による死者の鎮魂ということが可能なのだとしたら。それは死者を忘失しないこと、語り継ぐことによってのみ為し得るのかもしれない。
アウロラたちはノアとともに、ヘルストランドへと退却するリードホルム増援軍に同行した。ソルモーサン砦の守備には、レイグラーフ率いる主力軍が当たるようだ。
ヘルストランド城門での別れ際、誰よりも先にカールソンが口を開く。
「あんた王子様のくせにいい奴だな! 気に入ったぜ!」
「カールソン」
フェルディンが窘め、ヨンソンが舌打ちをした。
「リースベットは置いていく。連れ戻しに来たわけじゃねえからな。……墓の場所は後で教えてくれ」
「わかった。約束する」
「……リースベットは山賊団を家だと言ってた。けど、家と魂の置き場が違うことは、たぶんそれほど不思議なことじゃないと思う」
「晩年を共に過ごした君たちがそう思うなら、おそらくそれがリースの意思に最も近いはずだ。私はそれに従おう」
「じゃあな、王子様」
バックマンは軽く手を振り、ヘルストランドの城門から歩き去った。親しげな握手などはしない。リースベットの死について、ノアに対するわだかまりは未だに残っている。それで構わない、とバックマンは思った。
――誰がどう見たって俺とあの王子様は、単純に好悪を割り切れる関係じゃない。今後あいつが、リースベットが憎んだような下衆な権力者になるなら、その時は暗殺のひとつも企てるかも知れない。そうでなければ、そのうち握手くらいはしてもいいかもな。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
金髪エルフ騎士(♀)の受難曲(パッション)
ももちく
ファンタジー
ここはエイコー大陸の西:ポメラニア帝国。賢帝と名高い 第14代 シヴァ帝が治めていた。
しかし、かの|帝《みかど》は政変に巻き込まれ、命を落としてしまう。
シヴァ帝亡き後、次に|帝《みかど》の玉座に座ったのは、第1皇女であったメアリー=フランダール。
彼女もまた、政変に巻き込まれ、命の危機にあったのだが、始祖神:S.N.O.Jがこの世に再降臨を果たし、彼女を危機から救うのであった。
ポメラニア帝国はこの政変で、先代のシヴァ帝だけでなく、宰相:ツナ=ヨッシー、大将軍:ドーベル=マンベルまでもが儚く命を散らす。
これはポメラニア帝国にとって痛手であった。ポメラニア帝国は代々、周辺国をまとめ上げる役目を担ってきた。
そのポメラニア帝国の弱体は、すなわち、エイコー大陸の平和が後退したことでもあった。
そんな情勢もあってか、本編のヒロインであるアキヅキ=シュレインが東国のショウド国との国境線近くの砦に配置転換される辞令が宮廷から下されることになる。
渋々ながら辞令を承諾したアキヅキ=シュレインはゼーガン砦に向かう。だがその砦に到着したこの日から、彼女にとっての『受難』の始まりであった……。
彼女は【運命】と言う言葉が嫌いだ。
【運命】の一言で片づけられるのを良しとしない。
彼女は唇を血が滲むほどに噛みしめて、恥辱に耐えようとしている時、彼女の前に見慣れぬ甲冑姿の男が現れる……。
のちにポメラニア帝国が属するエイコー大陸で『|愛と勝利の女神《アフロディーテ》』として多くの人々に讃えられる女性:アキヅキ=シュレインの物語が今始まる!
抄編 水滸伝
N2
歴史・時代
中国四大奇書のひとつ、『水滸伝』の抄編、抄訳になります。
水滸伝はそれこそ無数に翻訳、抄訳されておりますが、現在でも気軽に書店で手にはいるのは、講談社学術文庫(百回本:井波訳)と岩波少年文庫(百二十回本:松枝抄訳)ぐらいになってしまいました。
岩波の吉川訳、ちくまの駒田訳、角川の村上訳、青い鳥文庫の立間訳などは中古市場のものになりつつあります。たくさんあって自由に選べるのが理想ではあるのですが。
いまこの大変面白い物語をひろく読んでいただけるよう、入門的なテクストとして書くことにいたしました。再構成にあたっては、小学校高学年の子供さんから大人までを対象読者に、以下の方針ですすめてまいります。
・漢字表現をできるだけ平易なものに
・原文の尊重よりも会話の面白さを主体に
・暴力、性愛表現をあっさりと
・百八人ぜんいんの登場にこだわらない
・展開はスピーディに、エピソードもばんばんとばす
・ただし詩や当時の慣用句はたいせつに
・話しの腰を折らない程度の説明は入れる
……いちおう容與堂百回本および百二十回本をもとに組み立て/組み換えますが、上記のとおりですのでかなり端折ります(そのため“抄編”とタイトルしています)。原文はまじめに訳せば200万字は下るまいと思いますので、できればその一割、20万字以内に収められたらと考えています。どうかお付き合いください。
辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい
ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆
気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。
チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。
第一章 テンプレの異世界転生
第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!?
第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ!
第四章 魔族襲来!?王国を守れ
第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!?
第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~
第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~
第八章 クリフ一家と領地改革!?
第九章 魔国へ〜魔族大決戦!?
第十章 自分探しと家族サービス
罪人として生まれた私が女侯爵となる日
迷い人
ファンタジー
守護の民と呼ばれる一族に私は生まれた。
母は、浄化の聖女と呼ばれ、魔物と戦う屈強な戦士達を癒していた。
魔物からとれる魔石は莫大な富を生む、それでも守護の民は人々のために戦い旅をする。
私達の心は、王族よりも気高い。
そう生まれ育った私は罪人の子だった。
さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~
みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。
生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。
夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。
なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。
きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。
お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。
やっと、私は『私』をやり直せる。
死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。
与えてもらった名前を名乗ることで未来が大きく変わるとしても、私は自分で名前も運命も選びたい
珠宮さくら
ファンタジー
森の中の草むらで、10歳くらいの女の子が1人で眠っていた。彼女は自分の名前がわからず、それまでの記憶もあやふやな状態だった。
そんな彼女が最初に出会ったのは、森の中で枝が折られてしまった若い木とそして時折、人間のように見えるツキノワグマのクリティアスだった。
そこから、彼女は森の中の色んな動物や木々と仲良くなっていくのだが、その森の主と呼ばれている木から、新しい名前であるアルテア・イフィジェニーという名前を与えられることになる。
彼女は様々な種族との出会いを経て、自分が何者なのかを思い出すことになり、自分が名乗る名前で揺れ動くことになるとは思いもしなかった。
司書ですが、何か?
みつまめ つぼみ
ファンタジー
16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。
ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。
パラレルワールドで天秤にかけられた命〜世界を救うソラの冒険譚〜
駆け出しライター
ファンタジー
「この子だけは何があっても守り通せ。必ず偉大なことを成し遂げる」
祖父の予言にも関わらず魔法学校で底辺を彷徨うソラ。
ある日,この世界におかしなことが立て続けに起こる。
「行こう,ジャン! この世界をもとに戻そう!」
兄貴分のジャンと共に,この世界を取り戻し旅に出ることを決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる