山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

文字の大きさ
上 下
131 / 247
ジュニエスの戦い

4 時代の旗手2

しおりを挟む
「たびたび『あの子』と仰っていますが……?」
「差し向けた刺客よ。あなたよりもさらに若い娘……名はアウロラと言ったかしら」
「リーパーだったのでしょう? ……大魚をいっするとはエディットさんらしくもない」
「ちょっと迷ってはいたのよねえ。力は確かでも扱いは難しい燃え盛る炎、うっかり足元に落としたら、たちまち燎原りょうげんの火に包まれるのは私よ」
「そうした炎を制御なさるのはお得意でしょうに」
「ふふ、まあね」
 二人はともに、野心的な笑みを浮かべた。
 アウロラのリースベット暗殺が成功するかどうかに関わらず、エディットはアウロラの生活を密かに支援しようと考えていた。そうしてハリネズミのように警戒心を尖らせていたアウロラを懐柔かいじゅうし、内務省直属の、あるいはエディット自身に対してのみ忠実なリーパーに仕立て上げる腹積もりでいたのだった。
 その場合のアウロラとアルフォンスたちは、物質的にはより豊かな生活を送れていただろう。
 だが、内務省が表向きに管轄する治安維持や地方行政といった業務の裏で行われる、反乱分子の逮捕や他国の間諜スピオニエラの暗殺などに、アウロラの実直な精神は耐えられただろうか。
「あの子が私を頼って来るようなことがあれば、その機会もあったのだけど……まあ、昔話はよしましょう」
「機会……そう、機を見ることは重要ですわね」
「失敗ができないものねえ……なにしろ敵が多くて、お互い」
「不愉快な時代ですわ……」
 二人はノルドグレーンでもまだまだ珍しい「社会的地位を得た女性」だった。
 この点に関してベアトリスは特に、ローセンダール家の財力によって地位を得ただけと見られがちだ。現在の彼女を構成する一要素に家柄が含まれることは否定し得ない。エディットもはじめは、物好きな良家のわがまま令嬢、という程度にしか見ていなかった。
 だがベアトリス自身が戦陣に立って戦果を上げ、敵に関する情報収集を彼女自身が労をいとわず行う姿を目の当たりにし、その認識を改めざるを得なかった。
 ベアトリスは四年前、各省に散在する、リードホルム軍の人員や部隊構成に関する資料を渉猟しょうりょうして回っていた。エディットとはその際に出会う。以後ふたりは、年齢こそ十以上も離れていても、お互いの知性を認め合う間柄となったのだ。
「ところで、今回の侵攻経路は北東のノーラント山脈越えと聞いたけど。大丈夫なの?」
「問題ございません。ずっとこの日のため、ローセンダール家の財まで注いで下準備を進めていたのですから」
「気候も味方しているわね。今年は随分温かいわ」
「ええ。いよいよ時代が変わりますわ。オリアン公とリードホルム王という、ノルドグレーンの養分を吸う寄生木やどりぎ、わたくしが断ち切ってご覧に入れます」
 ベアトリスは自信ありげに菫青石アイオライトの瞳を輝かせた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

冤罪で追放した男の末路

菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

『俺だけが知っている「隠しクラス」で無双した結果、女神に愛され続けた!』

ソコニ
ファンタジー
勇者パーティから「役立たず」として追放された冒険者レオン・グレイ。彼のクラスは「一般職」――この世界で最も弱く、平凡なクラスだった。 絶望の淵で彼が出会ったのは、青い髪を持つ美しき女神アステリア。彼女は驚くべき事実を告げる。 かつて「役立たず」と蔑まれた青年が、隠されたクラスの力で世界を救う英雄へと成長する物語。そして彼を導く女神の心には、ある特別な感情が芽生え始めていた……。 爽快バトル、秘められた世界の真実、そして禁断の恋。すべてが詰まった本格ファンタジー小説、ここに開幕!

処理中です...