204 / 247
ジュニエスの戦い
77 フリークルンドとアルバレス 2
しおりを挟む
「あれは……馬鹿な」
「……近衛兵は、ラインフェルトに同行していたのではなかったの……?」
近衛兵に比肩する力を持った傭兵アネモネ――リースベットの力を見込んでラインフェルトが講じた偽装工作が、見事に功を奏した。
リースベットの参戦が自明のこととなっていた四日目の戦いで、ベアトリスがリースベット個人に対して、特別に対策を講じた様子はなかった。
その時点でのラインフェルトの仮定は、ベアトリスは、リーパーが増えたのではなく近衛兵が分散配置されたのだと判断した、というものだった。その仮定には、一定の蓋然性がある。
ならば、リースベットが戦いフリークルンドがその力を潜めていれば、ベアトリスに近衛兵の位置情報を誤らせることができる――ラインフェルトの目論見は成就し、近衛兵フリークルンド隊と主力軍騎兵からなるリードホルム軍第二攻撃部隊の前には、2000に満たないレーフクヴィスト連隊が配置されているだけ、という状況を作り出した。
ノルドグレーンに数的優位はあっても、フリークルンドの突撃を押し返すほどの重層防御陣は展開できず、その用意もされていない。
フリークルンドを先頭とした第二攻撃部隊は、一本の槍のように突撃し、レーフクヴィスト連隊の方陣にその穂先を突き立てた。
彼らは左右から挟撃されるのも構わず、ひたすらベアトリスめがけて直進している。それを阻止すべく激流のように殺到するノルドグレーン兵を、近衛兵副隊長ハセリウスや他の騎兵が身を挺して排し、勝利への血路を開こうとしていた。
冷たく乾いた空気に舞う血煙の中、ついにフリークルンドはレーフクヴィスト連隊の陣を抜けた。
彼とベアトリスの乗る戦闘馬車のあいだに、遮るノルドグレーン軍部隊はもはや存在しない。
「ついに来てやったぞ……敵将ローセンダール!」
斧槍をベアトリスの戦闘馬車に向け、フリークルンドは雷鳴のように叫んだ。岩のような幅の広い肩を上下させ、吐息は白くけぶっているが、その目には揺るぎない闘志がみなぎっている。
彼の後方では、まだリードホルム軍騎兵とレーフクヴィスト連隊が戦いを続けている。
ベアトリスは表情を変えず、凍ったすみれ色の瞳でフリークルンドを眺め下ろしていた。
「ついに来ましたか……」
ロードストレームが長身を静かに伸ばし、後頭部で結った長い黒髪を風に揺らしながら、ゆっくりと歩み出た。
「……あなたに、こんな真似をさせたくはなかったのだけれど……」
「もとより、この時のための親衛隊。ここで私が出ねば示しがつきません」
「そう、ね……」
「こうした考え方は好みませんが……やはり運命だったようです。あの男を倒さなければ、私は先に進めないということでしょう」
ベアトリスが不安げな瞳を向ける。強くなり始めた寒風に、二人の長い髪がたなびく。ロードストレームの黒髪にひとひらの白い雪が落ちた。
「……愚かなロマンチシズムに浸っているのではありません。どうかご心配なく」
ロードストレームは穏やかな笑顔を見せ、フリークルンドに正対した。
「……近衛兵は、ラインフェルトに同行していたのではなかったの……?」
近衛兵に比肩する力を持った傭兵アネモネ――リースベットの力を見込んでラインフェルトが講じた偽装工作が、見事に功を奏した。
リースベットの参戦が自明のこととなっていた四日目の戦いで、ベアトリスがリースベット個人に対して、特別に対策を講じた様子はなかった。
その時点でのラインフェルトの仮定は、ベアトリスは、リーパーが増えたのではなく近衛兵が分散配置されたのだと判断した、というものだった。その仮定には、一定の蓋然性がある。
ならば、リースベットが戦いフリークルンドがその力を潜めていれば、ベアトリスに近衛兵の位置情報を誤らせることができる――ラインフェルトの目論見は成就し、近衛兵フリークルンド隊と主力軍騎兵からなるリードホルム軍第二攻撃部隊の前には、2000に満たないレーフクヴィスト連隊が配置されているだけ、という状況を作り出した。
ノルドグレーンに数的優位はあっても、フリークルンドの突撃を押し返すほどの重層防御陣は展開できず、その用意もされていない。
フリークルンドを先頭とした第二攻撃部隊は、一本の槍のように突撃し、レーフクヴィスト連隊の方陣にその穂先を突き立てた。
彼らは左右から挟撃されるのも構わず、ひたすらベアトリスめがけて直進している。それを阻止すべく激流のように殺到するノルドグレーン兵を、近衛兵副隊長ハセリウスや他の騎兵が身を挺して排し、勝利への血路を開こうとしていた。
冷たく乾いた空気に舞う血煙の中、ついにフリークルンドはレーフクヴィスト連隊の陣を抜けた。
彼とベアトリスの乗る戦闘馬車のあいだに、遮るノルドグレーン軍部隊はもはや存在しない。
「ついに来てやったぞ……敵将ローセンダール!」
斧槍をベアトリスの戦闘馬車に向け、フリークルンドは雷鳴のように叫んだ。岩のような幅の広い肩を上下させ、吐息は白くけぶっているが、その目には揺るぎない闘志がみなぎっている。
彼の後方では、まだリードホルム軍騎兵とレーフクヴィスト連隊が戦いを続けている。
ベアトリスは表情を変えず、凍ったすみれ色の瞳でフリークルンドを眺め下ろしていた。
「ついに来ましたか……」
ロードストレームが長身を静かに伸ばし、後頭部で結った長い黒髪を風に揺らしながら、ゆっくりと歩み出た。
「……あなたに、こんな真似をさせたくはなかったのだけれど……」
「もとより、この時のための親衛隊。ここで私が出ねば示しがつきません」
「そう、ね……」
「こうした考え方は好みませんが……やはり運命だったようです。あの男を倒さなければ、私は先に進めないということでしょう」
ベアトリスが不安げな瞳を向ける。強くなり始めた寒風に、二人の長い髪がたなびく。ロードストレームの黒髪にひとひらの白い雪が落ちた。
「……愚かなロマンチシズムに浸っているのではありません。どうかご心配なく」
ロードストレームは穏やかな笑顔を見せ、フリークルンドに正対した。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。
聖女を追放した国の物語 ~聖女追放小説の『嫌われ役王子』に転生してしまった。~
猫野 にくきゅう
ファンタジー
国を追放された聖女が、隣国で幸せになる。
――おそらくは、そんな内容の小説に出てくる
『嫌われ役』の王子に、転生してしまったようだ。
俺と俺の暮らすこの国の未来には、
惨めな破滅が待ち構えているだろう。
これは、そんな運命を変えるために、
足掻き続ける俺たちの物語。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
グルケモールナクト 高温の鍵の秘密
仁川路朱鳥
ファンタジー
ある都市国家では、貧富の格差が激しく、富裕層は文字通り金に溺れた生活をし、貧困層は今日を生きる水すら飲むことができない期間があった。ある子供の空想が、国家の基盤を反転させるまで……
赤い御星に照らされた世界の、革新は如何なるものや?
(地球とは別の環境が舞台となっているため、主となる感覚が人間とは多少異なります。そのため「視覚」に関する表現が「聴覚」などに置き換えられていますことをご了承ください。)
この作品は「小説家になろう」でも連載しておりました。(過去進行形)
また、表紙画像は19/12現在仮のものです。

私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる