195 / 247
ジュニエスの戦い
68 誇り
しおりを挟む
ジュニエス河谷の戦い四日目の日が落ち、ソルモーサン砦に戻ったリードホルム軍の兵士たちは戦勝に沸いていた。トールヴァルド・マイエルの参戦によって前日までの劣勢を覆し、反逆者アルフレド・マリーツも速やかに打倒されたことで、疲労の極にありながらも全体の士気は高い。
だが、そんな一般兵たちの雰囲気とは裏腹に、指揮官たちの集まるソルモーサン砦の会議室は重苦しい空気が充満していた。
会議室には総司令レイグラーフを始めとして、ノア、ラインフェルトとマイエル、その副官たち、近衛兵隊長フリークルンドと副隊長ハセリウス、連隊長と大隊長を合わせて二十人ほどが一堂に会している。
この日の戦いがリードホルム軍の勝利に終わったことに異を唱える者はいない。だが、勝ち切れなかったという悔恨の情が、室内にいる全員を包み込んでいた。
明日のための軍議は積極的な発言も少なく、しばしば会議室は気まずい静寂に包まれる。特に、マイエルの参戦という壮大な組曲を演奏しきれなかった、作曲者ウルフ・ラインフェルトの悄然のほどは深い。そのラインフェルトの隣の席で、腕組みをして軍議を傍観しているだけだったマイエルが、呆れたように口を開いた。
「沈んでおるのう、ラインフェルトよ」
「マイエル……すまないな。無理に呼んでおきながら、この有様だ」
「相変わらず余計なものまで背負い込みおって」
「それが性分でな」
「あるだけ心配事を抱え込んで、よくそれだけ髪が残っておるものだ。我なら心労ですべて抜け落ちておるだろうよ」
周囲を気にせず笑うマイエルに、レイグラーフが咳払いで私語を制した。
マイエル自身は窮地のリードホルム軍を救う活躍ぶりだったが、マリーツの反逆に対応したため、持てる力のすべてをノルドグレーン軍にぶつけることができなかった。
マイエルが的確にレーフクヴィスト連隊の弱点を突き、その傷口を拡げるようにマリーツが敵陣を崩しにかかる――ラインフェルトの思い描いたとおりに戦況が推移していれば、ノルドグレーン軍の実働兵士数は多くても11000程度まで減少し、マイエルの部隊2000を加えたリードホルム軍は6000以上にまで戦力を回復したはずだった。まだまだ劣勢ではあるが、開戦時よりも戦力差は縮まる。
そして、マイエルがボルガフィエルからの移動中に先を急ぐあまり、道中で振り落としてきた歩兵部隊が到着すれば、戦力はさらに拮抗する。ノルドグレーンの指揮官ベアトリス・ローセンダールがそれを厭い、戦況の泥沼化を避けるため大幅な戦術の転換を図れば、必ずそこに隙が生まれる――それこそがラインフェルトの狙いでもあったのだ。
だが現実には、ノルドグレーン軍に戦力の維持を許したばかりか、リードホルム軍は同士討ちで数をすり減らしている。四日目終戦時の両軍の総数は、13000対5000という数字に帰結した。これほどの戦力差があれば、ベアトリスは焦ることなく、リードホルム軍を押し潰すように長期戦の構えで戦うことができる。
「やむを得ん、ここはソルモーサン砦での籠城戦に移行しよう」
腕組みをして渋面で卓上の地図を見下ろすレイグラーフが、重い口を開いた。
「……レイグラーフ将軍、おそらくこの砦では、ノルドグレーン軍の攻撃を一日持ちこたえることもできないでしょう」
「そして東のキルナ平原で戦うわけか。圧倒的多数のノルドグレーン軍に包囲されながら」
だが、そんな一般兵たちの雰囲気とは裏腹に、指揮官たちの集まるソルモーサン砦の会議室は重苦しい空気が充満していた。
会議室には総司令レイグラーフを始めとして、ノア、ラインフェルトとマイエル、その副官たち、近衛兵隊長フリークルンドと副隊長ハセリウス、連隊長と大隊長を合わせて二十人ほどが一堂に会している。
この日の戦いがリードホルム軍の勝利に終わったことに異を唱える者はいない。だが、勝ち切れなかったという悔恨の情が、室内にいる全員を包み込んでいた。
明日のための軍議は積極的な発言も少なく、しばしば会議室は気まずい静寂に包まれる。特に、マイエルの参戦という壮大な組曲を演奏しきれなかった、作曲者ウルフ・ラインフェルトの悄然のほどは深い。そのラインフェルトの隣の席で、腕組みをして軍議を傍観しているだけだったマイエルが、呆れたように口を開いた。
「沈んでおるのう、ラインフェルトよ」
「マイエル……すまないな。無理に呼んでおきながら、この有様だ」
「相変わらず余計なものまで背負い込みおって」
「それが性分でな」
「あるだけ心配事を抱え込んで、よくそれだけ髪が残っておるものだ。我なら心労ですべて抜け落ちておるだろうよ」
周囲を気にせず笑うマイエルに、レイグラーフが咳払いで私語を制した。
マイエル自身は窮地のリードホルム軍を救う活躍ぶりだったが、マリーツの反逆に対応したため、持てる力のすべてをノルドグレーン軍にぶつけることができなかった。
マイエルが的確にレーフクヴィスト連隊の弱点を突き、その傷口を拡げるようにマリーツが敵陣を崩しにかかる――ラインフェルトの思い描いたとおりに戦況が推移していれば、ノルドグレーン軍の実働兵士数は多くても11000程度まで減少し、マイエルの部隊2000を加えたリードホルム軍は6000以上にまで戦力を回復したはずだった。まだまだ劣勢ではあるが、開戦時よりも戦力差は縮まる。
そして、マイエルがボルガフィエルからの移動中に先を急ぐあまり、道中で振り落としてきた歩兵部隊が到着すれば、戦力はさらに拮抗する。ノルドグレーンの指揮官ベアトリス・ローセンダールがそれを厭い、戦況の泥沼化を避けるため大幅な戦術の転換を図れば、必ずそこに隙が生まれる――それこそがラインフェルトの狙いでもあったのだ。
だが現実には、ノルドグレーン軍に戦力の維持を許したばかりか、リードホルム軍は同士討ちで数をすり減らしている。四日目終戦時の両軍の総数は、13000対5000という数字に帰結した。これほどの戦力差があれば、ベアトリスは焦ることなく、リードホルム軍を押し潰すように長期戦の構えで戦うことができる。
