199 / 247
ジュニエスの戦い
72 ヒュードラ
しおりを挟む
「三方からの同時攻撃……まるで災厄の多頭竜ね。さて、どれが不死の頭かしら? 斬り落として、永遠に地の底へ葬ってさしあげますわ」
リードホルム軍の動向を見て、ベアトリス・ローセンダールは勝ち誇ったようにつぶやく。
ジュニエス河谷での戦闘開始から五日目、彼女の予測どおり、リードホルム軍は最後の攻撃を開始した。
王国の命運を賭けて反撃に転じたリードホルム軍は、攻撃部隊を分けて三方向から攻め入るという戦術を選んでいた。
対するノルドグレーン軍は部隊を三つに分けて応戦しつつ、ベアトリスのもとに五千ほどの兵力を残している。リードホルム軍攻撃部隊の規模に応じて、この予備兵力を適切に配分できるかどうかが勝負の分かれ目だ。
「マイエルの勢いが図抜けているわね……ハンメルト連隊を援護に向かわせなさい」
トールヴァルド・マイエルの部隊は、他と比べて軽微な消耗度と指揮官の能力から、やはり緒戦から目に見えて高い攻撃力を誇っていた。
その戦場だけに目を向ければ、マイエルの猛攻に押されているように見えるが、ベアトリスに動じている様子はない。あくまで想定内の苦戦なのだ。
「最初に毒の息を吐く首は、やはりマイエルね。次はどちらですの?」
ベアトリスは頬杖をつき、余裕の笑みさえ浮かべている。
「ヒュードラですか……私の遠い祖先たちにも、アジ・ダハーカという多頭竜の言い伝えがあったそうです」
親衛隊長ロードストレームが言った。彼の装いは前日までと異なり、腰の両側に長いV字型の祭具のようなものを携えている。
「そちらも身体に強い毒を持つ悪神だったとか」
「なかなか面白いわ。多頭の竜というのは、国が違っても同じような描かれ方をするものなのね」
「国を乗っ取るために、まず賢王を堕落させその部下を奪う、優れた策士という一面も持ち合わせていたそうです」
「あら、ではその多頭竜は今、湖の北側に現れているのではなくて?」
ベアトリスはくすくすと笑い、ランガス湖北側の戦場を見やった。
「安易な兵力の分散は、各個撃破の好餌なれど……」
フリークルンドの攻撃案に、ウルフ・ラインフェルトは保留つきながらも賛意を示した。それも理論的裏付けと、作戦の細部に至る具体案まで添える手厚さだ。薄暗い会議室に、光明が差したような錯覚を覚えた者は多い。
「事ここに至っては話は別。敵も、こちらが不均衡に分けた部隊の規模に応じて、適切に守備部隊を配置できるわけではありません。ランガス湖によって南北に隔てられたジュニエス河谷は、兵の柔軟な配置換えが難しい戦場。わずかでも勝つ目があるのは、三隊の個別進撃です」
投機的な戦術を好まないラインフェルトから信任を得たことで、リードホルム軍の行動案は確固たるものとなった。
ラインフェルトの発案により、トールヴァルド・マイエルの騎馬部隊は第一攻撃部隊として河谷の南端から攻め上り、エリオット・フリークルンド率いる近衛兵と主力騎兵部隊は第二攻撃部隊として湖の南岸に、そして湖の北部に布陣するラインフェルト自身が、第三の攻撃部隊としてノルドグレーン軍に圧力をかける役目を買って出た。
この、それぞれ身体の大きさも牙の長さも違う三叉の蛇が、リードホルム軍にかすかな勝機をもたらす。
リードホルム軍の動向を見て、ベアトリス・ローセンダールは勝ち誇ったようにつぶやく。
ジュニエス河谷での戦闘開始から五日目、彼女の予測どおり、リードホルム軍は最後の攻撃を開始した。
王国の命運を賭けて反撃に転じたリードホルム軍は、攻撃部隊を分けて三方向から攻め入るという戦術を選んでいた。
対するノルドグレーン軍は部隊を三つに分けて応戦しつつ、ベアトリスのもとに五千ほどの兵力を残している。リードホルム軍攻撃部隊の規模に応じて、この予備兵力を適切に配分できるかどうかが勝負の分かれ目だ。
「マイエルの勢いが図抜けているわね……ハンメルト連隊を援護に向かわせなさい」
トールヴァルド・マイエルの部隊は、他と比べて軽微な消耗度と指揮官の能力から、やはり緒戦から目に見えて高い攻撃力を誇っていた。
その戦場だけに目を向ければ、マイエルの猛攻に押されているように見えるが、ベアトリスに動じている様子はない。あくまで想定内の苦戦なのだ。
「最初に毒の息を吐く首は、やはりマイエルね。次はどちらですの?」
ベアトリスは頬杖をつき、余裕の笑みさえ浮かべている。
「ヒュードラですか……私の遠い祖先たちにも、アジ・ダハーカという多頭竜の言い伝えがあったそうです」
親衛隊長ロードストレームが言った。彼の装いは前日までと異なり、腰の両側に長いV字型の祭具のようなものを携えている。
「そちらも身体に強い毒を持つ悪神だったとか」
「なかなか面白いわ。多頭の竜というのは、国が違っても同じような描かれ方をするものなのね」
「国を乗っ取るために、まず賢王を堕落させその部下を奪う、優れた策士という一面も持ち合わせていたそうです」
「あら、ではその多頭竜は今、湖の北側に現れているのではなくて?」
ベアトリスはくすくすと笑い、ランガス湖北側の戦場を見やった。
「安易な兵力の分散は、各個撃破の好餌なれど……」
フリークルンドの攻撃案に、ウルフ・ラインフェルトは保留つきながらも賛意を示した。それも理論的裏付けと、作戦の細部に至る具体案まで添える手厚さだ。薄暗い会議室に、光明が差したような錯覚を覚えた者は多い。
「事ここに至っては話は別。敵も、こちらが不均衡に分けた部隊の規模に応じて、適切に守備部隊を配置できるわけではありません。ランガス湖によって南北に隔てられたジュニエス河谷は、兵の柔軟な配置換えが難しい戦場。わずかでも勝つ目があるのは、三隊の個別進撃です」
投機的な戦術を好まないラインフェルトから信任を得たことで、リードホルム軍の行動案は確固たるものとなった。
ラインフェルトの発案により、トールヴァルド・マイエルの騎馬部隊は第一攻撃部隊として河谷の南端から攻め上り、エリオット・フリークルンド率いる近衛兵と主力騎兵部隊は第二攻撃部隊として湖の南岸に、そして湖の北部に布陣するラインフェルト自身が、第三の攻撃部隊としてノルドグレーン軍に圧力をかける役目を買って出た。
この、それぞれ身体の大きさも牙の長さも違う三叉の蛇が、リードホルム軍にかすかな勝機をもたらす。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
倒したモンスターをカード化!~二重取りスキルで報酬倍増! デミゴッドが行く異世界旅~
乃神レンガ
ファンタジー
謎の白い空間で、神から異世界に送られることになった主人公。
二重取りの神授スキルを与えられ、その効果により追加でカード召喚術の神授スキルを手に入れる。
更にキャラクターメイキングのポイントも、二重取りによって他の人よりも倍手に入れることができた。
それにより主人公は、本来ポイント不足で選択できないデミゴッドの種族を選び、ジンという名前で異世界へと降り立つ。
異世界でジンは倒したモンスターをカード化して、最強の軍団を作ることを目標に、世界を放浪し始めた。
しかし次第に世界のルールを知り、争いへと巻き込まれていく。
国境門が数カ月に一度ランダムに他国と繋がる世界で、ジンは様々な選択を迫られるのであった。
果たしてジンの行きつく先は魔王か神か、それとも別の何かであろうか。
現在毎日更新中。
※この作品は『カクヨム』『ノベルアップ+』にも投稿されています。
追放令嬢の叛逆譚〜魔王の力をこの手に〜
ノウミ
ファンタジー
かつて繁栄を誇る国の貴族令嬢、エレナは、母親の嫉妬により屋敷の奥深くに幽閉されていた。異母妹であるソフィアは、母親の寵愛を一身に受け、エレナを蔑む日々が続いていた。父親は戦争の最前線に送られ、家にはほとんど戻らなかったが、エレナを愛していたことをエレナは知らなかった。
ある日、エレナの父親が一時的に帰還し、国を挙げての宴が開かれる。各国の要人が集まる中、エレナは自国の王子リュシアンに見初められる。だが、これを快く思わないソフィアと母親は密かに計画を立て、エレナを陥れようとする。
リュシアンとの婚約が決まった矢先、ソフィアの策略によりエレナは冤罪をかぶせられ、婚約破棄と同時に罪人として国を追われることに。父親は娘の無実を信じ、エレナを助けるために逃亡を図るが、その道中で父親は追っ手に殺され、エレナは死の森へと逃げ込む。
この森はかつて魔王が討伐された場所とされていたが、実際には魔王は封印されていただけだった。魔王の力に触れたエレナは、その力を手に入れることとなる。かつての優しい令嬢は消え、復讐のために国を興す決意をする。
一方、エレナのかつての国は腐敗が進み、隣国への侵略を正当化し、勇者の名のもとに他国から資源を奪い続けていた。魔王の力を手にしたエレナは、その野望に終止符を打つべく、かつて自分を追い詰めた家族と国への復讐のため、新たな国を興し、反旗を翻す。
果たしてエレナは、魔王の力を持つ者として世界を覆すのか、それともかつての優しさを取り戻すことができるのか。
※下記サイトにても同時掲載中です
・小説家になろう
・カクヨム
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
百合チート持ちで異世界に転生したとか百合ハーの姫になるしかない!!
