山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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ジュニエスの戦い

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「……そんなら、悪いが俺はこのへんで降ろさせてもらう」
「ユーホルトさん……?」
 食堂全体がざわめき、全員の視線が一人の老弓師に集まる。その発言が周囲に与えた衝撃の割に、当人はこれまでと変わらず、どこかあっけらかんとした様子だ。
「リードホルムに味方するって話になると、さすがにちょいと俺の目的と噛み合わせが悪いからな」
 リースベットが腕組みをして肩をすくめ、ユーホルトを見やる。
「……ヴィルヘルムの首か。まだこだわってるんだな」
「当たり前だ。そのために、こんな真っ白になるまで生きてきたんだ」
 白眉はくびの弓師は自分の眉をつまんで軽く引っ張った。
 ユーホルトはかつて、若き日のヴィルヘルム三世が巻き起こした王位継承の謀略戦に巻き込まれ、対立者暗殺の罪を一身に背負わされてリードホルムを追われた過去を持つ。カッセルなどにも名が知れ渡るほどの弓の使い手である彼がこれまでティーサンリードに協力してきた理由は、リースベットたちが反リードホルムをかかげていたからだ。
 ユーホルトの目的は、自らの手で現国王ヴィルヘルム三世を討つことだった。
「師匠……」
「お前らが俺に続く必要はないぞ。こいつは俺の……ガキみてえなわがままだ」
「……ま、仕方ねえ」
 リースベットは天井を仰いて腕を頭の後ろで組んだ。
「もともとあたしらは、たまたま行き合って同じ道を歩いてただけだ。この分かれ道でサヨナラすんのもまた道理だ」
「そんな……」
「アウロラ、なにも明日から敵に回るってことでもねえんだ。もっと気楽に考えろ」
「そうそう。何しろこの前の戦いで、一番多く近衛兵を討ち取ったのはこのじいさんだ。敵に回るってんならこの場で始末しちまわねえと、怖くて外を歩けねえからな」
「おお、おっかねえ。さすが山賊だぜ」
 バックマンとユーホルトがおどけて見せ、場の空気がいくぶん和やかになった。アウロラはまだ割り切れていない様子でユーホルトを見つめている。
「別に急かすわけじゃねえが、つ日が決まったら言ってくれ」
「年寄りにゃまとめるような大した荷物もねえしなあ。お手製の合成弓コンポジットボウひとつぐれえなもんだ」
「この前の戦いだけじゃねえ、あんたのやった仕事は、あたしら山賊団の中でも飛び抜けてる。それにはできる限り報いたい」
「気にすんな、暇つぶしにやったんだ……と格好つけてえところだが、貰えるもんは貰っとくぜ」
「それがいい。何をやるにしたって、人間生きてりゃ腹は減るからな」
 ユーホルトは実戦における効果的な援護射撃以外にも、それに至る敵部隊の監視や弓兵の育成まで手広くこなしていた。さらには現在のティーサンリード山賊団で馬に乗れる者の多くが、ユーホルトに騎乗を教わっている。
 戦闘集団としてのティーサンリードに彼がもたらした影響は計り知れない。
「そうと決まりゃ、このまま師匠の送別会と洒落込しゃれこみましょう」
「カルネウス、お前は酒が飲みてえだけだろ」
 ユーホルトが側にいた若い男の頭を小突き、食堂内が笑いに包まれた。
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