「やむを得ん、ここはソルモーサン砦での籠城戦に移行しよう」
腕組みをして渋面で卓上の地図を見下ろすレイグラーフが、重い口を開いた。
「……レイグラーフ将軍、おそらくこの砦では、ノルドグレーン軍の攻撃を一日持ちこたえることもできないでしょう」
「そして東のキルナ平原で戦うわけか。圧倒的多数のノルドグレーン軍に包囲されながら」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
こじらせ中年の深夜の異世界転生飯テロ探訪記
陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
※コミカライズ進行中。
なんか気が付いたら目の前に神様がいた。
異世界に転生させる相手を間違えたらしい。
元の世界に戻れないと謝罪を受けたが、
代わりにどんなものでも手に入るスキルと、
どんな食材かを理解するスキルと、
まだ見ぬレシピを知るスキルの、
3つの力を付与された。
うまい飯さえ食えればそれでいい。
なんか世界の危機らしいが、俺には関係ない。
今日も楽しくぼっち飯。
──の筈が、飯にありつこうとする奴らが集まってきて、なんだか騒がしい。
やかましい。
食わせてやるから、黙って俺の飯を食え。
貰った体が、どうやら勇者様に与える筈のものだったことが分かってきたが、俺には戦う能力なんてないし、そのつもりもない。
前世同様、野菜を育てて、たまに狩猟をして、釣りを楽しんでのんびり暮らす。
最近は精霊の子株を我が子として、親バカ育児奮闘中。
更新頻度……深夜に突然うまいものが食いたくなったら。
聖女を追放した国の物語 ~聖女追放小説の『嫌われ役王子』に転生してしまった。~
猫野 にくきゅう
ファンタジー
国を追放された聖女が、隣国で幸せになる。
――おそらくは、そんな内容の小説に出てくる
『嫌われ役』の王子に、転生してしまったようだ。
俺と俺の暮らすこの国の未来には、
惨めな破滅が待ち構えているだろう。
これは、そんな運命を変えるために、
足掻き続ける俺たちの物語。
司書ですが、何か?
みつまめ つぼみ
ファンタジー
16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。
ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。
与えてもらった名前を名乗ることで未来が大きく変わるとしても、私は自分で名前も運命も選びたい
珠宮さくら
ファンタジー
森の中の草むらで、10歳くらいの女の子が1人で眠っていた。彼女は自分の名前がわからず、それまでの記憶もあやふやな状態だった。
そんな彼女が最初に出会ったのは、森の中で枝が折られてしまった若い木とそして時折、人間のように見えるツキノワグマのクリティアスだった。
そこから、彼女は森の中の色んな動物や木々と仲良くなっていくのだが、その森の主と呼ばれている木から、新しい名前であるアルテア・イフィジェニーという名前を与えられることになる。
彼女は様々な種族との出会いを経て、自分が何者なのかを思い出すことになり、自分が名乗る名前で揺れ動くことになるとは思いもしなかった。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
異世界でゆるゆる生活を満喫す
葉月ゆな
ファンタジー
辺境伯家の三男坊。数か月前の高熱で前世は日本人だったこと、社会人でブラック企業に勤めていたことを思い出す。どうして亡くなったのかは記憶にない。ただもう前世のように働いて働いて夢も希望もなかった日々は送らない。
もふもふと魔法の世界で楽しく生きる、この生活を絶対死守するのだと誓っている。
家族に助けられ、面倒ごとは優秀な他人に任せる主人公。でも頼られるといやとはいえない。
ざまぁや成り上がりはなく、思いつくままに好きに行動する日常生活ゆるゆるファンタジーライフのご都合主義です。
罪人として生まれた私が女侯爵となる日
迷い人
ファンタジー
守護の民と呼ばれる一族に私は生まれた。
母は、浄化の聖女と呼ばれ、魔物と戦う屈強な戦士達を癒していた。
魔物からとれる魔石は莫大な富を生む、それでも守護の民は人々のために戦い旅をする。
私達の心は、王族よりも気高い。
そう生まれ育った私は罪人の子だった。
傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。
実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。
それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。
ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。
目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。
すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。
抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……?
傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに
たっぷり愛され甘やかされるお話。
このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。
修正をしながら順次更新していきます。
また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。
もし御覧頂けた際にはご注意ください。
※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる