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ジュニエスの戦い

53 明日へ翔ぶ鳥 4

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「ノア大公、こちらにおいででしたか」
 近衛兵のフリークルンド隊長はノアの前に立ち、折り目正しく敬礼した。
 そのさまは、開戦時の慇懃無礼いんぎんぶれいな態度よりも、実直な敬意がこもっているようだ。だがリースベットについては、その場に存在しないかのように無視している。
「念の為、お耳に入れておきたいことが」
「何があった、フリークルンド隊長」
「隊員のヴォールファートが行方不明です」
「ヴォールファート……確か、アムレアン隊長の部隊から編入した……」
「左様です。昼間の戦闘時は確かに姿はあったのですが、退却時には消えていました」
「……死体は?」
「見つかっていません。まさかとは思いますが、単独でノルドグレーン軍に侵入したか……」
――あるいは、寝返ったか。ノアとフリークルンド、そばで話を聞いていたリースベットもその可能性に思い至ったが、口には出さなかった。そんな危惧きぐを抱かねばならないほど、リードホルム軍の置かれた状況は苦しい。
「取り急ぎ、ご報告まで」
「わかった。……隊長、近衛兵はあと何名戦える?」
「死傷者と、疲労のきょくにある者を除くと、俺を入れて八名のみです」
 精鋭揃いの近衛兵といえど、連日の過酷な戦闘により疲労、負傷しつつある点は他の兵たちと同様だった。
 二日目の突撃時にステンホルムが倒れた以外には戦闘における直接的死者は出ていないが、怪我により戦線離脱した者、体力面の理由でフリークルンドと足並みを揃えての戦闘行動が不可能な者、それらを合計すると八名の脱落者を出していた。
 この数は、割合としてはリードホルム軍全体の負傷率よりも遥かに大きく、彼らがいかに激戦の中に身を置いていたかを物語っている。
けいらが一番の頼りだ。できる限り体を休めてくれ」
「は。失礼いたします」
 フリークルンドは風を切る音が聞こえそうなほどきびきびと敬礼し、ノアの前から立ち去った。
 その背中が見えなくなったのを確認して、リースベットが口を開く。
「……今のが近衛兵の隊長か?」
「ああ。はじめは不安もあったが、実によく戦ってくれている」
「いかにもな武人って感じだ」
「おそらく骨の髄までな。それゆえ融通ゆうづうが利かない面もあるが……力においては、リードホルム、ノルドグレーンはおろか、ノーラント随一かもしれない」
「あたしが倒した隊長よりも上だって話だな」
「どうやらそうだったらしい」
「やれやれ、やっぱり逃げてきて正解だ。近衛兵の隊長なんか、二度と戦いたくはねえ。あの長髪野郎より強いときたら尚更だよ」
 リースベットは両手を後頭部で組み、外壁から落ちそうなほど背を反らして空を仰ぎ見た。大きなフクロウが夜空を北東へ飛んでゆく。
「そうだリース、明日以降のことを説明しておこうか」
「軍議でなにか決まったのか?」
「ああ。他にも、話しておきたいことがあるのだ……」
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