135 / 247
ジュニエスの戦い
8 選択 4
しおりを挟む
「……そんなら、悪いが俺はこのへんで降ろさせてもらう」
「ユーホルトさん……?」
食堂全体がざわめき、全員の視線が一人の老弓師に集まる。その発言が周囲に与えた衝撃の割に、当人はこれまでと変わらず、どこかあっけらかんとした様子だ。
「リードホルムに味方するって話になると、さすがにちょいと俺の目的と噛み合わせが悪いからな」
リースベットが腕組みをして肩をすくめ、ユーホルトを見やる。
「……ヴィルヘルムの首か。まだこだわってるんだな」
「当たり前だ。そのために、こんな真っ白になるまで生きてきたんだ」
白眉の弓師は自分の眉をつまんで軽く引っ張った。
ユーホルトはかつて、若き日のヴィルヘルム三世が巻き起こした王位継承の謀略戦に巻き込まれ、対立者暗殺の罪を一身に背負わされてリードホルムを追われた過去を持つ。カッセルなどにも名が知れ渡るほどの弓の使い手である彼がこれまでティーサンリードに協力してきた理由は、リースベットたちが反リードホルムを掲げていたからだ。
ユーホルトの目的は、自らの手で現国王ヴィルヘルム三世を討つことだった。
「師匠……」
「お前らが俺に続く必要はないぞ。こいつは俺の……ガキみてえなわがままだ」
「……ま、仕方ねえ」
リースベットは天井を仰いて腕を頭の後ろで組んだ。
「もともとあたしらは、たまたま行き合って同じ道を歩いてただけだ。この分かれ道でサヨナラすんのもまた道理だ」
「そんな……」
「アウロラ、なにも明日から敵に回るってことでもねえんだ。もっと気楽に考えろ」
「そうそう。何しろこの前の戦いで、一番多く近衛兵を討ち取ったのはこのじいさんだ。敵に回るってんならこの場で始末しちまわねえと、怖くて外を歩けねえからな」
「おお、おっかねえ。さすが山賊だぜ」
バックマンとユーホルトがおどけて見せ、場の空気がいくぶん和やかになった。アウロラはまだ割り切れていない様子でユーホルトを見つめている。
「別に急かすわけじゃねえが、発つ日が決まったら言ってくれ」
「年寄りにゃまとめるような大した荷物もねえしなあ。お手製の合成弓ひとつぐれえなもんだ」
「この前の戦いだけじゃねえ、あんたのやった仕事は、あたしら山賊団の中でも飛び抜けてる。それにはできる限り報いたい」
「気にすんな、暇つぶしにやったんだ……と格好つけてえところだが、貰えるもんは貰っとくぜ」
「それがいい。何をやるにしたって、人間生きてりゃ腹は減るからな」
ユーホルトは実戦における効果的な援護射撃以外にも、それに至る敵部隊の監視や弓兵の育成まで手広くこなしていた。さらには現在のティーサンリード山賊団で馬に乗れる者の多くが、ユーホルトに騎乗を教わっている。
戦闘集団としてのティーサンリードに彼がもたらした影響は計り知れない。
「そうと決まりゃ、このまま師匠の送別会と洒落込みましょう」
「カルネウス、お前は酒が飲みてえだけだろ」
ユーホルトが側にいた若い男の頭を小突き、食堂内が笑いに包まれた。
「ユーホルトさん……?」
食堂全体がざわめき、全員の視線が一人の老弓師に集まる。その発言が周囲に与えた衝撃の割に、当人はこれまでと変わらず、どこかあっけらかんとした様子だ。
「リードホルムに味方するって話になると、さすがにちょいと俺の目的と噛み合わせが悪いからな」
リースベットが腕組みをして肩をすくめ、ユーホルトを見やる。
「……ヴィルヘルムの首か。まだこだわってるんだな」
「当たり前だ。そのために、こんな真っ白になるまで生きてきたんだ」
白眉の弓師は自分の眉をつまんで軽く引っ張った。
ユーホルトはかつて、若き日のヴィルヘルム三世が巻き起こした王位継承の謀略戦に巻き込まれ、対立者暗殺の罪を一身に背負わされてリードホルムを追われた過去を持つ。カッセルなどにも名が知れ渡るほどの弓の使い手である彼がこれまでティーサンリードに協力してきた理由は、リースベットたちが反リードホルムを掲げていたからだ。
ユーホルトの目的は、自らの手で現国王ヴィルヘルム三世を討つことだった。
「師匠……」
「お前らが俺に続く必要はないぞ。こいつは俺の……ガキみてえなわがままだ」
「……ま、仕方ねえ」
リースベットは天井を仰いて腕を頭の後ろで組んだ。
「もともとあたしらは、たまたま行き合って同じ道を歩いてただけだ。この分かれ道でサヨナラすんのもまた道理だ」
「そんな……」
「アウロラ、なにも明日から敵に回るってことでもねえんだ。もっと気楽に考えろ」
「そうそう。何しろこの前の戦いで、一番多く近衛兵を討ち取ったのはこのじいさんだ。敵に回るってんならこの場で始末しちまわねえと、怖くて外を歩けねえからな」
「おお、おっかねえ。さすが山賊だぜ」
バックマンとユーホルトがおどけて見せ、場の空気がいくぶん和やかになった。アウロラはまだ割り切れていない様子でユーホルトを見つめている。
「別に急かすわけじゃねえが、発つ日が決まったら言ってくれ」
「年寄りにゃまとめるような大した荷物もねえしなあ。お手製の合成弓ひとつぐれえなもんだ」
「この前の戦いだけじゃねえ、あんたのやった仕事は、あたしら山賊団の中でも飛び抜けてる。それにはできる限り報いたい」
「気にすんな、暇つぶしにやったんだ……と格好つけてえところだが、貰えるもんは貰っとくぜ」
「それがいい。何をやるにしたって、人間生きてりゃ腹は減るからな」
ユーホルトは実戦における効果的な援護射撃以外にも、それに至る敵部隊の監視や弓兵の育成まで手広くこなしていた。さらには現在のティーサンリード山賊団で馬に乗れる者の多くが、ユーホルトに騎乗を教わっている。
戦闘集団としてのティーサンリードに彼がもたらした影響は計り知れない。
「そうと決まりゃ、このまま師匠の送別会と洒落込みましょう」
「カルネウス、お前は酒が飲みてえだけだろ」
ユーホルトが側にいた若い男の頭を小突き、食堂内が笑いに包まれた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説


異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
四天王戦記
緑青あい
ファンタジー
異世界・住劫楽土を舞台にしたシリーズのー作。天下の大悪党【左道四天王】(鬼野巫の杏瑚/五燐衛士の栄碩/死に水の彗侑/墓狩り倖允)が活躍する、和風と中華風を織り混ぜた武侠物のピカレスク。時は千歳帝・阿沙陀の統治する戊辰年間。左道四天王を中心に、護国団や賞金稼ぎ、付馬屋や仇討ち、盗賊や鬼神・妖怪など、さまざまな曲者が入り乱れ、大事件を引き起こす。そんな、てんやわんやの物語。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる