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ジュニエスの戦い

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 近衛兵を撃退したリースベットたちだったが、彼女らに平穏な日常が訪れたわけではない。
 ヘルストランドに潜伏している情報係からは、楽観視できない情報が続々と寄せられていた。
 すぐさま山賊団に次の危機が迫っているわけではない。だがリードホルムとノルドグレーンの関係悪化は、すでに市井しせいの者たちの間にも広く知れ渡っていた。
 リードホルムを取り巻く情勢の急展開を象徴するような仕事が、筋からリースベットたちにもたらされた。

 流れてくる情報や仕事内容の精査を主に引き受けているバックマンは、自分を含む少数の者たちだけで意思決定することを避け、昼時の食堂に人を集めて意見を聞くことにした。周囲にはリースベットやアウロラ、ユーホルトといった主要な成員以外にも、坑道の整備をしている者たちなど多様な人々が顔を揃えている。
「えらい仕事が舞い込んできたぜ。カッセルのエーベルゴード公爵家からだ」
「エーベルゴードって……あの牢から救い出した次男坊か。名はフランシスとか言ったか?」
「ところがそうじゃねえ。依頼主はその父親、当主のレンナルト・エーベルゴード公爵ときてる」
「ずいぶん大した御仁ごじんが出てきたな。あたしらも出世したもんだ」
「公爵ってそんなに偉いの?」
「貴族の五等爵ごとうしゃくの中じゃ一番上だ。場合によっちゃ国王より発言力があることだってある」
 リースベットとアウロラは、真っ赤に色づいた林檎をかじりながら話を聞いている。
「さらに言うと、この依頼にはどうも裏があるらしい」
「……また罠か?」
「いや、そこは大丈夫だ。どうやらエーベルゴード公爵は名義を貸しただけのようだ」
「別の依頼主がいるってことか?」
「御名答。そいつはなんと、リードホルムの大貴族、ノルデンフェルト侯爵」
 リースベットの表情が曇る。
「ノルデンフェルト……まさか仕事の内容ってのは」
「察しがつくよな。今ノルドグレーンで神聖守護斎姫さいきの任についてる、ダニエラ・ノルデンフェルトの救出だ」
「……なるほどな。まさかリードホルム王家の外戚がいせきノルデンフェルト家が、あたしらみてえな国賊に直接依頼するわけにもいかねえ。伝手つてを頼ってカッセル経由で依頼してきたわけか」
「ああ。話を持ってきた使者は、例の客室で待ってる。返答を持ち帰りたいそうだ」
 フェルディンたちを泊めた部屋は、いつの間にか来客用の部屋となっていた。
「急ぎの仕事か……ま、人質救出なら無理もねえ」
「ノルデンフェルト侯爵も気が気でないだろうからな」
 近衛兵によるリースベット討伐と前後して、水面下で動いていたノルドグレーンの敵対的軍事行動が、一挙に表面化してきていた。
 同盟の破棄から始まり、定期的な外交使節の訪問や祝賀行事への出席なども次々と停止が布告された。そんな渦中にあって、名前ばかりは高貴なノルドグレーン神聖守護斎姫の役職も廃止される見込みなのだが、ベステルオースで就役中のダニエタラ・ノルデンフェルトの身柄引き渡しをノルドグレーン側が渋っているのだ。
 腕組みをして聞いていたリースベットが、ひとつ不可解な点に気づいた。
「ちょっと待て、守護斎姫の任期は四年だ。ノルデンフェルト家の令嬢なら、もうとっくに自由の身になってるはずだぜ」
「ああ。どうやらそこが、俺達みたいなのに頼んできた原因だろうな」
「ノルドグレーンはどうやら人質にするつもりで、任期が過ぎてもあれこれ理由をつけて引き伸ばしていたんだろう」
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