山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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ジュニエスの戦い

45 偽装

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 戦いを続けるリードホルム軍の密集陣形の切れ間を、威圧的とさえ言えるほど屈強な体躯たいくの装甲騎馬が二頭、ゆっくりと走り抜けている。
「大した馬だな。こんだけの体なのに、えらく聞き分けがいい」
「さすがにメシュヴィツも、相当な名馬を用意してくれたらしい」
 ノアとリースベットの兄妹が、表向きは他人であることを装いつつも、くつわを並べることになった。それが戦場でなければ、二人が真に待ち望んだ時間だっただろう。
 リースベットは初めて乗る馬の感触を確かめながら、兄より少し前に出て前線へと歩を進めている。
「済まないな、そんな仮面マスキエラを付けさせて」
「ああ、これか。まあ仕方ねえ。今のあたしはリードホルムで最悪のお尋ね者だ」
「せめて顔を隠さねばと思ったが、全体を覆う兜は好きじゃないだろう?」
「そうだな。息が詰まっちまう」
「昔から身軽なほうが好きだったものな」
「よく覚えてる……」
 仮面はリースベットの顔の上半分ほどを覆い、よほど親しい者でない限り、リードホルムの元王女だと見破ることはできないだろう。
「そういえば、一人で来たのだな。仲間の者たちは……」
「黙って出てきた」
「……良かったのか、それで」
「ああ。あたしはここに立つ義務があるが、他の奴らは違う。……ま、あとで話すよ」
「あとで、か。ではまず、今日を生き残らねばな」
「そういうことだ!」
 リースベットはあぶみを蹴って馬に合図し、走る速度を上げた。ノアもそれに続く。
「で、お兄様、まずはどっちに行く?」
「右の湖側だ」
 ノアが指し示した部隊はノルドグレーン軍に押し込まれ、戦線崩壊の瀬戸際せとぎわにあるようだ。最前線で戦う部隊の中では、位置関係も二人に最も近い。
「リース、馬上で短剣は扱いづらいだろう。くらの右側にある武器を使うといい」
「……こいつか!」
 リースベットが手にしたのは、長い金属製のの先に幅の広い曲刀が付いた薙刀グレイブだった。リースベットの身長よりも大きなグレイブは大変な重量があり、馬上で振るえば、どんな重装備の歩兵だろうと吹き飛ばせるだけの力を出せるだろう。
「よし、あたしが敵陣に風穴を開ける。兄さんは兵士をせっついてそこから攻め込ませて!」
「わかった。気をつけてな」
「あたしらが組んだら怖いもん無しよ!」
 リースベットは、横陣おうじんで壁をつくるように大盾を構えるノルドグレーン軍の、陣形の左端に向けて突進した。
「ノア様!」
 ノアに背後から呼びかける声がした。そこには、馬をる補佐官メシュヴィツの姿があった。
「メシュヴィツ! ついてきたのか」
「私だけ自陣奥に隠れているわけには参りません。せめて露払つゆはらいをさせていただきます」
「わかった。呼び掛けを手伝ってくれ」
「お任せを!」
 ノアはリースベットのうしろ姿を見届けながら、剣をかかげてリードホルム兵たちに向かって叫んだ。
ひるむな! ここから押し返すぞ!」
「リードホルムの勇兵たちよ、刮目かつもくせよ! ノア王子が前線に立たれたぞ!」
 二人の声に一部のリードホルム兵が振り向き、ノアの姿に気づいた者たちがざわつき始めた。
 リースベットはノルドグレーン軍に突進した。接敵直前で手綱たづなを引いて馬体をひるがえすと、振り向きざまにグレイブの一撃を叩き込む。落雷のような轟音が鳴り響き、歩兵の構えていた大盾が吹き飛んだ。メシュヴィツが驚き目を丸くする。
「見よ、これが我らの力だ!」
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