山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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ジュニエスの戦い

78 フリークルンドとアルバレス 3

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「こうした考え方は好みませんが……やはり運命だったようです。あの男を倒さなければ、私は先に進めないということでしょう」
 ベアトリスが不安げな瞳を向ける。強くなり始めた寒風に、二人の長い髪がたなびく。ロードストレームの黒髪にひとひらの白い雪が落ちた。
「……愚かなロマンチシズムに浸っているのではありません。どうかご心配なく」
 ロードストレームは穏やかな笑顔を見せ、フリークルンドに正対した。
「……貴様、まさかアルバレスか?」
 ロードストレームの顔を見たフリークルンドが驚き、怪訝けげんな顔で問う。
「お久しぶりですね、フリークルンドさん」
「まさか、こんなところで会おうとは……」
「今の私は祖先の姓を捨て、ロードストレームという家名を継いだ身ですが」
 ロードストレームは長いまつげに覆われた目を細め、いわく有りげに笑う。
「……ここに立っている以上、貴様は俺の敵なのだろうな」
「もちろん。私はローセンダール様の親衛隊長。あなたを止めるために出てきたのですから」
「なるほど、分かった。……貴様は、俺に劣らぬ資質を持っていたというのにな。近衛兵に入っていれば、少なくとも今の副隊長は貴様だっただろう」
「絵空事を……。その入隊を許さなかったのは、あなたがた近衛兵ではありませんか」
「それを恨んでノルドグレーンにくみした、というわけか」
「厳密には、少し違いますね。あなた自身にも特に恨みはありません」
「何?」
「私が許せないのは、この世界を共軛きょうやくする愚かさそのもの。その象徴とも言える近衛兵に、まずはご退場願いましょうかと考えています」
 ロードストレームは腰に差していた二本一対の武器を手にした。
 それはH型のつかをもち、幅広い両刃の刀身に異国情調を感じさせる装飾を施された、見慣れぬ刀剣だった。
「そんな剣で俺と戦おうというのか?」
「ジャマダハルと言いましてね……私の遠い祖先が使っていたという、祭儀さいぎ用の武具です」
「祭儀用だと……?」
「武具として通じるかどうかは……受けてみれば分かりますよ!」
 二人の周囲に、頭痛を催すほどの耳鳴りのような音が満ちる。
 ロードストレームは放たれた矢のように、一瞬で距離を詰めて斬りかかった。
 X字に振り下ろされた二本のジャマダハルを、フリークルンドは斧槍ハルバードを横にして受け止める。周囲に響き渡る金属音が消えるより先にロードストレームは跳躍し、長身に似合わぬ身軽さで、フリークルンドの頭上を飛び越え背面に着地した。飛び越しざまにロードストレームが刃を振るったが、フリークルンドは身をかがめて避け、草刈りの大鎌のように身をひるがえしロードストレームに向き直った。
「やれやれ、さっそく刃が欠けてしまいましたね」
「……大した奴だ」
「おめに預かり、光栄の極み」
「皮肉を言うな。……リードホルム王宮の連中はこの力を、肌の色が違うからと放逐ほうちくしたのか」
「ええ。あなた方は愚かにも、民族で人を見た。個人の力ではなく、ね」
 フリークルンドとロードストレームの視線が交錯こうさくする。
「ですので、民族性の象徴とも言えるこの武器で、あなたを倒してさしあげます」
「当てこすりか……下衆でくだらん感情だ」
「ええ、実にくだらない。そのくだらない近衛兵の歴史を、私が終わりにしてあげましょうと、こう申しているのです」
「貴様……」
 交わす言葉の噛み合わなさに、フリークルンドは違和感を隠せずにいた。
 フリークルンドが見ているのは、リーパーとしてたぐいまれな力を持ちながら近衛兵への入隊を却下された過去を持つ、オラシオ・アルバレスだ。オラシオ・ロードストレームはフリークルンド自身ではなく、近衛兵が象徴するものを見ている。
 交えた刃のようには、二人の心は正対していない。
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