180 / 247
ジュニエスの戦い
53 明日へ翔ぶ鳥 4
しおりを挟む
「ノア大公、こちらにおいででしたか」
近衛兵のフリークルンド隊長はノアの前に立ち、折り目正しく敬礼した。
そのさまは、開戦時の慇懃無礼な態度よりも、実直な敬意がこもっているようだ。だがリースベットについては、その場に存在しないかのように無視している。
「念の為、お耳に入れておきたいことが」
「何があった、フリークルンド隊長」
「隊員のヴォールファートが行方不明です」
「ヴォールファート……確か、アムレアン隊長の部隊から編入した……」
「左様です。昼間の戦闘時は確かに姿はあったのですが、退却時には消えていました」
「……死体は?」
「見つかっていません。まさかとは思いますが、単独でノルドグレーン軍に侵入したか……」
――あるいは、寝返ったか。ノアとフリークルンド、傍で話を聞いていたリースベットもその可能性に思い至ったが、口には出さなかった。そんな危惧を抱かねばならないほど、リードホルム軍の置かれた状況は苦しい。
「取り急ぎ、ご報告まで」
「わかった。……隊長、近衛兵はあと何名戦える?」
「死傷者と、疲労の極にある者を除くと、俺を入れて八名のみです」
精鋭揃いの近衛兵といえど、連日の過酷な戦闘により疲労、負傷しつつある点は他の兵たちと同様だった。
二日目の突撃時にステンホルムが倒れた以外には戦闘における直接的死者は出ていないが、怪我により戦線離脱した者、体力面の理由でフリークルンドと足並みを揃えての戦闘行動が不可能な者、それらを合計すると八名の脱落者を出していた。
この数は、割合としてはリードホルム軍全体の負傷率よりも遥かに大きく、彼らがいかに激戦の中に身を置いていたかを物語っている。
「卿らが一番の頼りだ。できる限り体を休めてくれ」
「は。失礼いたします」
フリークルンドは風を切る音が聞こえそうなほどきびきびと敬礼し、ノアの前から立ち去った。
その背中が見えなくなったのを確認して、リースベットが口を開く。
「……今のが近衛兵の隊長か?」
「ああ。はじめは不安もあったが、実によく戦ってくれている」
「いかにもな武人って感じだ」
「おそらく骨の髄までな。それゆえ融通が利かない面もあるが……力においては、リードホルム、ノルドグレーンはおろか、ノーラント随一かもしれない」
「あたしが倒した隊長よりも上だって話だな」
「どうやらそうだったらしい」
「やれやれ、やっぱり逃げてきて正解だ。近衛兵の隊長なんか、二度と戦いたくはねえ。あの長髪野郎より強いときたら尚更だよ」
リースベットは両手を後頭部で組み、外壁から落ちそうなほど背を反らして空を仰ぎ見た。大きなフクロウが夜空を北東へ飛んでゆく。
「そうだリース、明日以降のことを説明しておこうか」
「軍議でなにか決まったのか?」
「ああ。他にも、話しておきたいことがあるのだ……」
近衛兵のフリークルンド隊長はノアの前に立ち、折り目正しく敬礼した。
そのさまは、開戦時の慇懃無礼な態度よりも、実直な敬意がこもっているようだ。だがリースベットについては、その場に存在しないかのように無視している。
「念の為、お耳に入れておきたいことが」
「何があった、フリークルンド隊長」
「隊員のヴォールファートが行方不明です」
「ヴォールファート……確か、アムレアン隊長の部隊から編入した……」
「左様です。昼間の戦闘時は確かに姿はあったのですが、退却時には消えていました」
「……死体は?」
「見つかっていません。まさかとは思いますが、単独でノルドグレーン軍に侵入したか……」
――あるいは、寝返ったか。ノアとフリークルンド、傍で話を聞いていたリースベットもその可能性に思い至ったが、口には出さなかった。そんな危惧を抱かねばならないほど、リードホルム軍の置かれた状況は苦しい。
「取り急ぎ、ご報告まで」
「わかった。……隊長、近衛兵はあと何名戦える?」
「死傷者と、疲労の極にある者を除くと、俺を入れて八名のみです」
精鋭揃いの近衛兵といえど、連日の過酷な戦闘により疲労、負傷しつつある点は他の兵たちと同様だった。
二日目の突撃時にステンホルムが倒れた以外には戦闘における直接的死者は出ていないが、怪我により戦線離脱した者、体力面の理由でフリークルンドと足並みを揃えての戦闘行動が不可能な者、それらを合計すると八名の脱落者を出していた。
この数は、割合としてはリードホルム軍全体の負傷率よりも遥かに大きく、彼らがいかに激戦の中に身を置いていたかを物語っている。
「卿らが一番の頼りだ。できる限り体を休めてくれ」
「は。失礼いたします」
フリークルンドは風を切る音が聞こえそうなほどきびきびと敬礼し、ノアの前から立ち去った。
その背中が見えなくなったのを確認して、リースベットが口を開く。
「……今のが近衛兵の隊長か?」
「ああ。はじめは不安もあったが、実によく戦ってくれている」
「いかにもな武人って感じだ」
「おそらく骨の髄までな。それゆえ融通が利かない面もあるが……力においては、リードホルム、ノルドグレーンはおろか、ノーラント随一かもしれない」
「あたしが倒した隊長よりも上だって話だな」
「どうやらそうだったらしい」
「やれやれ、やっぱり逃げてきて正解だ。近衛兵の隊長なんか、二度と戦いたくはねえ。あの長髪野郎より強いときたら尚更だよ」
リースベットは両手を後頭部で組み、外壁から落ちそうなほど背を反らして空を仰ぎ見た。大きなフクロウが夜空を北東へ飛んでゆく。
「そうだリース、明日以降のことを説明しておこうか」
「軍議でなにか決まったのか?」
「ああ。他にも、話しておきたいことがあるのだ……」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
