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ジュニエスの戦い
43 仮面 3
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ノアは翌日、軍務省の資料室でローセンダール家に関する資料を繙読するウルフ・ラインフェルトを訪ねた。書物の山に囲まれたラインフェルトは、軍人というよりも学者といったほうが通りが良さそうだ。
「ラインフェルト将軍、忙しいところ済まないが……」
「これはノア様、このような場所に足を運ばれるとは」
「そのままでいい、お互い時間が惜しいだろう」
ノアは手近にあった椅子を引き寄せて座り、ラインフェルトに向き合う。
「将軍……過日、近衛兵が山賊に敗北したことをご存知だろうか」
「報告は受けております」
「その経緯についても?」
「はい。大枠のところは」
「そうか……では率直に言おう。私は、その山賊に、協力を要請しようと考えている」
「ノア様、その山賊というのは、つまるところ……」
「王家に仇なす者たちだ、という声もあろう。だが、今はそんなことに感けている場合ではない。この戦いに敗北すれば、王家そのものが潰えるのだからな」
ティーサンリード山賊団への協力要請は、近衛兵を退けた実績を鑑み、実のところラインフェルトも一考したことがある。
だが、彼の口から、誰かに提案することはできない。アウグスティン殺害の犯人であるリースベットたちへの協力要請は、王室の権威を蔑ろにする行為にほかならないのだから。
「騒ぎにならないよう手は尽くす。いちど手配書さえ出回っているからな。もちろん、受諾されるかどうかさえ、まだ分からないが……」
「……王家に連なるノア様がなされるのであれば、このラインフェルトに異存はございません」
「近衛兵がもう一部隊増える、と考えれば、我が軍にとって得難い力となるはずだ」
「……それに、近衛兵を倒したほどの者たちと不穏な関係のままであれば、後顧の憂えを抱えたままノルドグレーンに相対することになりますからな」
リースベットへの協力要請は、大手を振って行うことなどできない。
だがノアは、全く秘密裏に行おうとも考えていなかった。局所的な、限定された戦力増強に終わるよりも、その加勢を見越して戦場全体を見渡せる者、そして因習にとらわれず冷徹に勝利への筋道を立てられる者に、その存在を知らせておきたかった。
六長官会議での発言から、ノアはウルフ・ラインフェルトについて、そのような判断ができる人物であると見て白羽の矢を立てたのだった。
「何人集まるかもまだわからないが、とりあえずはカッセルの傭兵という体で通そうと思う」
「それがよいでしょう。既存部隊と別行動を取れば、その素性を勘ぐられる機会も少なかろうと存じます」
「公然にはできないが……将軍ならば、たとえ些細な戦力であっても、勝機に繋げられるのではないかと思ってね」
「なんと……それは身に余る光栄」
ラインフェルトはデスクの上の書物をかき分け、ゴブレットの水をひとくち飲むと、ノアに向き直った。
「……それでは、私の悪巧みも、ひとつノア様にお話しておきましょうかな」
「ラインフェルト将軍、忙しいところ済まないが……」
「これはノア様、このような場所に足を運ばれるとは」
「そのままでいい、お互い時間が惜しいだろう」
ノアは手近にあった椅子を引き寄せて座り、ラインフェルトに向き合う。
「将軍……過日、近衛兵が山賊に敗北したことをご存知だろうか」
「報告は受けております」
「その経緯についても?」
「はい。大枠のところは」
「そうか……では率直に言おう。私は、その山賊に、協力を要請しようと考えている」
「ノア様、その山賊というのは、つまるところ……」
「王家に仇なす者たちだ、という声もあろう。だが、今はそんなことに感けている場合ではない。この戦いに敗北すれば、王家そのものが潰えるのだからな」
ティーサンリード山賊団への協力要請は、近衛兵を退けた実績を鑑み、実のところラインフェルトも一考したことがある。
だが、彼の口から、誰かに提案することはできない。アウグスティン殺害の犯人であるリースベットたちへの協力要請は、王室の権威を蔑ろにする行為にほかならないのだから。
「騒ぎにならないよう手は尽くす。いちど手配書さえ出回っているからな。もちろん、受諾されるかどうかさえ、まだ分からないが……」
「……王家に連なるノア様がなされるのであれば、このラインフェルトに異存はございません」
「近衛兵がもう一部隊増える、と考えれば、我が軍にとって得難い力となるはずだ」
「……それに、近衛兵を倒したほどの者たちと不穏な関係のままであれば、後顧の憂えを抱えたままノルドグレーンに相対することになりますからな」
リースベットへの協力要請は、大手を振って行うことなどできない。
だがノアは、全く秘密裏に行おうとも考えていなかった。局所的な、限定された戦力増強に終わるよりも、その加勢を見越して戦場全体を見渡せる者、そして因習にとらわれず冷徹に勝利への筋道を立てられる者に、その存在を知らせておきたかった。
六長官会議での発言から、ノアはウルフ・ラインフェルトについて、そのような判断ができる人物であると見て白羽の矢を立てたのだった。
「何人集まるかもまだわからないが、とりあえずはカッセルの傭兵という体で通そうと思う」
「それがよいでしょう。既存部隊と別行動を取れば、その素性を勘ぐられる機会も少なかろうと存じます」
「公然にはできないが……将軍ならば、たとえ些細な戦力であっても、勝機に繋げられるのではないかと思ってね」
「なんと……それは身に余る光栄」
ラインフェルトはデスクの上の書物をかき分け、ゴブレットの水をひとくち飲むと、ノアに向き直った。
「……それでは、私の悪巧みも、ひとつノア様にお話しておきましょうかな」
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