山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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ジュニエスの戦い

73 ヒュードラ 2

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 ラインフェルトの発案により、トールヴァルド・マイエルの騎馬部隊は第一攻撃部隊として河谷かこくの南端から攻め上り、エリオット・フリークルンド率いる近衛兵と主力騎兵部隊は第二攻撃部隊として湖の南岸に、そして湖の北部に布陣するラインフェルト自身が、第三の攻撃部隊としてノルドグレーン軍に圧力をかける役目を買って出た。
 この、それぞれ身体の大きさも牙の長さも違う三叉みつまたの蛇が、リードホルム軍にかすかな勝機をもたらす。

 ラインフェルトはみずから馬を駆って前衛部隊の陣頭指揮に当たり、老練ろうれんで隙のない用兵でノルドグレーン軍グスタフソン連隊を圧倒していた。グスタフソンは押し引きの巧妙さに舌を鳴らしつつも、前線を下げぬよう果敢に応戦している。
 だがラインフェルトに対峙しているのとは別の部隊からも苦戦の報告が届く段になって、どうなっているのだ、と悪態をつかざるを得なかった。
 その原因となっていたのはリースベットだ。彼女が先陣に立ってノルドグレーンの陣形に穴を開け、堤防が決壊するように、リードホルム軍が濁流となって流れ込んでいる。その戦いぶりはフリークルンドを髣髴ほうふつとさせるほどだった。

「この三叉の蛇、三つの頭のうちどれか一つとして、陽動だろうと侮られてはいけません。どの頭も、隙あらば敵を噛み砕ける牙を持っていなければ」
 軍議のあと、ノアはソルモーサン砦の廊下でラインフェルトに呼び止められた。ラインフェルトは、軍議ではあえて口にしなかった作戦の問題点と、その真意をノアに明かした。
看破かんぱされたが最後、ローセンダールは速やかに兵の配置を最適化するでしょう」
「しかし、それも地形の上からは時間がかかる、とけい自身が言っていたではないか」
「……あまり方便ばかりろうしていると、私もろくな死に方はできぬのでしょうな」
 ラインフェルトは自嘲じちょう気味に笑う。信頼するに足る味方を少数に限定してしまうのが、この名将の数少ない弱点ではないか――ノアは薄靄うすもやのような寂寥せきりょう感とともに、そんな所感を覚えた。
「こちらが攻勢に出ることは、おそらく読まれています。それを織り込み済みで戦場に臨む以上、あちらは後衛部隊を柔軟に移動させやすいよう、これまでより引いた状態で戦端せんたんを開くものと思われます」
「そうして、不均衡に三分割した攻撃部隊の戦力に対して適正な対処をされれば、数で大きく劣る我らに勝機はない、か……」
「左様です。そして現在のところ、三つの攻撃部隊の中では、我が部隊の牙が最も鈍い」
 ノアははっとして顔を上げた。
 ラインフェルトの部隊は守勢に強い重装歩兵が主力だ。攻勢時に活躍するはずだったアルフレド・マリーツの部隊は解散させられ、残存兵は臨時措置として主力軍の騎兵部隊などに編入されている。
 最も少数の兵でその攻撃を防ぐことができ、さらには割り当てるべき適正な兵力をベアトリスが算出しやすいのが、ラインフェルトの部隊なのだ。
 ラインフェルトは居住まいを正し、ノアの前で片膝を付いた。
「ノア王子、できれば私の部隊に、ご助力いただけないでしょうか」
 その言葉の真に意味するところ――ラインフェルトがを必要としているのかを、ノアはすぐに察した。
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