抄編 水滸伝
N2
歴史・時代
中国四大奇書のひとつ、『水滸伝』の抄編、抄訳になります。
水滸伝はそれこそ無数に翻訳、抄訳されておりますが、現在でも気軽に書店で手にはいるのは、講談社学術文庫(百回本:井波訳)と岩波少年文庫(百二十回本:松枝抄訳)ぐらいになってしまいました。
岩波の吉川訳、ちくまの駒田訳、角川の村上訳、青い鳥文庫の立間訳などは中古市場のものになりつつあります。たくさんあって自由に選べるのが理想ではあるのですが。
いまこの大変面白い物語をひろく読んでいただけるよう、入門的なテクストとして書くことにいたしました。再構成にあたっては、小学校高学年の子供さんから大人までを対象読者に、以下の方針ですすめてまいります。
・漢字表現をできるだけ平易なものに
・原文の尊重よりも会話の面白さを主体に
・暴力、性愛表現をあっさりと
・百八人ぜんいんの登場にこだわらない
・展開はスピーディに、エピソードもばんばんとばす
・ただし詩や当時の慣用句はたいせつに
・話しの腰を折らない程度の説明は入れる
……いちおう容與堂百回本および百二十回本をもとに組み立て/組み換えますが、上記のとおりですのでかなり端折ります(そのため“抄編”とタイトルしています)。原文はまじめに訳せば200万字は下るまいと思いますので、できればその一割、20万字以内に収められたらと考えています。どうかお付き合いください。
【完結】少年王が望むは…
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。
15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。
恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか?
【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム
罪人として生まれた私が女侯爵となる日
迷い人
ファンタジー
守護の民と呼ばれる一族に私は生まれた。
母は、浄化の聖女と呼ばれ、魔物と戦う屈強な戦士達を癒していた。
魔物からとれる魔石は莫大な富を生む、それでも守護の民は人々のために戦い旅をする。
私達の心は、王族よりも気高い。
そう生まれ育った私は罪人の子だった。
異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)
ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。
流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定!
剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。
せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!?
オマケに最後の最後にまたもや神様がミス!
世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に
なっちゃって!?
規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。
……路上生活、そろそろやめたいと思います。
異世界転生わくわくしてたけど
ちょっとだけ神様恨みそう。
脱路上生活!がしたかっただけなのに
なんで無双してるんだ私???
司書ですが、何か?
みつまめ つぼみ
ファンタジー
16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。
ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。
さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~
みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。
生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。
夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。
なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。
きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。
お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。
やっと、私は『私』をやり直せる。
死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。
勇者パーティーを追い出された大魔法導士、辺境の地でスローライフを満喫します ~特Aランクの最強魔法使い~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
クロード・ディスタンスは最強の魔法使い。しかしある日勇者パーティーを追放されてしまう。
勇者パーティーの一員として魔王退治をしてくると大口叩いて故郷を出てきた手前帰ることも出来ない俺は自分のことを誰も知らない辺境の地でひっそりと生きていくことを決めたのだった。
異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる