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ジュニエスの戦い

72 ヒュードラ

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「三方からの同時攻撃……まるで災厄の多頭竜ヒュードラね。さて、どれが不死の頭かしら? 斬り落として、永遠に地の底へ葬ってさしあげますわ」
 リードホルム軍の動向を見て、ベアトリス・ローセンダールは勝ち誇ったようにつぶやく。
 ジュニエス河谷かこくでの戦闘開始から五日目、彼女の予測どおり、リードホルム軍は最後の攻撃を開始した。
 王国の命運を賭けて反撃に転じたリードホルム軍は、攻撃部隊を分けて三方向から攻め入るという戦術を選んでいた。
 対するノルドグレーン軍は部隊を三つに分けて応戦しつつ、ベアトリスのもとに五千ほどの兵力を残している。リードホルム軍攻撃部隊の規模に応じて、この予備兵力を適切に配分できるかどうかが勝負の分かれ目だ。
「マイエルの勢いが図抜けているわね……ハンメルト連隊を援護に向かわせなさい」
 トールヴァルド・マイエルの部隊は、他と比べて軽微な消耗度と指揮官の能力から、やはり緒戦から目に見えて高い攻撃力を誇っていた。
 その戦場だけに目を向ければ、マイエルの猛攻に押されているように見えるが、ベアトリスに動じている様子はない。あくまで想定内の苦戦なのだ。
「最初に毒の息を吐く首は、やはりマイエルね。次はどちらですの?」
 ベアトリスは頬杖ほおづえをつき、余裕の笑みさえ浮かべている。
「ヒュードラですか……私の遠い祖先たちにも、アジ・ダハーカという多頭竜の言い伝えがあったそうです」
 親衛隊長ロードストレームが言った。彼の装いは前日までと異なり、腰の両側に長いV字型の祭具のようなものをたずさえている。
「そちらも身体に強い毒を持つ悪神あくじんだったとか」
「なかなか面白いわ。多頭の竜というのは、国が違っても同じような描かれ方をするものなのね」
「国を乗っ取るために、まず賢王を堕落させその部下を奪う、優れた策士という一面も持ち合わせていたそうです」
「あら、ではその多頭竜は今、湖の北側に現れているのではなくて?」
 ベアトリスはくすくすと笑い、ランガス湖北側の戦場を見やった。

「安易な兵力の分散は、各個撃破の好餌こうじなれど……」
 フリークルンドの攻撃案に、ウルフ・ラインフェルトは保留つきながらも賛意を示した。それも理論的裏付けと、作戦の細部に至る具体案まで添える手厚さだ。薄暗い会議室に、光明が差したような錯覚を覚えた者は多い。
「事ここに至っては話は別。敵も、こちらが不均衡に分けた部隊の規模に応じて、適切に守備部隊を配置できるわけではありません。ランガス湖によって南北に隔てられたジュニエス河谷は、兵の柔軟な配置換えが難しい戦場。わずかでも勝つ目があるのは、三隊の個別進撃です」
 投機的な戦術を好まないラインフェルトから信任を得たことで、リードホルム軍の行動案は確固たるものとなった。
 ラインフェルトの発案により、トールヴァルド・マイエルの騎馬部隊は第一攻撃部隊として河谷の南端から攻め上り、エリオット・フリークルンド率いる近衛兵と主力騎兵部隊は第二攻撃部隊として湖の南岸に、そして湖の北部に布陣するラインフェルト自身が、第三の攻撃部隊としてノルドグレーン軍に圧力をかける役目を買って出た。
 この、それぞれ身体の大きさも牙の長さも違う三叉みつまたの蛇が、リードホルム軍にかすかな勝機をもたらす。
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