無色
ファンタジー
女の子とイチャラブしてぇ〜。
通り魔に刺されて死んだはずの私が目を覚ますと――――そこは見たこともない世界だった。
「あぅあぅあー」
あっれぇ?!私赤ちゃんじゃん!何これどうなってんのー?!
「こんにちは神でーす♡顔が好みすぎて転生させちゃった♡」
「だぅあーーーー!!」
剣?魔法?そんなの神様からもらったチートで余裕余裕……じゃない!!
スライムより弱いじゃん助けてーーーー!!!
私が神様にもらったチートって……女の子に好かれる百合チート?!!
なんッじゃそりゃーーーー!!
…いや最高だな神様ありがとー!!
しゅごい人生楽しみでしょうがなさすぎりゅ!!
ウッシッシ♡よーし新しい人生、女の子にいーっぱい愛されるぞー♡!!
幼なじみも魔女もロリっ子も、みんなみんな私のものにしてやるぜーー!!♡
これはファンタジーな世界で繰り広げられる、百合好き拗らせスケベ系女子による、何でもありの人生再生計画。
可愛い女の子たちに囲まれてキャッキャウフフするだけの、或いはヌルヌルグチョグチョしたいだけの、ドタバタだけどハートフルな日常のストーリー。
私が幸せになるための物語だ。
小説家になろうにて同時連載中
なろう版では一部挿絵有り、より多く更新されております
当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!
犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。
そして夢をみた。
日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。
その顔を見て目が覚めた。
なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。
数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。
幼少期、最初はツラい状況が続きます。
作者都合のゆるふわご都合設定です。
1日1話更新目指してます。
エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。
お楽しみ頂けたら幸いです。
***************
2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます!
100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!!
2024年9月9日 お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます!
200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!
異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました
おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。
※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。
※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・)
更新はめっちゃ不定期です。
※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。
【第一部完結】お望み通り、闇堕ち(仮)の悪役令嬢(ラスボス)になってあげましょう!
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「アメリア・ナイトロード、よくも未来の婚約者となるリリス嬢に酷い仕打ちをしてくれたな。公爵令嬢の立場を悪用しての所業、この場でウィルフリードに変わって婚約破棄を言い渡す!」
「きゃー。スチュワート様ステキ☆」
本人でもない馬鹿王子に言いがかりを付けられ、その後に起きたリリス嬢毒殺未遂及び場を荒らしたと全ての責任を押し付けられて、アメリアは殺されてしまう。
全ての元凶はリリスだと語られたアメリアは深い絶望と憤怒に染まり、死の間際で吸血鬼女王として覚醒と同時に、自分の前世の記憶を取り戻す。
架橋鈴音(かけはしすずね)だったアメリアは、この世界が、乙女ゲーム《葬礼の乙女と黄昏の夢》で、自分が悪役令嬢かつラスボスのアメリア・ナイトロードに転生していたこと、もろもろ準備していたことを思い出し、復讐を誓った。
吸血鬼女王として覚醒した知識と力で、ゲームで死亡フラグのあるサブキャラ(非攻略キャラ)、中ボス、ラスボスを仲間にして国盗りを開始!
絵画バカの魔王と、モフモフ好きの死神、食いしん坊の冥府の使者、そしてうじうじ系泣き虫な邪神とそうそうたるメンバーなのだが、ゲームとなんだかキャラが違うし、一癖も二癖もある!? リリス、第二王子エルバートを含むざまあされる側の視点あり、大掛かりな復讐劇が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる