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ジュニエスの戦い
30 戦火 3
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ノルドグレーンの重装歩兵が倒れて開いた隙間から、リードホルムの軽装歩兵がなだれ込んだ。
小回りの利かない長槍で武装している密集陣形内部の兵は接近戦で遅れを取り、炎で紙が端から焼けるようにノルドグレーン軍の陣は崩れていった。
一つの陣が崩れれば、隣り合う陣は横からの攻撃にも対応せねばならなくなる。よほど兵の練度が高くない限り、その負担に耐えきれず連鎖的に崩壊してゆく。
「ペルガメント、第一大隊を後退させよ! 態勢を立て直せ」
それを受けたノルドグレーン北軍のグスタフソン将軍は、迷わず前線指揮官に指示を出した。湖側の部隊は犠牲を出しつつも、速やかに後退してゆく。
――奇策には付き合わず、防御に徹すること。本陣への突撃を許さなければそれで良し。
グスタフソンは開戦前、この方針で戦うようベアトリスから命じられていた。彼自身はその命令を忠実に守っていたのだが、血を流して戦う末端の兵士たちすべてを従わせることは不可能だった。
敵が目の前にいれば剣を交え、背中を見せれば追いすがってとどめを刺そうとする――闘争本能という、人が生きるために備わった機序を制御し切ることは、誰にもできないのだ。
グスタフソンの対応が思いのほか早かったことで、ラインフェルトは戦術の修正を余儀なくされた。
ノルドグレーン軍の混乱が拡大した場合、後方に控えさせていたアルフレド・マリーツの部隊を突撃させ、戦局を切り拓こうと考えていた。だがマリーツには、移動の途中で撤退の指示が出されている。
「何ということだ。この期に及んで戦果を上げることができないとは……」
このラインフェルトの若き教え子は機を見るに敏で、とくに攻勢時の突破力には一目置かれる存在だった。しかしリードホルム軍の全員にとって残念なことに、彼に活躍の機会は与えられず、マリーツは不服そうな顔で所定の位置へと戻った。
「ランガス湖の北側は、ラインフェルト将軍が優勢に戦っております」
「個々の部隊の動きが早いな。さすがに直属の兵、伝令も作戦実行も淀みがない」
軍略家、用兵巧者として名高いラインフェルトの戦いを目の当たりにしたノアは、メシュヴィツとともに感嘆の声を上げていた。
「北側は我が軍の生命線。ラインフェルト将軍を配したのは正解でしたな」
「うむ……そうだな」
湖の北側は南側に比べて狭い戦場だが、互いにここを抜かれると主力軍の側背を突かれるため、重要であることにはノアも異論はない。だがノアは頷きつつも、メシュヴィツの見立てには違和感を覚えていた。
優勢に戦ってはいるが、北側の地形ではこれ以上の大きな戦果は望めそうにない。あくまで主力ではなく別働隊なのだ。ならばいっそ、北軍は指揮官が誰であれ愚直に防御に徹てっし、主力である南軍でラインフェルトにその手腕を振るってもらうほうが良いのではないか――
小回りの利かない長槍で武装している密集陣形内部の兵は接近戦で遅れを取り、炎で紙が端から焼けるようにノルドグレーン軍の陣は崩れていった。
一つの陣が崩れれば、隣り合う陣は横からの攻撃にも対応せねばならなくなる。よほど兵の練度が高くない限り、その負担に耐えきれず連鎖的に崩壊してゆく。
「ペルガメント、第一大隊を後退させよ! 態勢を立て直せ」
それを受けたノルドグレーン北軍のグスタフソン将軍は、迷わず前線指揮官に指示を出した。湖側の部隊は犠牲を出しつつも、速やかに後退してゆく。
――奇策には付き合わず、防御に徹すること。本陣への突撃を許さなければそれで良し。
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敵が目の前にいれば剣を交え、背中を見せれば追いすがってとどめを刺そうとする――闘争本能という、人が生きるために備わった機序を制御し切ることは、誰にもできないのだ。
グスタフソンの対応が思いのほか早かったことで、ラインフェルトは戦術の修正を余儀なくされた。
ノルドグレーン軍の混乱が拡大した場合、後方に控えさせていたアルフレド・マリーツの部隊を突撃させ、戦局を切り拓こうと考えていた。だがマリーツには、移動の途中で撤退の指示が出されている。
「何ということだ。この期に及んで戦果を上げることができないとは……」
このラインフェルトの若き教え子は機を見るに敏で、とくに攻勢時の突破力には一目置かれる存在だった。しかしリードホルム軍の全員にとって残念なことに、彼に活躍の機会は与えられず、マリーツは不服そうな顔で所定の位置へと戻った。
「ランガス湖の北側は、ラインフェルト将軍が優勢に戦っております」
「個々の部隊の動きが早いな。さすがに直属の兵、伝令も作戦実行も淀みがない」
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「北側は我が軍の生命線。ラインフェルト将軍を配したのは正解でしたな」
「うむ……そうだな」
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優勢に戦ってはいるが、北側の地形ではこれ以上の大きな戦果は望めそうにない。あくまで主力ではなく別働隊なのだ。ならばいっそ、北軍は指揮官が誰であれ愚直に防御に徹てっし、主力である南軍でラインフェルトにその手腕を振るってもらうほうが良いのではないか――
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